59 お前の中に棲む悪魔が見てえんだよ
「ハイハーイ、御苦労さーん」
左手でランタンを拾い上げた霜山が、歌うような節回しで言い放つ。
向かう先は、俯せになって派手に痙攣している玲次の方。
右手に握るテーザーガンから、追加で電流を流し込んでるのだろうか。
秒に一回くらいの間隔で、玲次の手足が大きく跳ねて喘ぎが漏れる。
「おっ――んぉ――あぅ――んぷっ」
正視に堪えない絵面だが、目を逸らすのも躊躇われる。
これから霜山が何をするのか、見逃す不安がとにかく大きい。
ランタンが玲次の顔の近くに置かれる――意識が飛んでいるようだ。
奥歯をキツく噛み締め、何もできない晃は状況の推移を見守る。
「狙いは悪くないけど、覚悟が足りないなぁ……もう一人か二人、犠牲にする気があったらボクを殺せたのに」
自分も含めた人の死を語る霜山の口調は、どこまでも軽い。
あと五百円プラスで、飲み放題にビールが追加されますよ、ぐらいのノリだ。
愕然とするしかない晃の視線の先では、霜山がゴソゴソ何かしている。
不意に「ビビビビッ」と妙な音が響いて、晃の心臓が盛大に跳ねた。
何事かと目を凝らせば、銀色のダクトテープを引き出している。
「やんなきゃ終わりだってのに、できないのは不思議だよねぇ」
そう言いながら、霜山は玲次の両手をテープでグルグル巻きに。
続けて足首と腿の辺りにも巻き付け、ガッチリ拘束していく。
「行こうと思えば行けるのに、どうしても『その先』に行こうとしない……社会常識ってリミッターはホント、笑えるくらい頑丈だよ」
誰に向けているでもないし、答えを期待しているでもない。
霜山が紡ぐ言葉には、そんな雰囲気が漂っていた。
ダクトテープの梱包作業は、手足に続いて頭部に及んでいる。
まさか窒息させる気か――と焦る晃だが、作業は視界を奪って終了した。
霜山は一仕事終えた雰囲気を漂わせ、わざとらしく大きな溜息を吐く。
そして、ランタンを近くにある記念碑っぽいものの上に移動させる。
一メートルほどの高さに光源が置かれ、周りがよく見えるようになった。
晃から霜山のいる辺りまでは七、八メートルぐらい。
霜山の傍らでは、優希と佳織が少し間を開けて並んで跪いている。
玲次が転がされているのは、霜山から十メートルほど離れた地点。
晃と玲次の位置関係は、直線距離で十五メートル前後だろう。
位置関係を詳しく把握できた晃だが、状況を好転させる道筋は見えない。
肩と膝に重傷を負っていて、まともに動けるかどうか怪しい晃。
反撃に失敗し、手足を拘束され目隠しもされている玲次は失神中。
そもそも戦闘力が期待できない、両手を縛られた優希と佳織。
そして、場を支配する霜山は、拳銃とテーザーガンで武装している。
詰みを打破できるアイデアを求め、晃はとにかく頭を回転させた。
「クロとリョウは、いいセン行ってたんだけどね、二人とも」
「何の……話、だ……」
時間稼ぎのために、霜山の独白めいた言葉に反応する。
そんな晃をチラ見した霜山は、話を始めずに拳銃に弾を込めた。
三発目を補充したところで、予備の弾丸が品切れになったらしい。
マガジンをグリップの中へ戻し、何気なく銃口を向ける霜山。
「んひっ――」
晃は反射的に、尻を引きずって慌てて後退る。
このタイミングでの発砲は無意味、と頭ではわかっていた。
しかし、実際に撃たれた記憶のせいで、体が勝手に動いてしまう。
慄いている晃を冷えた眼で眺め、霜山は銃を下ろした。
三発どうにか無駄撃ちさせられないか、と晃は考える。
だが、拳銃がカラになったとしても、テーザーガンが厄介だ。
それに、本当はまだ予備の弾がある、みたいな可能性も捨て切れない。
晃が霜山の手元を凝視していると、妙な含み笑いが聞こえた。
「うっふふ、ふぁ、はぁ……ふふっ」
佳織が、虚ろな表情で天を仰いでいる。
恐怖と緊張の連続で、壊れてしまったか壊れかけているのか。
どうにかしたいが、今の晃にはどうにもならない。
霜山がイラついて撃ちませんように、と祈るのが精一杯だ。
「つまんないねぇ……逃げるんじゃなく、踏み越えるって選択肢もあるのに」
言葉の通り、つまらなそうに見下ろしながら、小さく頭を振る霜山。
この流れだと、介錯する感じで狂った佳織を撃つ、ってのもありそうな気がする。
そんな危惧から、晃は鸚鵡返し気味に質問を投げた。
「踏み越える……?」
「そう。常識とか倫理とか秩序とか規律とか、そういうどうでもいい諸々を守るために用意された、一線を越えるんだ。越えた先にあるのは、剥き出しの本性に、遠慮のない本音に、野放しにされた本能……虚飾をかなぐり捨てた先にだけ、本当の美しさがあって、本物の人間がいる」
十八番のサビを歌うような滑らかさで、霜山が奇妙な持論を披露してくる。
さっき言っていた『その先』とやらが、この主張なんだろうか。
内容を検討するまでもなく、晃にはまったく響かない。
「それは……そんなもの、は……ただの動物だ」
「違う。全然違う。わかってないねぇ、アキラ君……人は誰もが、自分は獣じゃないと自身に信じ込ませるため、心の奥に得体の知れないものを抱えたまま、擬装に欺瞞を重ねてる。心に巣食うそれこそが、人を人たらしめてる核であり、芯だ……皮膚も、血肉も、脂肪も、内臓も、容器や緩衝材に過ぎない」
霜山の語る言葉には、やはり晃の共感を呼ぶ要素がまるでなかった。
なのに、奇妙な説得力を纏って耳に、心に、脳に、刺さってくる。
狂人の熱に気圧されたのか、疲れた頭が確信犯の演説に酔ったのか。
箍の外れている、意味のない主張だと斬り捨てるべきなのに。
どうしても今の晃には、笑い飛ばして終わらせることができない。
「アキラ君とユキちゃんもね、あの地下室だと悪くなかったのに、やっぱりつまんない感じになってる……ホントにガッカリさせられるよ」
「なんっ――うぅ、う」
反論を試みようとする晃だが、自分たちが繰り広げた醜態の数々を思い出し、何も言えなくなってしまう。
さりげなく優希の方を窺ってみるが、項垂れたままピクリとも動かないので、彼女がどんな表情なのかはわからない。
「知り合った頃のクロは、本当に素晴らしかった……彼の撮っていたビデオ以上に、魂の震える映像に出会ったことがない。最近のクロは、一山いくらのしょうもないサディストに成り果ててたけど……かつての彼は、間違いなくアーティストだったよ」
「ただの、変態だろ」
「源泉が歪んだ性欲だろうと、拗れた妄念だろうと関係ない。そこから鮮烈な表現を生み出す才能があれば、変態だろうと狂人だろうと白痴だろうと評価する。それこそが、芸術に対して然るべき姿勢だと思わないか?」
「何を――」
フザケたことを。
そう抗議したかったのだが、もう口を開くのも億劫だった。
晃からの反論が不発に終わったと見た霜山は、クロの死を今更ながら悼むように、その死体が残された病院の方を向きながら話を続ける。




