63 残りは何発だ
火薬のニオイを漂わせた、小さな穴と目が合う。
つまり顔面を狙われている、と理解した晃は息を呑んだ。
「全然サイレントじゃないなぁ、これ。それはそうと……まだ出番じゃないってわかるでしょ、アキラくぅん。キミにも後で、ちゃーんと面白イベントを用意してるんだからさぁ、そういう空気は読もうよ、ねぇ?」
「はぅぐ……」
チャラけてはいるが、有無を言わせぬ調子の霜山。
そんな不吉な宣告を聞かされ、晃は黙って何度も頷く。
晃の反応を確認した霜山は、佳織の無事な右耳に顔を寄せた。
そしてボソボソボソッと、小声の早口でもって何かを囁く。
晃が聞き取れたのは「ケイタ」「動画」「死んだ」といった単語のみ。
言われている佳織の反応は、俯いていて確認できなかった。
「ってのをね、レイジ君から聞きたいんだけ、どぉっ!?」
霜山の声のボリュームが上がるが、話の途中で佳織が急によろけた。
前のめりに倒れかけ、彼女に体重を預けていた霜山もつんのめる。
不快な薄ら笑いが凍結され、あからさまに焦った様子を見せる霜山。
そこで、体の前で両手首を縛られていた、佳織の腕が跳ね上がる。
フラついている霜山の鼻に、右のヒジが結構な勢いで入った。
「ぷぇがっ――」
予期せぬ攻撃を食らい、佳織から手を離して顔を押さえる霜山。
呻きながらの後退りに合わせ、気配を殺していた優希が素早く動く。
水面蹴り――の出来損ないみたいな足払いが、霜山の右の踵を弾いた。
かなりスムーズな連携だが、密かに打ち合わせしていたのか。
これも想定外だったらしく、霜山の足はアッサリと地面を離れる。
「んうぉおおおぉおっ? なっ、なんっ――」
疑問符のついた喚き声と、重量感のある落下音。
「うぅるっせんだよっ! クッソァ!」
調子外れに吼えた佳織は、仰向けに倒れた霜山に馬乗り。
「だぁあああああっ! このっ、キチガイデブッ!」
声帯が潰れる音量で叫び、縛られた両手を組んで振り下ろす。
プロレスで言うところの、ダブルスレッジハンマーの形だ。
ブチキレた佳織の加減ない打撃が、連続で顔面に振り下ろされる。
「死ねっ、死ねデブ! 死ねよ、このっ! 糞ブタぁっ! 死ね!」
「ぁが――ぶっ、ぺぐ――ぁもっ、はんっ」
溜まりに溜まった、怒りと憎しみを噴出させての連打。
感情を剥き出した佳織の呪詛が、夜明けの山に響く。
殴られた霜山の漏らす声が、段々と湿気を帯びてくる。
とにかくこれは、待ちに待った逆転のチャンスだ。
「ぐっ、くぅうぁああああぁああぁあっ、玲次!」
痛みを堪え、気力で立ち上がった晃は、左足を引きずって移動。
どうにか転倒せず玲次の近くに辿り着き、ポケットから長い釘を取り出す。
腹に入れた状態で殴らせる『釘カルテ』を作った時、余ったものだ。
だいぶ苦戦しながらも、玲次を拘束する手足のテープを切り裂く。
「これで、二人のもっ、切れ!」
晃に渡された釘を受け取り、玲次はフラつきながら乱闘現場へ。
その途中で、コチラの状況を把握した優希が小走りでやってきた。
そして、ダクトテープで何重にも巻かれた両手を差し出して言う。
「玲次君っ、切って!」
「あ、おぅ」
言われた玲次は、モタつきながらテープを裂き破る。
続けて佳織の拘束も解いて、霜山をどうにかしてくれ。
そう指示しようと、晃が大きく息を吸った瞬間。
パン、パン――パンッ
二連の後に一拍置いて、もう一発。
発砲音が、合計で三つ鳴った。
吸った息を吐くのも忘れ、晃は音の発生源に目を向ける。
霜山に跨って、十数発目の鉄槌を落とそうとしている佳織。
その彼女が、組んだ両手を振り上げた姿勢のまま固まっていた。
「あっ……くぁ、れぅ」
意味のない呟きと共に、大きく反った佳織の上半身がフラつく。
ゆっくり左右に揺れてから、霜山に覆い被さるように倒れた。
それを見届けた晃は、止まっていた呼吸を再開する。
「カオリ、さん?」
「佳織? えっ、何が……えぁ?」
玲次と優希から、戸惑いの声が上がる。
撃たれた――至近距離から、三発。
晃にはわかっているハズなのに、頭が理解を拒んでいた。
あの状況から、まさかこんな展開になるなんて。
信じたくなさが、まともな判断力をとことん鈍らせる。
「べっ、ぷぁ……ちょ、調子に乗る、なっ」
佳織の体を押し退けて、身を起こす霜山。
濃い赤色の唾を二度三度と吐き棄て、手の甲で鼻血と切れた唇を拭う。
鼻が折れたか舌を噛んだか、発音が妙な不安定さになっている。
「んざっけんな、クソ女ぁあっ!」
声を引っくり返らせた霜山が、佳織の腹を蹴り飛ばす。
仰向けに転がされた佳織の、半開きの両目が晃に向けられた。
やはり半開きの口からは、何筋かの鮮血が流れ出ている。
右目の下に穿たれた、直径一センチほどの穴からも、また一筋。
首と鎖骨の上にも同じような穴が開いて、俺のシャツに派手な染みを広げている。
佳織が死んだ――霜山に撃たれて、殺された。
「うっ――あぁあああああああああああああぁあっ!」
力が抜けて、その場にへたりそうになる晃を横目に、玲次が叫ぶ。
霜山に向かって駆け出すが、興奮しすぎて足が縺れ気味だ。
もう数メートル、あと数歩で手が届く、というところまで迫る。
だがそこで、気を取り直した霜山は玲次に銃口を向けた。
自分の血と佳織の血で斑に変色し、南米のカエルみたいになった姿は、まさに怪物めいている。
玲次はそのまま駆け抜けずに、足を止めてしまった。
「べっ――クソッ! クソがっ、ふざけんなっ! ぺぁっ――もういい、もうヤメだ。お前らを始末して、ぶぇっぷ――それで、終わらせる」
「じゃあ、よ……さっさとオレらぁ、撃ったらどうだ」
口内に溢れる血を吐き出しながらの、霜山の処刑宣告。
対する玲次は、拳銃を指差して傲然と言い返している。
玲次の大胆さは晃の動悸を荒くしたが、落ち着けば意図が見えてきた。
霜山が即座に銃爪を引かないのには、理由がある。
残っている弾数――霜山の拳銃は、あと何発撃てるのか。
全てがスローモーションのような、奇怪な空気が場を支配していた。
玲次と霜山は、ここからどう出るかを決めかねて互いに睨み合う。
体が限界に近い晃は、玲次の行動に合わせての援護か牽制、と決めた。
そのまま数時間にも思える数十秒が経過した頃、不意に動きが生じる。
霜山の背後の暗がりから、静かに人影が浮かび上がった。




