51 これで終わりだと思ったら大間違いだ
動かないリョウの顔に触れると、ヌルッとした感覚が返ってくる。
よく見えないが、指先に付着したのは血液だろうと晃は判断。
転落してきた階段を振り返ると、中ほどに影の濃い箇所があった。
目を凝らせば、それが途中で振り落とされた玲次だとわかる。
その影が起き上がろうとするので、晃は小声で指示を送った。
「玲次、佳織さんと優希を逃がすぞ……上の階、リネン室の隣」
「う? あん、ぉう……わかっ、た……」
ダメージが深いのか、若干頼りない受け答えだ。
それでも話は通じたようで、玲次はフラつく挙動で階段を上がる。
「さて、と」
呟きながら、晃はリョウから腰を上げる。
まだ意識は戻ってないようで、ピクリともしない。
狸寝入りを警戒して、鼻の下に指を翳してみる晃。
呼吸があるかどうか、指先が小刻みに震えているせいか判別できない。
「死んでるなら、それでいいが……」
そうじゃなかった場合、厄介なことになりかねない。
佳織と優希がココを抜ける時、何か仕掛けてくる可能性もある。
トドメを、刺す。
そんな言葉が、晃の脳裏に浮かぶ。
この状況ではそれが正解だとは思うが、問題になるのは手段だ。
片腕が利かない状態で、リョウの太い首を絞めるのは難しい。
金属バットはその辺に転がっているだろうが、効果が薄すぎる。
下手をすれば、目覚まし代わりになってしまい、逆効果だ。
やるなら一撃で致命傷を与える凶器が必要だが、そんなのがどこに――
「うぶっ……や、やっだがっ!?」
やったか言うな、と思いつつガラガラ声のした方を見る。
青い火――カセットボンベのバーナーと、棒状の何かを持ったダイスケだ。
踊り場からこの階に投棄された後で、どうにか回復したらしい。
「ああ、無事――とは言えなそうだな。無理すんなよ」
「んんが」
日本語しゃべれ、と思いつつ晃はダイスケの様子を観察。
アチコチ重傷なのか、歩き方は玲次よりも不自然に思える。
右手に握っている棒は、どうやらバールだったらしい。
苦痛を堪えているのか、歯を食い縛った表情で固まっていた。
バーナーを床に置いたダイスケは、動かないリョウを見下ろす。
青い火に照らされている、半目で白目の無表情。
それを数秒ほど見据えた後、嗄れた声で訊いてくる。
「ごれぇ……死んでる、のがぁ?」
「わからん。けど、それがあれば確実だ」
バールを指差した後、こっちに寄越せと小さく手招きする晃。
しかしダイスケは、引き攣った表情のままに頭を振った。
無理に笑おうとしたのか、口角が上がって異様な凄味が出ている。
「俺に……やらじで、ぐでっ」
呼吸の回数がやけに多いダイスケが、詰まり詰まりに言う。
たった数時間の付き合いだが、コイツのボンクラぶりは痛感していた。
絶対にミスしちゃいけない場面で、繰り返しやらかしてくれた無能。
しかも現状は、満身創痍でますますポンコツになっている雰囲気だ。
どうにもイヤな予感がして、GOサインを出すのを躊躇ってしまう晃。
だが、この状況なら仮に大幅にしくじっても、フォローできる――
「わかった。狙うのは頭、顔面だぞ」
「やっど……やぁっど、だばっ……」
フラつきながらも、バールを振りかぶるダイスケ。
それと同時に、階段を慌ただしく駆け下りてくる音が。
ここで香織と優希が来るか――タイミング悪い。
小さく舌打ちした晃は、先に二人を逃がそうとダイスケを止める。
「ダイスケ、ちょっと待っ――」
「がぁああああああああああああああああああああっ!」
またしても、ダイスケが人の話を聞かずに動いた。
打ち下ろされたバールの釘抜き部が、リョウの胸板へと突き刺さる。
頭部を狙えって言ったのに、何でコイツは話を聞いてないんだ。
外すにしても首とか腹とか、もっと重傷になる箇所はあるだろうに。
だが、トドメの前に息絶えていたのか、胸を刺されも動かないままだ。
バールから手を放したダイスケは、ドヤ顔で晃の方に振り向く。
「あっげねぇ、ぼんだ……」
「ああ……そう、だな」
晃の返事を聞いたダイスケは、ギクシャクした歩調でリョウから離れる。
それから、肩からぶつかるように近くの壁に体重を預け、苦しげに喘いで項垂れた。
ダイスケと入れ替わるように、階段を下りてきた三人が姿を現わす。
玲次が手にしたランタンの明かりが、倒れたリョウをハッキリ照らし出す。
さっきまでと同じく、白目を剥いたままピクリともしない。
バールの刺さった胸からは、ジクジクと出血が広がっていた。
「やった……のか?」
「ああ……どうやっても倒せねぇバケモンは、高い所から落とすしかない。セガールから学んだ教訓だ」
晃が『エグゼグティブ・デシジョン』を引き合いに出すと、玲次は苦笑いの出来損ないを返してきた。
そんな玲次の背後に隠れ、香織と優希も怪物めいた殺人者を見下ろす。
やがて優希は一段、二段と下りて、より近くからリョウを観察。
「もう大丈夫、なの?」
「ん……多分。とりあえず、優希と香織さんは、ココから出て駐車場――ダイスケ達の車があった、あそこ。あそこで待ってて」
「でも、キーがない……なくない?」
「探してから、行く……そんで、もし俺らが来る前に、車が通りがかったりしたら、待たないで乗せてもらって、逃げて……スマホ借りて、警察への連絡も、お願い」
「わ、わかった……き、気をつけてね、晃。玲次くんも」
硬い表情の優希は、右にマグライト、左に香織の手を掴んで階段を下りると、B棟の通用口を目指し急ぎ足で去って行った。
一仕事が終わった気分で、遠くなる二人の背中を見送る晃。
すると玲次が、壁際で蹲っているダイスケを眺めて訊いてくる。
「おい晃。どうすんだよ、コイツ」
「そうだな……背負うか、肩を貸すか」
「人ひとり、担げる体力……もうねぇぞ」
「俺もだよ……体力もダメだが、体中が痛ぇし」
言いながら晃は、ダイスケのせいで左肩を怪我したのを思い出す。
この場に捨てていきたい誘惑に駆られつつ、動けるかどうか確かめようと、意識を半分飛ばしている様子のダイスケに近寄った。
その途中で、不意に玲次から鋭い声が飛ぶ。
「おいっ!」
「んぉっ!? なっ、何事だよ、玲次?」
振り返って問う晃には答えず、ランタンを掲げた玲次は一点を指差す。
不穏な空気を感じつつ、晃は玲次の指し示した方に目を向けた。
あるべきものがなくなっているのだと、数秒後に理解する。
――リョウの姿が、消えていた。
どうにかこうにかポイント3桁に到達しました! ありがとうございます!
そんなワケで「面白い」「面白いと言えなくもない」「胸糞悪い(歓喜)」という方は、評価やブックマークでの応援よろしくお願いします。




