52 踏んだり蹴ったり踏まれたり蹴られたり
異変を認識すると同時に、晃の心臓は大きく跳ねる。
やっとの思いでブチ殺したハズの、あのバケモノが消えた。
注意を怠ったのは一瞬――とは言わないが、十秒程度でしかない。
「そん、な……」
どこ行った?
ていうか何で動ける?
瀕死の重傷だったろ?
疑問が入り乱れ、晃の思考はまるでまとまらない。
疲れと痛みにも邪魔されながら、リョウの巨体を探す。
玲次はランタンを掲げ、アチコチを照らしていた。
しかし、焦りのせいなのか挙動が忙しすぎ、無駄に揺れる。
目がチカチカするばかりで、見えるハズのものも見えない。
「おい玲次! やめろってば、それ」
「あぁ!? やめるって、何だよ」
「だからさぁ――」
無駄な動きをヤメさせようと、玲次に近付く晃。
だが、自覚のない玲次は、不機嫌な返事で応じる。
続けて文句を言いかけた晃の視界に、異物が混ざった。
闇の中からヌルリと湧き出た、デカい何かが素早く移動。
向かっている先にいるのは、壁にもたれているダイスケ。
「なっ、たっ、ゥイッ!」
その何かは、リョウ――晃は慌てて警告を発する。
大声で叫んだつもりが、ノドがカサカサで変な声になった。
「ごっ――おっ――ぷぁ――」
形容し難い音が三回続き、それに合わせて詰まった喚き声が三回。
明滅する光の中、晃はダイスケの体から飛散する血と肉片を見た。
胸にバールを突き立てられ、トドメを刺されたハズのリョウ。
なのにそいつが、ダイスケに繰り返しバールを振り下ろしている。
何が起きたかは理解できたが、何でそうなったかは理解不能だ。
リョウは無言で、無表情。
呼吸は荒く不規則で、異常な量の汗を流している。
晃が連想したのは、飲みすぎて嘔吐寸前の奴が時々見せるアレ。
感情が消失したかのような、虚無しか読み取れないみたいな、あの顔だ。
「おぃい、おっ――ちょほっ」
「いや――そん、おぅっ?」
晃と玲次は、不明瞭な言葉を発するばかり。
どうにか止めるべきとわかっているのに、体は動かなかった。
自分らの目撃している光景に、あまりにも現実感がない。
そのせいで脳が状況を把握できず、反応できるまでのラグが生じる。
ゴッ――ガッ――ゴンッ――
異様な音が、至近距離から響いてくる。
バールを捨てたリョウが、うつ伏せに潰れたダイスケの頭を踏み蹴っていた。
何度目かの体重を乗せたストンプと同時に「ボギュッ」と鈍い破砕音。
リョウが足を持ち上げると、その下にあるダイスケの頭が大きく揺れる。
直後、両耳から何かの汁がドルッと噴き出し、床に小さく水溜まりを作った。
初めて聞かされた、人間の頭蓋骨が割り砕かれる音。
初めて見せられた、生者が死体へと変えられる瞬間。
お呼びじゃないダブル初体験に、晃の混乱は更に悪化する。
「ふぅううううぅ……」
リョウは緩慢な動きで天井を仰ぎ、長々と息を吐いた。
その様子は疲れ果てているようにも、満足感を表明しているようにも思える。
「何がっ……何なんだよ、これぇ」
玲次の呟きに反応し、リョウの視線が二人に向けられる。
逆光で、晃たちの表情は窺えないはずだ。
なのに、怯えの気配を読み取ったのか、唇を歪めた嘲笑を浮かべる。
「ぅおまっ――」
反射的に、特に意味はない罵声を口にしかける晃。
対するリョウは、スイッと手を伸ばして血で湿ったダイスケの頭を掴む。
持ち上げられた体は完全に脱力し、手足がだらしなく揺れていた。
見るべきではない、見ない方がいい――それはわかっている。
しかし晃の視線は、躙り壊されたダイスケの顔面に留まったまま。
「ぅおっ? おぉっぷ、ぐぅえ……」
直視してしまった玲次から、水っぽいゲップが聞こえる。
ダイスケの凄惨な姿に、晃にも吐き気が込み上げていた。
「ぐっ、ぶっふ……」
半開きの口内に生肉が詰め込まれている――ように見えるが、これはズタズタになった舌と頬肉の残骸だろう。
裂けた口の端からは、粗く割り砕かれた歯の破片が、粘った血涎と混ざって吐き出されていた。
顔の輪郭も盛大に歪んでいて、これをダイスケと認識するのが難しい。
鼻は複雑に捻じ曲がり、血なのかも怪しいピンク色の液体を垂れ流す。
両目は文字通りに飛び出して、眼窩からは形を失った脳髄の成れの果てが溢れていた。
ダンプに頭を轢き潰された犠牲者は、こんな感じになるのかも。
思考停止を脱した晃が最初に考えたのは、そんな愚にもつかない連想だった。
白っぽい明かりが、不規則に揺らいでいると気付く晃。
玲次の様子を確認すると、ランタンを持った右手が、口の辺りを押さえた左手が、そして両膝が派手に震えている。
瀕死だったリョウが、たったの数十秒でダイスケを絶命させた。
そんな状況に、激しく動揺させられ平常心を失っている。
「大丈夫だ、玲次」
「いや、でっ、でも晃っ、これ――」
「大丈夫だから」
玲次が過剰にうろたえてる反動か、晃はやけに頭が冷えている。
誰かが死んだり殺されたりする、異常な体験を短時間で重ねすぎた。
その結果、晃にはわかる――現在のリョウが、既に限界なのだと。
呼吸にも、挙動にも、表情にも、全て警告ランプが点っている。
なのにダイスケを殺れたのは、元のポテンシャルが狂っているだけだ。
ドライバーとバールの二撃はおそらく、内臓に深刻なダメージを与えた。
だから放って置いても、十分か十五分もすればくたばる――だろう。
そう判断している晃だが、絶対にそうなるという保証はない。
だからコイツは、この場で確実に息の根を止めておく必要がある。
その認識を玲次とも共有したいが、説明している余裕がない。
いつもの鋭さを回復してくれるのを祈りつつ、晃はリョウへと向き直った。
5章もクライマックスに突入……ということで「面白かった」「反撃ターンは滾る」「もっとグチャグチャな惨劇を」などと思ってくれる方は、評価やブックマークでの応援よろしくお願いします。




