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友達の友達  作者: 長篠金泥
第5章

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53 死にそうもない死にぞこないの死

「くひっ――ぷぁあああぁああああっ!」


 気合を入れたつもりなのか、口から汁気をき散らして叫ぶリョウ。

 同時に、ダイスケだったものが無造作むぞうさに放り捨てられる。

 結構な勢いで頭から落ちたが、そこで鳴ったのは『ゴン』や『ガン』ではなく、『ぶちゅっ』というにごった音だった。


「ばふぁーぅ、ぜふぃー、ぷぇっ……ぶふぅー」


 リョウの呼吸は荒く、不規則で、咽喉のどや口内に溜まった血涎ちよだれがゴロゴロ鳴っている。

 サッサと倒れろ、もういいだろ、その状態で何で立ってられんだよ――

 間違いなく瀕死ひんしなのに、どうしようもなく危険な相手を見据える晃。

 互いに素手で、武器になりそうなものは近くに転がっていない。

 リョウは限界だろうが、晃も疲れ果てているし、左肩がまともに上がらない。

 だけど、それでも――ここまでの流れの中で、最も有利な状況だ。


「もう、ギリギリだろ……寝てもいいんだぜ、ハゲェ……」


 五歩くらいの距離まで詰めた晃は、軽めのあおりを入れてみた。

 玲次のかかげたランタンは、揺れも収まって肩で息をするリョウを照らす。

 目の前のデカブツからは、よどんだ視線と乱れた呼吸音しか返ってこない。

 やはりダメージは深く、体力も気力も尽きかけているようだ。

 そう読んだ晃は、思い付くまま雑言ぞうごんつむいでいく。


「なぁ、アンタさぁ……ぶっちゃけ、自分を無敵だとか不死身だとか、そんな風に思ってたんだろ? 自分がケンカで負けるなんてありえない、とかさぁ」


 小馬鹿にした口調での問いに、リアクションはない。


「なのに、甚振いたぶって遊んでたつもりのガキの反撃で、ボロボロになって……そんで死にかけてるのってさぁ、どんな気持ち? ねぇねぇ、今どんな気持ち?」


 クロやリョウからカマされた、かんさわりまくる物言い。

 晃はアレを参考にしつつ、薄笑いを浮かべてリョウをコケにし続ける。

 本当なら、周囲をクルクル回って質問したいが、そんな元気はない。

 リョウは無表情を維持いじしているが、口の端はヒクついていた。


 これがネット掲示板ならかさず「効いてる効いてる」と書き込んでる。

 見た目からして、確実にヤバい雰囲気を振り撒いているリョウだ。

 面と向かって罵声ばせいを浴びせられたりには、まず慣れてないだろう。

 そのせいで耐性ゼロかも、というひらめきが晃の舌の回りをなめらかにする。


「あれあれ~? なぁんだか元気がないぞぉ……もしかして『ボクちゃん、ここで死んじゃうのかなぁ。ぷるぷるぅ』っておびえてるのかにゃ~?」

「うるっ……せぇ」

「声が小さいぞぉ、リョウくぅ~ん。そんなんじゃ、ママに聞こえ――」


 言ってる途中で、リョウが左足を大きく踏み出した。

 そう認識した直後には、巨体が二歩くらい先まで迫っている。

 死にかけでも、この機動力――でも、さっきまでより明らかに遅い。

 今のリョウの動きだったら、晃にだって追える。

 コイツはもう、規格外の怪物なんかじゃない。


「シッ――」


 噛み締めた歯をき出し、の大きい右フックを放つリョウ。

 速い――けど、これぐらいけられると晃は判断。

 下半身の力を抜いて地面スレスレに腰を落とし、右手一本で体重を支える。

 頭上を拳が通り過ぎる最中、横向きの体勢から左足を水平に全力で蹴り上げた。

 その一撃は、勢い任せの突進で浮いていた、リョウの足元を払う。


「おっほぅ、うぅんっ!?」


 バランスを崩したリョウは、戸惑いの声を上げてフラつく。

 それでも転倒せずに、右足に体重をかけて踏み止まった。

 そこを狙い澄まし、晃は同じ姿勢のまま膝を狙った前蹴りを追加。

 枯木かれきをヘシ折るのに似た感触が、靴底を通じて晃に伝わる。


「ぬぇごっ――」


 リョウは苦痛の悲鳴も、憤怒ふんぬの絶叫も上げなかった。

 ただ驚愕だけをあらわに、ありえない方向に曲がった膝から崩れる。

 何故こうなっているのか、どうしても納得できない――

 そう言いたげにゆがんだ唇から、細かい血の泡が噴き出した。


「ぐぅうう、うぅううう……」


 蹴りの反動で姿勢を維持できず、晃は床に引っくり返っている。

 背中を派手に打って、負傷中の左肩もぶつけてしまった。

 するどい痛みが何度も走り、我慢できずにうめきが漏れる。

 だが今の晃には、その苦痛を塗り潰すほどの解放感があった。

 

