地上と地底 ⑤
船は定員十名で、五メートル四方の大部屋と小さな個室が2つにシャワーとトイレがある。台所はないが、イシに言えば食べ物が目の前に出てくるので困らなかった。パスタやオムライスに定食や丼ぶりなど、何でも何度でもおかわり出来るので大はしゃぎで喜んだ。イシも当初は皆の依頼に答えながら微笑んでいたが、香純が酒を頼むと急に表情を変えて静かにこう言った。
「おじさん、船が到着するまで我慢ね」
イシにそう言われた香純は黙って頷く他なかった。確かに飲酒後に船の維持が出来るのか、これまで一度も試したことはない。船を作成時は強力な念が必要となるものの、その後はほとんど力を消耗しないため大丈夫だろうと思ったが、あまりにも軽率だったとさらに気を引き締め直した。
一方、リンは腹ごしらえした後に船外の様子が気になり大部屋にある窓際へ来た。そこから外を見ようとしたものの灰色の壁があるだけで何も見えない。そのためイシに尋ねても、先程のようにその返答はよくわからなかった。果たしてこれで本当に地底まで行けるのだろうか。そう思っていると、やがて到着のアナウンスが流れた。
「まもなくご指定の場所へ到着します。お忘れ物がないようご注意願います」
いよいよか。
そう覚悟した次には再び林松の声が響いた。
「いいか、よく聞けよ。残念ながら俺が案内できるのはここまでだ。これから先は自分たちで切り開いていくしかない。どんな困難があろうともお前たちならきっと出来るはず・・・。そう思いながら俺はここで待っている。これまで得てきた術はどれも未完成だと己自身が一番わかっているだろう。これからさらに磨き上げていくんだ。相手側もきっとお前たちと同じように新たな術を獲得している頃だが、お前たちには彼らとは異なる大事なものがあることにいつか気づくはず。いいか、これを忘れるな」
その声が途絶えた後は船の出入り口が静かに開いた。どうやら外は明るいようだ。リンはそう思いながら皆より先に一歩外へ踏み出したところ、同時に奇声を挙げた。
「えっ、えええっ。何、これ。さっきの場所じゃん」
皆も船外へ出て見てみると、先程と全く同じ景色が広がっていた。香純はふうと声を漏らして
「おいおい、やっぱりこういうことか」
と言ったが、とても落ち着いていた。その後、当然のようにリンたちが声を揃えてこう言った。
「ほらあ、やっぱり地底なんてないんだよ。なあんだ、驚いて損した」
しかし、この時に後方で地面を踏みしめる音がかすかに聞こえた。それに皆が振り向くと、誰しもが動きを止めて瞬時に固唾を飲んだ。
「は、林松さん」
急に現れたその姿を見た香純がそう言うと、
「はは、なんだ目が点になっとるぞ、香純。よくここまで来られたな」
その姿を見て違和感を瞬時に感じた葉流は
「この人、林松のおいちゃんじゃない」
と、静かに言った。
次の瞬間、イシが慌てて皆へ呼びかけた。
「し、下に伏せて」
すると、頭上から急に大きな槍が何本も降ってきたので皆はとっさに身を隠した。地面に突き刺さったそれを見て本気だと知り、皆は上空を見上げたが既にその姿は見当たらなかった。
「ちっくしょう、先にやられたな」
真純がそう声を渋らせ呟いた時は、既にリンは応戦体制に入っていた。
「お兄ちゃん、あれ、おいちゃんじゃないよね」
「うん、お父ちゃんもそう思うでしょ」
「ああ、声や姿は同じに見えてもこの槍を降らせたからな。よし、相手は身を隠している。葉流の力が役に立つな。炙り出そう」
葉流はそう聞いてこくりと頷いたが、その時には既に術を唱え終えようとしていた。そして、ふうと一息ついた後すぐに
「いっけえ、このおいちゃんもどきめえ」
と、叫びながら貯めていたエネルギーを完全に放出した。
「いっけえええええ」
今も見えないその姿を追撃していく虹色のエネルギー弾が放たれた瞬間、葉流の後方にいたイシの波動も追いつき合流した。
「葉流ちゃん、そのまま放出してて。後は僕がやる」
その声をかすかに聞こえた葉流は、一度だけ頷くとさらに力量を挙げた。しかし、それから三秒ほどしか続かなかった。まだまだ力が足りないことを知りながらも、葉流は力を振り絞りこう言った。
「リ、リンちゃん、もう無理・・・」
その時、リンもまた既に力を貯めていた。
「お兄ちゃん、これで良いの。私、やり方よくわからないんだけど」
真純は一瞬だけ微笑んだように見えたが、すぐさまこう返答した。
「そうだ、そこで唱えるんだ」
「何を」
「いつものだよ」
リンは言われるがまま、両手掌を上下に合わせて
「warutusanerygann・・・・」
と、唱え始めたものの何も起きなかった。
何度かそうしていて試みていたが、みるみると葉流の力が減っていくのもわかった。林松の姿をしたその相手が放つエネルギーを見て香純も参戦したものの、このままで葉流とイシや父親が飲み込まれるかもしれない。その寸前まで迫っていた。
「は、早くう」
「リ、リンちゃん」
「お、おい、お前ら、早くしろ」
リンと真純の鼓動がさらに高鳴った。皆がここぞと踏ん張っている中、リンはこのまま何も出来ないのではと焦っていた。もう数秒もない。今、ここは地底なのかどうかなんて関係ない。林松のような姿をしたものが攻撃をしてきている。このままでは大事な人はやられてしまう。ただ、それだけだった。
「ええいっ、わからないや。でも、もう一度だけやる。warutusanerugann・・・」
すると、直後に一メートル四方のエネルギー弾が出来た。
「うわ、何だ、これ」
リンがそう呟くと、後方から兄の声が聞こえた。
「よっしゃあ、出来た。リン、手のひら開いて前へ強く同時に突き出すんだっ」
リンは言われたようにすると兄や葉流と香純の力を吸収しながら前へ勢い良く進み始めた。それはやがて最初と比べて十倍ほどの大きさとなり、さらにイシや香純の力も加わり標的へと力強く押し返していった。




