パーズ、被弾
研究船パーズがサンディエゴの港を出発して、3日が経った。
パーズは太平洋の真ん中を進行中だ。
見渡す限り360度が海である。雲ひとつない青空に、太陽が1つ、燦々と輝いていた。
研究船パーズの操舵室は、船体の前側中央に位置する。
海面から20メートルほどの高さにあり、前方を広く見渡せる。
操舵室では、沖田一二三船長が船長用の椅子に座り、外を眺めていた。
「いい天気だな。速度は大丈夫か?」
沖田船長が、声を出す。
目印も何もない大海原を進行中である。船の速度と位置には注意しなければならない。
「今のところ、順調ですね。何も問題ありません」
操舵手の山本が答える。
この船には大きな舵はなく、ハンドルで船を操縦する。
山本は、姿勢正しく椅子に座り、ハンドルを握っている。強すぎる日差しに対処するためにサングラスをかけていた。サングラス越しの大海原に、集中しているのだ。
操舵室には、沖田船長、山本操舵手、佐伯航海士がいる。
昼の勤務は、この3人だ。
ドガーン
突如、大きな音が聞こえた。
爆発音である。そして、研究船パーズが揺れた。操舵室も、大きく揺れた。船の上の方が揺れを大きく感じるのだ。
パーズの操舵をしていた山本操舵手は、椅子の上で大きくよろめいた。しかし、ハンドルをぎゅっと握りしめる。
「何事だ!」
沖田船長が大きな声をあげた。
「沖田船長! 左のエンジンにアラームが出ています。おそらく、爆発はそこです」
航海士の佐伯も、大声を上げる。
沖田船長は慌てて、椅子から立ち上がり、双眼鏡で周囲を見回す。
「どういうことだ? 攻撃を受けたのか?」
双眼鏡で見える範囲には何も見当たらない。
パーズ船体の左後方では、水が濁っているのが見える。爆発は、十中八九、そこだ。
「佐伯、レーダーはどうなっている?」
航海士の佐伯に怒鳴る。
「周囲に船影は見当たりません」
佐伯は答える。
レーダーには、依然として、怪しいものは何も写っていない。
「なら、海中か? ソナーはどうなっている!」
「あっ、船長! 潜水艦らしき大きな影が一体、見えます。船体左側の海中です」
佐伯がレーダーを海中用ソナーに切り替える。ソナーの表示画面には、黒い影が映っていた。
「ということは、魚雷による攻撃を受けたのか? 追撃は?」
沖田船長は、目を見開き、声を荒げた。
これまでにも、研究船パーズは、海賊と軍艦に襲撃されたことがある。『潜水艦からの魚雷攻撃』が沖田船長の考える、妥当な結論だ。
沖田船長は、右手を頭の上に乗せる。船長帽の白い生地にシワができた。
沖田船長は、必死の形相で、状況を把握する。焦る気持ちを抑え、呼吸を整えた。
「追撃は、今のところ、ないです。発射物はありません」
佐伯航海士は、ソナーに映る黒い影の周りを凝視した。
「急いで船内に周知だ。場合によっては、船外に避難だ。総員で、損害状況の把握を優先しろ。それに、もう一度攻撃を受けるかもしれん。警戒を怠るな」
沖田船長は、高鳴る心臓の鼓動を抑え、冷静な声で命令する。
研究機関パーズは、戦闘用に設計されていない。
もしもの時は、逃げるしかない。沖田船長は、最悪の事態を考え、小さく息を吐いた。
周りに聞こえないよう、小さく。
「はい」
佐伯航海士が、非常サイレン用の赤いボタンを押した。
ポチッ
ウウゥゥゥゥー!!!
サイレンの音が、パーズ船内に響きわたる。
「非常事態です。国籍不明の潜水艦から、攻撃を受けました。各自部屋に戻り、落ち着いてください。至急、損害状況の把握を行います」
佐伯航海士が、船内に向けてアナウンスした。
博士とシンシアは教授室にいる。
博士は、申請書の準備に集中していた。ここ数日は、実験を止めて、申請書に全力を注いでいる。来年度の命運がかかっている大事な申請書なのだ。
シンシアは博士の近くの床の上で絵本を読んでいた。さーべるちゃんにもたれかかりながら、ゆったりと寝転がっている。
「今、確かに揺れたよな。攻撃を受けたらしいし。大丈夫だろうかこの船」
博士は、パソコンのディスプレイから視線を上げる。
パソコンの横に置いてあるコーヒーカップの中では、コーヒーがゆらゆらと揺れている。
「じゃあ、わたしが行く。きっといつもの海賊に違いない」
シンシアが立ち上がる。
「待て、シンシア!」
扉に向かうシンシアの細い腕を、博士が掴む。今回は、きちんと捕まえた。博士も学習はしているのだ。
「今回は、潜水艦だぞ。止めたって行くんだろうから、忠告だ。気をつけろ、攻撃をしてきたくらいだ。相手も、本気らしい」
博士は真剣な目で、シンシアの目を見る。
「大丈夫だよ、パパ。わたしは、海の中では無敵だから」
シンシアは、小さな手で、Vサインを作った。
「このトライデントは、持っていかなくても大丈夫なのか?」
神具トライデントは、教授室の本棚の横に立てかけられている。それはシンシアの海神ポセイドンの力を増幅してくれる神具だ。
「大丈夫! それよりも、急ごうよ」
シンシアは、コクリと頷く。
まだ、神具トライデントの力は必要ない、とシンシアは考えているのだ。
2人は、教授室を飛び出した。
居住部屋の入り口では、レイアがオロオロと辺りを見回していた。
「Hi, Hiro. (あ、あなた)」
レイアは、教授室から出て来た博士とシンシアを見つける。
「Leia, are you okey? (レイア、無事か?)」
博士は、急いでレイアの元に駆け寄った。
「Yeah, I’m fine, and it’s, too. (ええ、私は無事よ。もちろん、この子も)」
レイアはアムルの顔を博士に見せる。
「Good. It must be the same one as last time. Whereas, PRDs does not have any weapons, so this ship has no power. We have to bet our hope on Cynthia. Otherwise, the ship should be in danger, I mean, it might go down. (よかった。おそらく、前の奴らと同じ奴らだろう。パーズには何もできないから、またシンシアに託すしかない。このままだと、パーズが沈むかもしれない)」
博士は、横にいるシンシアに目をやる。
この状況を打破するには、シンシアに頼むのが一番有効な方法だと、博士はわかってはいた。
可愛い娘を危険に晒したくは無い。しかし、他に方法はなかった。仕方がない。
博士は、ぐっと、右手を握りしめた。
「I see, well. Cynthia, please, please take care. (そうね。わかったわ、シンシア。気をつけて)」
レイアは、シンシアの前にしゃがみ込み、シンシアの頭を撫でる。
目を閉じ、片手でシンシアに抱きつく。
「Okay! (任せて!)」
シンシアは大きく頷いた。
パーズ船内に響き渡った緊急放送を無視し、4人は甲板に向かった。サイレンは依然として鳴り響いている。
博士とレイアは、甲板に立つ。
アムルは、レイアの腕の中で、眠ったかのように、ぐっと目を閉じていた。
「着替えている時間がないから、このままいくね」
シンシアは着ていた白いワンピースを脱いだ。博士は、それを受け取る。
シンシアが身につけているのは薄いピンクのショーツ一枚だ。その姿のまま、海に飛び込んだ。
ジャポン
と、小さく音を立てて、シンシアは海中に消えていった。
博士とレイアは、残った水しぶきを不安な顔で見つめていた。




