第五十話:木漏れ日のなかで
目標だった野営地には、日が沈みきるよりもかなり前に到着しました。
海沿いから少し森へ入った、見晴らしがよく風を避けられる平坦な場所です。
わたくしたちは警戒を解くことはなく、周囲の安全を確認しながら、ニーナと共にテントの設営や火の準備を進めていきました。
「かなり余裕を持った行程にしているとはいえ、早めに着けましたね。」
荷物を下ろしながらニーナが安堵の息を吐きます。
「そうですね。カヤさんのペースが、わたくしたちと全く変わらなかったですからね。」
わたくしは、涼しい顔で周囲の木々を観察しているカヤさんを見やりました。
道中、何度か彼女の体力を気遣って休憩を提案したのですが、「私は大丈夫ですよ。なんなら、もう少しペースを上げてもいいくらいです。」と、息一つ乱さずに微笑み返されたのを思い出します。
「ふふ、エルフは華奢な者が多いですが、歩くのは得意なんですよ。生まれたときから森で暮らしていますからね。」
カヤさんは、わたくしたちの視線に気づいて柔らかく微笑みました。
「そうなんですね。森を出て旅をされる方は多いのですか?」
「極稀ですね。基本的にエルフは外界の喧騒を嫌いますので…」
そこまで言って、カヤさんはどこか寂しげに目を伏せました。しかし、すぐに話を打ち切るように顔を上げ、明るい声を出します。
「あの、もし可能でしたら、少しだけ料理に使う野草を採りに行きたいのですが。どちらか、ついてきていただけますか?」
ニーナが即座に状況を判断します。
「ルナイズ、同行をお願いします。残りの設営は私一人で大丈夫ですから。」
「承知しました。行きましょう、カヤさん。」
***
野営地から少し森に入った場所。
木漏れ日が差し込む静かな空間で、カヤさんは足を止めました。
「この辺りでいいでしょう。ルナイズさん、警戒はお願いしますね。」
「はい、承知いたしました。明日の採集も、この辺りで行うのですか?」
カヤさんは静かに首を横にふります。
「いえ、明日は移動しながらですし、メインの場所はもっと奥の方です。」
「そうなんですね、分かりました。」
カヤさんは手慣れた様子でしゃがみ込み、根を傷つけないように丁寧に野草を摘み始めました。
わたくしは彼女から少し距離を取り、周囲に意識を配ります。
「ルナイズさん。」
不意に、野草を吟味していたカヤさんが、手元に視線を落としたまま語りかけてきました。
「はい?」
「警戒中にお話ししてしまって申し訳ありません。もしお嫌なことでしたら、聞き流していただいて構わないのですが…」
前置きをしてから、カヤさんは静かに言葉を紡ぎます。
「ルナイズさんって、もしかして、とても高貴なご出身なのでは? その立ち振る舞いや纏う雰囲気が、ただの冒険者とはあまりにも違いすぎますから。」
『《それはワガハイも気になっていた。口調や振る舞いなどあまり隠す気がなさそうではないか。》』
(そう…ですわね。自分の中で結論づけていましたが、無意識レベルのことだったのかもしれません。)
『《話すのか?》』
(…全ては話しませんが、軽くお話ししようと思います。カヤさんには興味があるので。)
わたくしは特に動揺することもなく、周囲から視線を外さずに答えました。
「…ええ、元はそうですわね。ですが、今となっては関係のないことですわ。」
「隠そうとは…思わないのですか?」
カヤさんが摘む手を止め、こちらを振り返りました。
その透き通るような瞳には、純粋な疑問が浮かんでいます。
「…それも、考えなかったわけではありませんわ。」
わたくしは小さく息をつきました。
どこにでもいる村娘のような、飾らない素朴な立ち振る舞いをすれば、目立たずに済むかもしれません。
「ただ、わたくしは、わたくしのままでありたい。そう思っただけですわ。」
全てを奪われたわたくしが、最後まで手放さなかった矜持。それだけは、誰のためにも曲げたくはありませんでした。
わたくしは、静かにカヤさんの瞳を真っ直ぐに見据えました。
「カヤさんは、どうなのですか?」
カヤさんは少し驚いたような表情を浮かべます。
「私、ですか?」
「ええ。わたくしから見ても、貴女のことはとてもただ者とは思えなくてなりません。」
内包する莫大な魔力。長旅を微塵も苦にしない体力。そして、わたくしの奥底まで見透かそうとするような、その静かな瞳。
わたくしの問いかけに、カヤさんはふふっと上品に笑いました。
「私は、ただ永く生きているだけですよ。それこそ…普通のエルフよりも、ずっと永い刻を…」
その言葉の響きには、深い孤独と達観が混ざり合っているように感じられました。
「…わたくし、この依頼が終わっても、カヤさんには色々と聞いてみたいことがありますわ。」
気がつけば、わたくしはそう口にしていました。
彼女に、純粋な興味を惹かれたのです。
「構いませんよ。リーフ村でゆっくりお話しするでも構いませんし、その後、継続的に個人的にお会いする形でも。」
カヤさんは立ち上がり、摘み取った野草を入れた籠を軽く揺らして微笑みました。
「私も、貴女のことはとても気になりますので。」
木々の間を吹き抜ける風が、静寂を心地よく埋めていきました。




