65 新しい朝が
「ぐぅううぅうんっ!? あふぅ……」
行きの数十倍の労力を費やし、晃は鉄製の門を乗り越えた。
膝と肩が着地の衝撃に耐えられず、変な声が山の中に響き渡る。
優希のサポートはあったが、だいぶ無茶な挙動をしてしまった。
そのせいで、体の各部の痛みが悪化して脂汗が止まらない。
痛みの大波が落ち着くのを待っていると、優希が訊いてくる。
「だっ、大丈夫?」
「ダメダヨ」
「本当にダメな感じするから、メカっぽく言わないで」
「オッケェイ」
実際問題、もうダメなコンディションの晃だが、冗談に紛らわせる。
自分も限界に近いが、それよりも虚ろな表情で固まる玲次が心配だった。
苦痛を表に出さないようコントロールしているのか、もしくはそういう時点を通り越して涅槃に近付いているのか。
何にせよ、無理をしているのは間違いない。
「玲次……歩けるか」
「ぶっ、ちゃけ、歩きたく、ない。あと、寒い……そんで、眠い」
「おぃおい、おい……」
上手く口が回らず、ツッコミすらスムーズにできない晃。
玲次の状態は「寝たら死ぬ」に近いレベルまで達したらしい。
シャツを染めているシミは、さっきよりだいぶ拡がっていた。
ダクトテープでグルグル巻きにして、傷の応急処置はしてある。
しかし、それで止血できるほど軽い怪我ではないようだ。
状況を理解したのか、優希は険しい顔で髪を掻き回して言う。
「じゃあ、二人はココにいて。車、とってくるから」
「ぉう……頼む」
搾り出すように答えて、限界の晃は地面に座り込んだ。
玲次はフラッとよろけたかと思うと、仰向けに寝転がる。
そんな二人を心配そうに見ながら、ランタンを手に優希は歩み去った。
呼吸が弱くて、浅い――そして、時々大きく咳込んでいる。
あからさまに瀕死な玲次の様子に、晃は落ち着きを失う。
「生きて……るの、か?」
「お前、より……マシだ」
あからさまな強がりに、晃は思わず笑った。
その途端、何本も折れているらしい肋骨が、余裕のなさを伝えてくる。
お互いに、全治何ヶ月になっているのか見当もつかない。
晃としては、死ぬほど痛いが死ぬようなダメージじゃない自覚がある。
だが、玲次の方は出血が激しすぎて一刻を争う気配だった。
「病院、行ったら……ガロンで輸血、かな」
「その量……必要な、時点で……もう死んで、る」
とりあえず、意識を失ったらアウトっぽい。
そう判断した晃は、気力を総動員して玲次に話しかける。
応じる玲次の声は途切れ途切れで、響きが妙に軽い。
もしかして、腹に穴が開いたのが原因なんだろうか。
そんな分析をしながら、晃は薄暗い中で無駄話を続ける。
「まさか、日本で……銃で撃たれる、とはな……」
「アメリカでも、殆どは……未経験だろ」
そうこうする内に、車のエンジン音が近付いてくる。
あのワゴンRは、ちゃんと動いてくれたようだ。
ヘッドライトの光が、だんだんと大きくなっていく。
これでもし、全然知らない奴が車を運転してたら――
不吉な想像をしてしまった晃は、ゆるゆると頭を振る。
程なくして運転席から降りてきたのは、当然ながら優希だった。
「おっ、お待たせっ!」
「あぁ……玲次は、後ろに……寝るな、よ」
「んぉ、ふぅ……」
注意を告げる晃に身を起こされ、玲次は生返事を返しつつ立ち上がる。
そして優希が開けたドアから、もっさりした動作で後部座席に乗り込んだ。
晃は優希に抱きつくように移動し、どうにかこうにか助手席に収まる。
普通に座っているだけで呼吸困難になりかけ、晃はシートを大きく倒した。
シートベルトを締めたら、それが致命傷にもなりかねない。
