シンシアvs潜水艦
シンシアは海中にいた。
パーズの甲板から海に飛び込んだのだ。
パーズの船底には爆発の跡があり、そこから破片がバラバラと沈んでいくのが見える。水の濁りが下の方へと広がっていく。
シンシアは辺りを見回した。
しかし、肉眼で見えるところには何も見当たらない。
(よし)
シンシアは、超速で振動する波を作り出し、自身の体から放射状に放った。ソナーの要領である。
そして、体で波を感じた。
海の中には魚も何もいないので、動くものはいない。動くものがあるとすれば、それが潜水艦だろう。
(なるほど)
シンシアは、60メートルほど下に、動く大きなものを見つけた。
シンシアは、その方向に向けて、一直線に進む。足の裏に渦を作り、下に向かって、駆け下りる。
すぐに、目の前に黒い影が見えた。
日の光がよく当たらない海の中である。潜水艦であろうことは認識できるが、定かではない。
(見つけた! とりあえず、お顔を拝見させてもらうよ)
シンシアは、潜水艦の下に渦を生じさせる。
その潜水艦を、日の当たる明るい場所まで浮上させるのが狙いだ。
潜水艦は渦に飲まれ、方向を変える。
ズシュー
その瞬間、潜水艦から、魚雷が放たれた。シンシアが潜水艦の目の前に来た時だ。
(えっ? わたしに向かって、撃ってくるの?)
シンシアは一瞬ひるんだ。
攻撃を受けることは、少し意外だった。
魚雷はシンシア目がけて、一直線に進んでくる。
(別に。当たらなければ、なんともない)
シンシアは、体を横に動かし、魚雷を華麗に避けた。
その魚雷は、水疱を上げながらも、シンシアの横を通りすぎる。
(それ)
シンシアは、後ろに過ぎ去った魚雷の周りに、水圧を生じさせる。
キシッ、ミシッ
魚雷が軋む。
そして、そのまま魚雷を握り潰した。
ズズン
爆発が起こるが、それも水圧で押さえ込まれる。爆発した魚雷は、粉々のかけらになり、濁り水として、下に沈んでゆく。
(さて、と)
シンシアは、潜水艦を睨みつけた。
この潜水艦は、完全にシンシアの『敵』である。
シンシアは、潜水艦の下の渦の数を増やす。
全長100メートル越えの大きな潜水艦が、あらがうこともなく、海面へと押し上げられていく。
瞬く間に、パーズの3分の1ほどの大きな黒い鉄の塊が、パーズから少し離れた海面に出現した。
シンシアも、続けて、海上に顔を出した。
空を見上げると、先ほどまで雲ひとつない青空だったのに、雲がポツポツと集まっていた。
明るい青空に、複数の小さな黒い雲が浮かんでいる。
「これは、ゼウスか?」
その時、小さな雲から細い稲妻が落ちた。
「ははは」
シンシアは、すぐに潜水艦から離れる。
バシッツ ドゴゴゴ
細い稲妻は、潜水艦に直撃した。
それは、数秒の間、バリバリと鈍い音を出す。
そして、稲妻の音が消えると共に、潜水艦から発せられていた鈍い低音も消えた。
「雷かぁ。あれじゃ、中の人は、無事じゃ済まないだろうな」
「Oh, my gosh. (まぁ、なんてこと)」
博士とレイアは、パーズの甲板からそれを眺めていた。
黒い潜水艦が浮上して来たと思ったら、稲妻に撃ち抜かれたのだ。それを見て、2人は驚きの声をあげた。
「ん、そうかぁ、雷かぁ……。」
博士は、もう一度、小さな声で呟いた。
レイアの腕の中では、最高神ゼウスが転生したアムルが、眠ったかのように、目を閉じていた。
「これはまさに不幸中の幸いだな。まさか、雷が落ちてくるとはな」
パーズの操舵室では、沖田船長が、双眼鏡で、潜水艦を眺めていた。
パーズを襲ったであろう黒い潜水艦が、海面に浮上して来た時には、どうすべきかと色々な考えが頭をよぎった。しかし、稲妻が落ちて来て、潜水艦は、沈黙した。
危険は去ったようだ。
「ん?」
沖田船長は、双眼鏡のレンズの端に金髪の少女を見た気がした。
ブー、ブー
ちょうどその時、操舵室には、無線機の受信音が鳴った。
船長は、一旦、双眼鏡から目を離した。
「ちょっと、待て」
沖田船長は受信音を、無視し、もう一度双眼鏡で辺りを見回したが、少女の姿は見当たらなかった。
「気のせいか?」
沖田船長は、小さく呟きながら無線機を取った。
これはエンジン室からの連絡だ。
「船長、損害状況を説明します。今のところ、怪我人が3名います。しかし、彼らは命に別条はありません。船体の被害は、左側のエンジンとスクリューです。エンジンは大破しており、ここでの修理は困難かと思われます」
「そうか、わかった。ありがとう」
沖田船長は、無線を切る。
沖田船長は、目を閉じ、息を吐く。
残った右側のエンジンとスクリューで、日本への進行は可能だが。日本への到着は予定よりも大幅に遅れる。同じような潜水艦にまた遭遇するかもしれない。安全のためにも、乗客は降ろした方が良い。
パーズの船内に響き渡っていた警報音は解除された。
「本船は、一機のエンジンを大破しました。本船は速度を落としつつも、日本へ向かいます。乗客の皆様は、救援の到着を待ち、一旦、アメリカに向かってください。そして、航空機で日本へと帰国してください」
静寂を取り戻した船内に、船内放送が響き渡った。
「そうか、パーズから出ないといけないのか」
と博士とレイアは顔を見合わせる。
2人はまだ船の甲板にいた。
「シンシア、お疲れ様。潜水艦を一撃で沈めるとはな、相変わらず、すごいな」
博士は、海から戻ったシンシアを笑顔で迎える。
「いや、えへへ」
シンシアは、そう言って苦笑いを浮かべながら、視線を下に向ける。
博士は、シンシアの頭を撫でた。
海水を吸った髪の毛がギシギシとなる。
「とりあえず、裸で歩くのもあれだから、これを着なさい」
博士は、手にしていたワンピースをシンシアにかぶせた。
海水で濡れている髪の毛ごと、頭を通す。濡れた手を引っ掛けながらも、袖に手を通す。そして、髪の毛を両手でパサパサと広げる。湿った髪の毛から海水がワンピースに滲んだ。
「よし、行こうか」
博士は、シンシアを抱きかかえる。シンシアはまだ海水で湿っていた。じんわりと生暖かい海水が、博士の腕を伝う。
レイアの腕に抱かれたアムルは、青い目を開け、空を見上げていた。アムルに視線を落としたシンシアとアムルの視線が交差した。
2人揃って、口元に小さく笑みを浮かべた。
博士たちの後ろの海上では、黒い潜水艦が、不気味に浮かんでいた。
黒い雷雲は、いつの間にか無くなり、空は、また真っ青な晴天に戻っていた。
7月27日のことである。