 やってやった。

 これで終わる。


 込み上げてくる笑いの発作ほっさを、唇を噛んでこらえる晃。

 うつぶせで倒れたリョウの体は、数秒に一回ペースでビクッと跳ねる。

 意識があるのかないのか――何にせよ、必要なのはトドメの一発。

 痛みを乗り越えて体を起こした晃は、武器を探して周囲を見回す。

 そんな動きを見せたのは、たったの数秒でしかない。

 なのに唐突に、重たい何かが晃の腹にぶつかってくる。


「ぼぁっ!?」


 肺の空気を残らず強制排出されるような、交通事故に似た衝撃。

 短時間で尻と背中と頭を連続して打ち、直後に呼吸困難がやってくる。

 何だこれは、何が起きた――混乱の中、晃は自分の首に伸びた太い腕を視認。

 片手なのに、リョウは規格外の握力で血流と酸素が止めてくる。

 首の骨がきしんでいる音が、だいぶ遠くから聞こえる気がした。


「ぁ……ぅ……」


 気道は遮断しゃだんされて、まともに声も出せない。

 視界は銀と黒の明滅めいめつに占領され、耳鳴りばかりがやかましい。

 し掛かられる重さが増えたように思えるが、晃には何もわからない。

 不意に首にかかる圧が弱まり、目の前が一瞬だけひらけた。

 薄暗い中で見えたのは、狂気を宿しているリョウの、凄まじい笑顔。


「おばぇ、ぼぉ――じぃい、ねぇ」


 生臭い呼気と一緒に、細切れに吐き出される呪詛じゅその言葉。

 内容はたぶん、「お前も死ね」という道連れの宣告だろう。

 首にかかった五本の指が、再び晃の息の根を止めようとする。

 最後の瞬間に見聞きするのがコレってのは、ちょっとイヤすぎるな――

 と、危機的状況に相応ふさわしくない思考が晃の心に広がる。


「もぁん」


 意味不明な一言の後、リョウから生温なまぬるい液体が吐き出された。


「ぷぇっ! べっ!」

 

 顔面に降りそそぐそれから顔を背け、口にも入った汁を吐き出す晃。

 そんなことをしていると、首を掴んでいた腕から力が抜けていく。

 顔を雑にぬぐって見上げれば、驚愕の表情で固まったリョウの顔面。

 その口から細長い何かが飛び出している――さびの浮いたドライバーだ。

 血肉でベトついた平たい先端が、前歯を裏から砕いて突き出ている。

 

「ぅ晃ぁっ! 生きてるっ――のかっ?」

「ぐぅぼっ、ぶぁふっ……げっけっ、うぅ……ふぅう、うん……あ、あ、あー……グッ、ゲホッ、だいっ、ぶ……ギリギリ、だけど、な」


 二度三度とせてから、ノドの調子を確かめる晃。

 どうにか出せたかすれ声で応じると、両目から光が消えつつあるリョウのハゲ頭の向こうに、玲次の強張こわばった顔があった。

 危ういところで、命を拾ったらしい――

 ぐにょんと弛緩しかんしたリョウの体を押しけ、玲次の差し出した手を握る。


 安心感から気が遠くなるが、晃はどうにか意識を手放さず身を起こす。

 自分の血とリョウの血、それに正体を知りたくない苦すっぱい何か。

 そんなのが混ざった液体を繰り返し吐き捨て、咳き込みながら深呼吸を繰り返し、晃は息を整える。


「……今度は、助けた。間に合った」


 明後日あさっての方向を見ている玲次が、小さく呟くのが聞こえた。

 何がどう間に合わなかったのか、想像がつく晃は黙って聞き流す。 

 横向きに倒れ込んたリョウを警戒し、動かない巨体を凝視ぎょうしする晃と玲次。

 二十秒ほど待つがピクリともせず、顔中の穴から粘度ねんどの高い血があふれ続ける。

 リョウの顔を思い切り蹴り飛ばし、仰向あおむけの姿勢に移行させる晃。


『プッ、ブブッ――ブボボボボッ』

「くひぁっ!」


 刺激に反応したのか、盛大な放屁ほうひが生じて玲次が飛び退いた。

 間を置かず、屁よりも強烈な異臭が立ちのぼり、周辺を汚染する。

 身体能力フィジカル精神構造メンタルも怪物そのものだった、リョウという呼び名の他は何もわからない筋肉ダルマ。

 そんな異常な存在が、全ての筋力を失い糞尿をタレ流す死体となって転がっているのは、どうにも現実感の抜け落ちた絵面だった。


「普段ナニ食ってんだ、コイツ」


 鼻をつまんで苦情を述べる玲次の言葉で、晃はやっと気を取り直す。

 早くこの場を脱して、優希と佳織のところに行かなければ。

今回で5章は終了、次回から最終章が開始となります……

キリもいいタイミングなので「面白い」「やりすぎだろ(もっとやれ)」「最後まで走り抜けろ」という方は、評価やブックマークでの応援をよろしくお願いします!

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