第四十九話:瞳にうつるもの
翌日は、保存食や野営の備品を的確に買い揃え、セルリアでできる束の間の休息をしっかりと満喫しました。
そして、いよいよ出発の朝。
潮風が吹き抜ける爽やかな空気の中、わたくしたちは荷物を背負って宿を出ました。
「ルナイズ、忘れ物や準備に問題はありませんか?」
「ええ、大丈夫です。待ち合わせはギルドの待合スペースでしたね。」
***
ギルドの待合スペースに向かうと、カヤさんが先に到着して静かにお茶を飲んでいました。
「カヤさん、おはようございます。すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。早めに準備しておいただけですので。」
立ち上がったカヤさんは、先日部屋で会った時のゆったりとしたドレス姿とは打って変わり、旅に特化した軽装でした。
しなやかな革の胸当てに、足さばきの良い細身のパンツ。
腰回りには、採集用のナイフや薬草を入れるであろう機能的なポーチがいくつも隙間なく、それでいて邪魔にならない位置に配置されています。
防御軽視というよりは、無駄を削ぎ落とした極めて効率的な装備という印象です。
(やはり、相当旅慣れている感じがしますわね。)
『《フン。身のこなしを見ても、かなりの場数を踏んできていそうではあるな。そんなに気になるなら、その目で視てみればよかろう。》』
(流石に失礼ですわよ。許可を取るほどでもないですし。)
そんなわたくしたちの視線に気づいたのか、カヤさんはふわりと微笑みながら尋ねてきました。
「ルナイズさん、私の顔に何か気になることでも?」
「いえ、なんでもありませんわ。旅のお仕度も完璧なようですし、早速出発しましょうか。」
平静を装って返答しましたが、少し不自然でしたでしょうか。
わたくしが誤魔化すように微笑んでいると、ニーナが一歩前に出て話を切り替えてくれました。
「ルナイズ、待ってください。出発の前に、ルートの最終確認をしましょう。」
ニーナはテーブルに羊皮紙の地図を広げ、順路を指でなぞります。
「私たちは今ここ、セルリアにいます。ここから街道に出て西を目指し、途中で北に進路を取ると目的のリーフ村にぶつかります。基本は海沿いのルートですね。」
ニーナの指先が、羊皮紙に描かれた海岸線をスッと移動していきます。
「海沿いは、海からの強い風で声が届きにくくなる箇所もあります。周囲の警戒は密に行いましょう。」
淀みない彼女の説明には、確かな経験が表れていました。
ニーナは村までのルートを示した後、旅程の中程にある森を指さしました。
「カヤさんが採集したい場所は、ここで間違いないですか?」
「ええ、合ってます。二日目はここで一日、採集に使わせてくださいな。」
カヤさんは地図を覗き込みながら、嬉しそうに頷きました。
「承知しました。今日はその森の手前で野営を設営し、二日目は採集後に同じ野営地に戻って休息。三日目はリーフ村を目指しましょう。…お二人とも、よろしいですか?」
ニーナが確認するように、わたくしたちの顔を交互に見ます。
「ええ、問題ありませんわ。」
「私も異論ありません。お二人とも、三日間よろしくお願いいたしますね。」
カヤさんが優雅に微笑み、わたくしたちはギルドを後にしました。
***
セルリアを抜け、西側に進路を取ると石畳の道は土の街道へと変わり、右手にはどこまでも続く青い海が広がっていました。
遮るもののない潮風が、わたくしたちの髪を大きく揺らします。
波が岩肌にぶつかる白い飛沫が、遠目にも眩しく見えました。
(本当に、海というのは何度見ても飽きない美しさですわね。)
わたくしたちは事前の打ち合わせ通り、カヤさんを中央に挟み、前方をニーナ、後方をわたくしが歩く陣形をとりました。
わたくしが後ろを歩けば何があってもすぐに探知することが可能です。
前を歩くニーナは、油断なく周囲の茂みや海岸線に鋭い視線を配っています。
彼女の生真面目な背中を見ていると、わたくしまで自然と背筋が伸びる思いでした。
「ニーナさん。そんなに肩肘張らなくても大丈夫ですよ。」
張り詰めた空気を感じ取ったのか、中央を歩くカヤさんが、ふふっと楽しげな声で振り返りました。
「魔力濃度の高い森に近づけば嫌でも警戒が必要になります。今はまだ、この心地よい潮風を楽しんでくださいな。」
「し、しかし…。」
「ニーナ。カヤさんの仰る通りですわ。」
わたくしは、カヤさんに同調して微笑みました。
「あまり最初から気を張っていると、いざという時に息切れしてしまいます。それに、わたくしのスキルでも周囲の警戒はしておりますから、安心してくださいな。」
「…ルナイズがそう言うなら。」
ニーナは少しだけ肩の力を抜き、それでも前方の警戒は解かずに歩き続けました。
「ルナイズさんは、不思議な方ですね。」
不意に、カヤさんがわたくしの横に少し歩調を落として並びました。
「不思議、ですか?」
「ええ。その若さで、どこか達観しているというか…。私が長く生きてきた中でも、貴女のような雰囲気を持つ人間には、そうそうお目にかかったことがありません。」
カヤさんは微笑み、その透き通るような瞳は、わたくしを静かに見つめていました。




