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第四十八話:海辺にて

カヤさんと別れ、ギルドで本受注を済ませたあと、わたくしたちは再び海岸へとやってきました。


空には薄く雲が棚引き、太陽の光が幾筋も海面へと降り注いで、きらきらと輝いています。


「ここはやっぱり綺麗ですわね。波の音も穏やかで、なんだか心が洗われますわ。」

わたくしは、頬を撫でる潮風に髪を揺らしながら、ゆっくりと目を細めました。


「そうですね。風も心地よくて、ずっとここにいたくなります。」

隣を歩くニーナも、大きく背伸びをしてリラックスした表情を浮かべました。それから、透き通るような海を眺めて何かを思いついたように、わたくしの方を見ます。


「そういえばルナイズは、釣りをしたことってありますか?」

「釣り、ですか?」

わたくしは少し首を傾げ、黒の森での記憶をたぐり寄せました。


「ええ、川でならありますよ。結構得意ですわ。」

『《クク、はじめは見てられなかったがな。》』


(うるさいですわね。令嬢時代にそんな機会、ありませんでしたから。当然ですわ。)

脳内で茶化してくる先生を冷たくあしらいます。


「そうだったんですね。私はあまり詳しくないのですが、やってみますか? 海での釣りは、渓流とは結構勝手が違う別物らしいですよ。」


「ええ、海を眺めながらのんびりするのも良さそうです。やってみましょう。」

わたくしは提案に乗り、釣り竿の素材になりそうな手頃な太さの木が近くに生えていないか、周囲の地形を観察し始めました。


「あ、ルナイズ。近くの管理施設で、釣り竿のセットをお借りできるようですよ。」

ニーナが、少し離れた場所にある木造の建物を指差しました。


「…え、ええ。そうなんですのね。行きましょうか。」

(…危なかったですわ。危うくそこらの木の枝をへし折るところでした。)

『《当たり前だ馬鹿者。》』

先生の呆れ返った声が響きましたが、わたくしは気づかないふりをして、涼しい顔でニーナの後を追いました。


***


管理施設で少しの銅貨を払い、きちんとした作りの釣り竿と餌の入ったバケツを借りたわたくしたちは、海に突き出た木造の桟橋へとやってきました。


わたくしたちは少し離れて桟橋に腰を下ろし、見よう見まねで海へ糸を垂らしました。

チャプン、と小さな音を立てて、赤い浮きが波間に揺れます。


足元では澄み切った海水が静かに揺らぎ、時折、銀色に光る小魚の群れが通り過ぎていきます。

遮るもののない桟橋の上を吹き抜ける潮風は、どこまでも優しくわたくしたちを包み込んでいきました。


「こういう時間も、なかなかいいですわね。」

「そうですね…」

静かな波の音と、遠くで鳴く海鳥の声だけが響く穏やかな時間。

ですが、ニーナの横顔は、波間を見つめながらもどこか真剣な色を帯びていました。


「…ところでルナイズ、昨日のネモの件ですが。」

「拠点がここにあった理由…でしたっけ。」

わたくしは、視線を浮きに向けたまま静かに答えました。


「そうです。どうしてわざわざ、このセルリアの海岸の地下に拠点を作っていたのでしょうか。普通に考えれば、あまり使い勝手の良い場所には思えないのですが。」

「わたくしも昨日から考えていたのですが…結論から言うと、今の段階で理由を特定することは不可能だと思いますわ。」


わたくしは、頭の中で整理していた推測を口にします。

「港が近い方が物資の搬入に有利だったのかもしれませんし、逆に陸路の方が便利だけれど、目眩しのためにあえてこちらに拠点を築いていたのかもしれません。あるいは、海沿いの方が逃走しやすいという理由もあったかもしれませんし、満潮になると入り口が見つかりづらいという単純な理由かもしれません。」


「なるほど…海沿いに作ったのは、私たちに深読みを誘うためのブラフだった可能性もあるということですか。」


「ええ。ネモという男の思考が読めない以上、可能性は無限に広がってしまいます。現状の限られた情報から推測を重ねるのは、考えるだけ無駄なところにリソースを割いてしまうのではないか…というのが、わたくしの結論です。」


わたくしは、小さく肩をすくめました。

「それに、わたくしたちの旅の目的は、ネモを追跡することではありませんわ。もちろん、国を巻き込んだ悪事を見過ごすつもりはありませんが、手がかりもないのに積極的に介入して首を突っ込む気もありませんの。」


『《それがいいだろうな。不確定な要素を気にし過ぎて足元が疎かになったら、本末転倒である。》』

(ええ。まあ、個人的に気に食わないので完全に忘れる気はありませんが。)


わたくしの割り切った言葉に、ニーナは少しだけ目を丸くした後、肩の強張りを解いてふっと微笑みました。


「そうですね。ルナイズの言う通りです。頭の片隅に置いておいて、私たちは、私たちの旅を一番に考えましょう。」

「ええ、その意気ですわ。」


そう答えた直後、わたくしの竿がククッとしなり、手元に小気味よい感触が伝わってきました。

「おや、早速かかったようですわね。」


セルリアの穏やかな波は、わたくしたちの行く末を優しく見守ってくれているようでした。

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