64 遊びはここで終わりにしようぜ
現れたのは、優希だった。
いつの間にか、霜山の背後へと密かに回り込んでいる。
霜山は眼前の玲次で手一杯で、接近に気付いた様子はない。
ヤケクソの大技じゃなく、銃を叩き落すとかで頼むぞ――
優希の動きを注視しながら、晃は彼女が無茶しないよう祈る。
「全員分の弾、ねぇんだろ? いや、もしかしてもうカラか? おい、撃てよ。撃ってみろよデブ……何で撃たねぇんだ? この距離で外すのが怖ぇか、ブタ野郎? 反撃されたらおしまいか、オイ? ポークと思いきやチキンかよ、あぁ!?」
ブチキレ状態なのか、玲次が煽り放題に煽っていた。
銃口を向けられたまま、二歩三歩と距離を詰めていく。
「ぶぇっ――そんなら、死ね」
真っ赤な唾を吐いた霜山が、改めて狙いを定める。
ここで、霜山の注意を分散させる牽制だな。
そう判断した晃は、ギクシャクした動きで玲次の右側へ回る。
ほぼ同時に、優希が叫びながら駆け出した。
「らぁああああああああああっ!」
悲鳴みたいに裏返った、獣じみた大声。
唐突なシャウトを聞かされた霜山は、反射的に振り向いた。
「のぁっ――」
背中を丸めた優希が、低い位置で肩から衝突する。
体格差や体重差があっても、スピードの乗った体当たりの不意打ちだ。
霜山はガードできず、優希と一緒に地面に転がる。
優希から数テンポ遅れて、玲次も地面を蹴った。
「んげぁばばばばばばばばばっ!」
女子にあるまじき奇声が、倒れている優希から上がる。
ランタンの光が届いておらず、何が起きているかよくわからない。
反応からして、テーザーガンを打ち込まれたようだ。
霜山が発砲しないのは、銃を落としたのか弾切れなのか。
どちらにせよ、拳銃は使えずテーザーガンは使用中。
ここだ。
ここで霜山を仕留められないと、終わりだ。
そう確信した晃は、割れるほど歯を食い縛って歩を進める。
倒れた霜山が、上体を起こそうとしていた。
それを阻止しようと、玲次が怒鳴りながら圧しかかる。
「くたばれっ、ブタァ!」
「びぃ、あ――ぐぉおおお、おぉおぁっ! おおおぅおうおうっ!」
マウントを取られた霜山から、情けない悲鳴が上がる。
どうやら玲次は顔を殴るのではなく、眼球を抉ったようだ。
両足をバタつかせる霜山の首に、玲次が手をかけて体重を乗せる。
そのまま、肉の余った首を絞める方法を選んだらしい。
「死ぃいいいいっ、ねぇえええええええええええっ!」
「ごがっ――ぼぅる、べるぁ――」
「ひゃがががががががががっ!」
赤い汁が、口と鼻と右目から噴き出た。
玲次の喚き声と、霜山の呻き声と、優希の変な声が無秩序に混ざる。
晃はそれをBGMに、ビクビクと痙攣する優希を助けに向かった。
苦痛には慣れつつあるが、心身の限界が近く一歩ごとに気が遠くなる。
「クソッ、暗いな」
明かりから遠く、朝日の光もまだ薄い。
目を凝らして地面を眺めていくと、テイザーガンを発見。
スイッチが入りっ放しで、戻らなくなっているようだ。
手元が暗かったが、晃は勘で弄り回して電流を停める。
「大丈夫、か……優希」
「あっは、へうぅ? た、多分、だね?」
針を抜いた晃が問うと、混乱気味な優希の答えが返ってくる。
通電の衝撃は残っているだろうが、怪我らしい怪我はないようだ。
あとは玲次が霜山を絞め落とすか絞め殺すかで、全ては終わり。
警察にどう説明したモンか、と思いながら状況を窺おうとすると――
バンッ
すっかり耳慣れてしまった、非日常的な音が響き渡る。
そんな馬鹿な、と思いつつ晃は二人の様子を確認。
「なっ――うぁん?」
何が起きたかわからない、という雰囲気の玲次。
その体が跳ね除けられ、霜山がゆらりと起き上がった。
霜山の手には、さっきとは別の小型の銃がある。
佳織からのダメージが残っているのか、顔面全体が腫れていた。
不自然に瞼の下がった右目から、粘度の高そうな血が滴っている。
眼球の安否は不明だが、片方の視力は奪えたらしい。