なので晃も玲次も、道交法は無視するしかない状況だ。
車内に漂っていたヤニ臭さが、あっという間に血腥さで上書きされる。
エアコンが送り出してくる冷風は、文明的すぎて現実感に欠けていた。
薄れかけた晃の意識を、右側から聞こえる優希の声が引き戻す。
「私らが登ってきた方は、車止めがあったよね」
「……んぁ」
「途中にあった、別の道から行ってみようか」
「まか、せる」
優希の方を見ずに、薄目で天井を見上げながら晃は応じる。
玲次に寝るなと言っておきながら、自分の意識が飛びそうだった。
痛みと疲れは飽和状態だし、脱出成功で緊張の糸が切れている。
体が、脳が、一刻も早く機能停止したがっているようだ。
しかし、病院か警察に辿り着くまでは、本当の意味で安心はできない。
「ガス、は?」
「十分ある、と思う……んぁあもう! カーナビ起動しない!」
「こ、れ……」
擦れ声と共に玲次が差し出してきたのは、関東の地図。
晃はルームランプを付け、現在地を確認しようとする。
次の瞬間、車内は真っ青な光で満たされた。
「アホかぁ!」
「んっ――ふふっ」
コンディションも忘れて吼えた晃に、優希が軽く吹いた。
後部座席からも、玲次が苦しげに笑っている声がする。
もう二度と笑えないんじゃないか、みたいな予感があった。
だけど、人の精神は思ったより頑丈らしい、と晃は思い知る。
馬鹿げた改造のせいで、無駄な手間がかかってしまった。
それでも、ここから進むべき方向を読み取るのに成功。
「来る時、使った……あの、道に出たら、来たのと……逆に」
「わかった。逆に行くのね……じゃあ、出すよ」
そうしてワゴンRは走り出したが、優希の運転技能はだいぶ怪しい。
スピードは早すぎたり遅すぎたりで、車体は常に左右にフラフラと。
変なタイミングのブレーキ連発に、後部座席の玲次が追加ダメージを受けている。
運転が苦手なのか、もしくはペーパーなのか――まさか無免許なのか。
確かめるかどうか迷った末に、晃は黙って身を任せるのを選ぶ。
直線が続く道になったところで、優希が口を開いた。
「あのさ。警察とか行く前に、あの病院で何があったか……口裏を合わせる、って言うとアレだけど、ある程度は決めといた方がいいかも、って」
「ん……確か、に」
現場にいなかった奴が判定すれば、自分らの行為は過剰防衛になりかねない。
クロ、リョウ、霜山の凄惨な死に様を思い浮かべ、晃は深い溜息を吐いた。
翔騎や慶太の死んだ状況を説明するのも、かなりの面倒を予感させる。
ではどうするか、と検討してみる晃だが、何のアイデアも出てこない。
「私ね、ちょっと考えたんだけど」
そう前置きして優希が語ったのは、廃墟を探検中に妙な連中に襲われて、目隠しされた状態で別々に監禁されていた、というのを基本ラインに据えた設定。
これなら、各人の証言が曖昧でも不自然じゃない、と晃には思えた。
全部がボンヤリでも怪しまれそうなので、佳織の殺害を目撃したのと霜山に反撃したのは、共通の体験として詳しく話せるようにしておく――
「いい、んじゃないか」
「……だな」
晃が肯定意見を述べると、玲次も遅れて同意した。
辻褄が合わないのを指摘されても「混乱していた」「よくわからない」で押し切ってしまえばいい。
明らかに重態な自分と玲次は、ほぼ気絶していたと主張するのもアリか。
思考能力がガタ落ちになった頭で、晃はそんな結論に落ち着く。
窓の外に目を向ければ、もう夜空は朝に変わりつつあった。
最終回まで残り2回、連続更新の予定なのでよろしくお願いします(26/7/27現在)
後になって来られた方は、特に気にせずラストまで読み進めてください。




