救助要請
沖田船長は、アメリカ政府と日本政府に救助要請をした。
まだアメリカに近い海域だったとはいえ、アメリカ軍の船がここに到着するまでには1日程度かかる。
ここから乗客を軍艦で運んでもらい、その後、カリフォルニアで日本政府が用意した飛行機で日本に運んでもらう予定だ。
これが乗客の安全を第一に考えた末の、沖田船長の下した判断だ。
研究機関パーズ内の研究者たちは、1日の間に荷物をまとめないといけない。
とりあえずは生活に必要な荷物を持って帰るだけだ。パーズが沈没したわけではないので、大きなトランクに荷物を詰めれば、持っていける。
衣類や生活用品は、問題ない。持って行けばいい。
実験機器等も、腐るものではない。研究室に置いておけばいい。
しかし、問題なのは実験動物である。
大城戸研究室の実験室の大水槽と、恒温槽の中には多くの生物がいる。これらの生物は持ってはいけない。管理もできないため、放っておいては死ぬだけだ。
海に放流するのが最善の選択肢であろう。
「どうしようか? これも、全部放流するしかないよなぁ。無事に生きてくれればいいけど」
博士は、恒温槽からガラスビーカーを次々に取り出す。
博士と信一は、実験室の片付けをしている最中だ。
「このウニはできたばかりなんですけどね。」
信一はガラスビーカーを眺め、声を出す。
信一の手の中のガラスビーカーには、透明なピラミッド型の生物がたくさん泳いでいる。ウニの新しい世代のプルテウス幼生である。
「大丈夫だ、心配するな。そのウニは論文にはなる。それに、僕らが生きてさえいれば、何度でも作り直せる。今は、避難するのが大切だ」
博士は、自分にも言い聞かせるように、信一に言った。
博士たちは、飼っていた生物を、次々に海に放流した。
生物の多様性に関するカルタヘナ法は現在では適用されていない。
今の海には多様性などはないからだ。むしろ、生物を海に放流して、海の生物を増やすことが優先であり、生物の海への放流は推奨されている。
博士たちは、ベニクラゲとエビ、そして、チューリップとヒヤシンス、シロイヌナズナ、そして、エビクラゲを海に放流した。
ウニの成体と幼生。『アジム』の第二世代の稚魚は100匹ほど。これらは既に2cmほどに育っていた。これらもすべて、海に放流した。まだ遺伝子組み換え実験には利用していなかったが、仕方ない。また、シンシアに作ってもらうしかない。
パトリックにもらったマボヤはペトリディッシュの中で育っていた。これらは、ペトリディッシュごと、海に沈めた。
「よし、とりあえず、こいつらが海で元気に育ってくれることを祈ろう」
博士は、大城戸研究室で飼育していたすべての生物を海に放流した。
博士は、一緒に作業していた信一とアーシーを振り向き、声を出す。
信一とアーシーは「はい」と大きく頷き、返事した。
次の日、アメリカの軍艦が救助に来た。
研究船パーズに匹敵する巨大な軍艦である。大きな違いは、その軍艦には砲台が備え付けられており、戦闘が可能であるという事だ。
博士は大きなキャリーバッグを両手に引っ張っている。背中には大きなリュックサックだ。
レイアは、背中にアムルをおんぶし、両手にカバンを持っていた。
シンシアは、小さなリュックサックを背負い、手には神具トライデントを持っている。
「大きいな。僕が持とうか?」
と、博士が言う。
トライデントは、シンシアの身長の2倍くらいの高さがある。博士と比べても大きいくらいだ。身長1メートルほどの幼女が持つには長すぎる。
「ありがとう、パパ。でも、わたしが持つ。いざという時に使えるから」
「そうだな」
博士は、小さく呟いた。
今、まさにいざという時ではあった。
ついに、研究船パーズが、実際に攻撃を受けたのだ。パーズは、研究機関であり、戦闘のために作られたわけではない。魚雷一発を食らっただけで、これだ。大きいだけのことはあり、幸い、沈んではいない。
そして、海中から急襲されれば、攻撃を防げないこともわかった。
海の上で無敵のシンシアといえども、海中からの不意打ちには対抗できないのだ。
パーズの研究者たちは、荷物を片手に、アメリカの軍艦に移動した。
沈黙した潜水艦も軍隊に回収されている。
この大きな軍艦に牽引される。
博士たちは、アメリカ軍艦の甲板から、研究船パーズに別れを告げた。
甲板には、多くの研究者がいた。みんな、研究船パーズとの、しばしの別れを悲しんでいた。