呼吸はひたすら荒く、鼻血は滾々と出続け、手足には震えが目立つ。
十分前と比べて、もはや別人としか思えない有様だった。
大物ぶった余裕の表情も、気障ったらしい芸術家気取りも既にない。
だが、その結果として見え始めていた。
剥き出しにされた、霜山の抱える悪意と凶暴と狂乱が。
「やってくれたなぁ! んぁあぁああっ!?」
「がふっ……んんぶぇ」
撃たれた腹を何度も踏まれ、玲次が血液と胃液のカクテルを吐く。
霜山は形振り構わず、感情の赴くままに荒れ狂っていた。
癇癪を起こした子供のようだが、手にした銃はオモチャじゃない。
「ぬぅっ、はぁああああああああああっ!」
バンバンッ――
上空に向けて二発、無意味な連射をしながら叫ぶ。
踏むのを腹から顔に変更し、霜山は玲次に怒鳴りつける。
「馬鹿か!? この馬鹿が! ぶぽっ――銃は一丁しか、ないとでも? 浅知恵で、猿知恵で、べっ――ふざけやがって、ふざっ――ごぴゅ、くそぁああああぁ!」
「ぐっ、うぐっ、ぉふ」
感情の高まりが、言語能力を置き去りにしていた。
止まらない鼻血を吐き出しながら、喚き散らす霜山。
玲次の頭を蹴って、顔を蹴って、胸を蹴って、頭を蹴る。
「っだらねぇ、ボケがっ! 一丁前に、何してっ、くれてんだっ!」
謎めいた冷酷な怪人物、といった面影は消えている。
おそらく霜山の全ては演技で、今の無様な醜態が本質だ。
今まで繰り返してきたであろう、血腥い遊戯の数々。
それらもきっと、万能感を得るための自己欺瞞のようなもの。
自身の平凡さを否定したくて奇行に走る、中二病の変種に過ぎない。
「半端に、カネとか権力とかあると、本当に面倒だ……」
呟きながら、晃は霜山の背中を見据える。
普通は妄想に留まるしかない、狂気の沙汰を実現してみせた人物。
どこぞの資産家のボンボンなのか、投資か何かで儲けたのか。
ある意味、夢を叶えたのかも――悪夢となって破綻しつつあるが。
その事実を受け入れられず、激発した感情の赴くまま暴れている。
霜山の怒りの対象は、自分を殺しかけた玲次ではないのだろう。
たぶん、哀れな犠牲者でしかなかった相手に反撃を許し、仲間二人を殺され、鼻を折られて片目を潰された、己の油断や慢心――晃にはそう感じられた。
そして霜山は、逆上の末にまた一つミスを犯している。
まさに致命的と言うしかないミスを。
「わかってん――っほ!? ぅほほほほぁががががががっ!」
晃は回収したテーザーガンを構え、霜山の背中に針を撃ち込んだ。
瞬時に倒れて奇声を発し、釣られたてのナマズのように跳ねる霜山。
この小デブを場の支配者たらしめた拳銃も、地面に転がっている。
血と泥で汚れた顔を拭った玲次は、それを掴んで身を起こした。
痛みのせいか緊張のせいか、銃把を握る右手が揺れる。
大きく息を吸った玲次は、右手首を左手で掴んでブレを抑えた。
バンバンバンバンッ――キチッ――
派手な音が四連続した後、弾切れを告げる金属音が一回。
銃弾は全て、俯せになっている霜山の背中に命中した。
晃はテーザーガンのスイッチを切り、玲次の方を見遣る。
玲次は手にした銃を、今更ながら不思議そうに見ていた。
優希は、気が抜けた表情でへたり込んでいる。
「終わった……の?」
「……ああ」
不安げな目で問う優希に、晃は半信半疑のまま応じる。
動かなくなった霜山の周囲に、じわじわと血溜まりが広がった。
朝日を反射している濃い赤色が、惨劇の幕切れを伝えてくる。
しかし晃はまだ、この光景を現実として上手く認識できない。
拡散する流血を目で追っていると、見覚えのあるものが視界に入る。
「ん……んあ、ぁれ?」
「どうしたの、晃くん……あ」
晃の声に反応し、優希も同じものを発見する。
落ちているのは、爪切りとその他諸々――キーホルダーだ。
朦朧としかけた晃の意識が、瞬時に現実感を取り戻す。
ダイスケたちが乗ってきたワゴンR、その鍵もシッカリついている。




