62 おれはしょうきにもどった!
ヒヒッ、と短く引き笑いをしてから、霜山が言う。
「こっちに十六が出たのもアンラッキーだけど、二を出した瞬間のレイジ君の顔ったらもう……写真撮らなかったのが惜しまれる、最高のキラメキがあったね」
「あぁああぁ、ふぁあ、ぅうぅあ」
情景を思い出してしまったのか、激しく首を振る玲次。
その頭頂部を銃口でコツコツ叩いて、説明が再開される。
「負けたってのにさぁ、絶対やんないって言い張っちゃって、アレには困ったね。結局は、そんならレイジ君の両腕をヘシ折って、その後でリョウが代わりに抜くって流れになったら、急にやる気になったけど……まぁ、しょうがないかもね。お兄ちゃんの歯よりも、自分の腕の方が大事だよ、うん」
「ち、ちがっ……そうじゃ、そうじゃない」
全身を蠢かせながら、玲次は必死になって否定。
霜山は小うるさい動作を交え、無駄にウロウロしている。
玲次が何か言うと「へぇ」「ふぅん」「そうなんだぁ」と混ぜっ返す。
玲次は目隠しされてるから、この悪趣味な寸劇の観客は自分らだ。
晃は霜山の動きを観察し、反撃できそうなチャンスをひたすら窺う。
「二回目のペナルティは『指』。負けた目の分だけ、ケイタ君は指を切られる。まぁアレだよ、十八対一でボロ負けしても、一本は残る」
計算間違ってる――と言いかけた晃だったが、すぐに思い出した。
慶太が翔騎と戦わされる前に、右手の指を二本落とされていたのを。
「それで、この結果はいくつ負けだった? レイジ君」
「ぅぶ……五、だ」
「そう、レイジ君の出目は六と最高だったけど、こっちは十一が出ちゃった。なんで、左手の指を全部もらったよ。だけどさ、一気に歯を抜いたせいで麻痺しちゃったみたいでさ、リアクション鈍くて超つまんないんだよ、ケイタ君。だから、次からちょっと趣向を変えてみた」
言いながら、霜山はクヒクヒと気持ちの悪い声を漏らす。
湧き上がる喜びを抑え切れない、といった感じだ。
そして、痙攣するように震える玲次に近付き、問いを投げる。
「じゃあレイジ君、ルールの変更から試合の結果まで、ペロっと語っちゃおうか。絶対にもう、みんな大爆笑だから。このネタを遺しただけでも、ケイタお兄ちゃんは生まれてきた価値があるって」
「ふっ、ふぉ……はぁ、ひぅ……」
「いやいや、そんな死にかけた妊婦の真似はいいから。早く早く」
過呼吸状態になってる玲次を何度か軽く爪先で蹴り、霜山が催促する。
不毛なやり取りがしばらく続くが、喋れないのか喋らないのか、玲次が何も言おうとしないので状況は動かない。
ハイテンションな霜山の声が低くなり、不機嫌さが混ざっていく。
不穏な気配を察した晃は、注意を自分に向けようと身を起こす。
「んんっ――」
しかし、負傷部位に変な圧がかかり、激痛に意識が飛びかける。
晃が一人でもがいていると、霜山は舌打ちの音を大きく鳴らした。
それから、玲次の顔に巻き付けたテープを乱雑に剥がす。
髪を毟られまくった玲次が、苦悶の声を発した。
「ぁががががぁががががっ――」
「まったく、期待ハズレにも限度があるって……じゃあもう、最高のパフォーマンスができるよう、こっちがセッティングする」
吐き捨て気味に、そんな宣言をして霜山が動く。
テープを丸めて投げ捨てると、佳織の髪を掴んで立たせた。
ついさっきも見せられた、わかりやすい脅迫ムーブ。
銃口を向けられているのに、佳織は無反応のままだ。
「さて、リトライの時間だ、レイジ君……お兄ちゃんが絶命するまでに何したのか、全部説明しちゃってよ」
既視感たっぷりの展開に、晃の右奥歯がギリッと軋んだ。
それだけ人質に有効性があるのだろうが、こう何度も何度も繰り返されると、いっそ全てを無視して反撃したくもなる。
ただ、それをするにも晃は怪我だらけで、体に相当ガタがきていたる。
痛みを無視して動ける時間は、甘く見積もって数秒が限度。
だから、賭けに出るなら一発勝負にならざるを得ない。
「ホラホラ、レイジ君。キミの口から詳細に説明してほしいなぁ。お兄ちゃんの両足をどうやって床に固定したのか、右腕と左腕どっちから切断したのか、追加ペナルティで潰したのは右目だったか左目だったか。とか何とかの、そういう心温まるエピソードの数々をさぁ」
薄気味悪い猫撫で声の霜山は、言いながら左手で髪を掴んでいる佳織の頭を揺する。
されるがままの佳織は、まだ呆けて――いない。
焦点の合ってない目は据わり、半開きの口はきつく引き結ばれている。
延々と呟いている、不明瞭な独り言もいつの間にか止んでいた。
今の佳織はおそらく、正気を取り戻している。
これまでが演技だったのか、何かの拍子に頭の歯車がハマったのか。
ともあれ、佳織が変化していると霜山に気取られてはダメだ。
そう考えた晃は、自分に注意を引きつけようと決意。
バレることを前提で、玲次の方に向けてじわじわ移動する。
パンッ――
ガッ――
硬質だが種類の違う音が二つ、ほぼ同時に鳴る。
霜山の放った弾丸が、晃の右手の数センチ横で跳ねた。
剥き出しの腕に、熱気のような何かを感じる晃。
着弾の衝撃が、地面につけた掌に伝わった。
「ふぅうううぉおっ!?」
「ひぃああああっ!」
晃の驚愕と、佳織か優希の短い悲鳴が混ざる。
撃ってきた――警告もなしに、撃ちやがった。
頭がオカシいとは知っているが、この躊躇なさは何事か。
顔を上げれば、目を細めた霜山の酷薄な笑顔が晃を出迎える。




