下着泥棒?
前回のあらすじ。
学生寮を出て、教室へと向かう途中です。
学生寮を出発して、数十分くらい歩いただろうか。美崎と音無は第三ブロックに辿り着いた。道中、トイレに行きたくなった美崎は男子トイレで小水をぶっ放してから音無と再度合流。その際「チャックが全開だぞ」と、音無に指摘されて憮然としていた。普段ならばこのようなヘマはしないのだが、やはり緊張しているのだろう、と美崎は口をへの字にする。そんな二人の所へ、警備員が走り寄ってくる姿が見えた。
「音無、俺がトイレに行っている間に何かした?」
「なんだと! 美崎と一緒にするな、猥褻物め!」
「なっ……、今のは心外だな! 俺が猥褻物だと!? こういうのは『猥褻物って言う奴が猥褻物』なんですーッ!」
「そんな『馬鹿って言ったほうが馬鹿』みたいな理論通じるわけないだろ。それに、過剰に反応しているってことは自覚症状があるんじゃないのか? つまり猥褻物なんだよ」
音無を疑った美崎が発端なのだが、口論となる二人。しかも手玉に取られ、中年は小学生に論破された。
「そ、そんな……。俺は猥褻物だった、だとッ……!?」
「……あの、お取り込み中ちょっとよろしいですか?」
目を白黒させながら、足をガクガクと震わせて床に片膝をつきそうになる美崎。そこに警備員が話しかけてきた。校門でお世話になった警備員とは別の人だ。若い男性だったが、膂力がありそうな肉体で、顔は爽やかで誠実そうであった。
「いいえ、俺は何もやっていません。誤解です。偶然チャックが開いておりまして」
「はい? いえ、ここら辺で怪しいやつ見ませんでしたか? 通報がありまして」
半ば棒読みで答えた美崎を不思議そうに見やりながらも、警備員は尋ねた。
「怪しい奴、……美崎?」
「違う違う、ちがぁう! 俺じゃないッ!」
「最近、女子生徒の下着を狙っていく非道な輩がいましてね。寮が空っぽになっている授業時間中、よく狙われるんです」
「成程。そいつを探しているって訳ですね?」
警備員の説明に、半目となって美崎をねめつける音無。美崎は首をぶんぶんと振って否定する。そんな二人の様子を見て微笑する警備員は、今日赴任してくる美崎と音無の事は知っていたようだ。美崎を怪しむ事は一切なかった。尚、音無だけは一瞬美崎が女子生徒のパンツを被って全裸で小躍りするワンダーランドを想起していたのだが、疑いの晴れた美崎が警備員へと質問を重ねた事で、その妄想は掻き消えた。
「どんな奴なんです?」
「いえ、それが……被害届けばかりで、犯人を目撃した人は居ないんですよ。監視カメラもこんなに設置されているのに、凄いですよね……」
下着泥棒、と横で聞いていた音無が呟いた。セキュリティがこれほど堅い施設内での犯行……恐らくは内部犯の仕業だと、美崎は思う。生徒か職員か、残念だが下着を狙っている変態が居るようだ。
(っていうか「凄いですよね」って。感心しちゃ駄目だろ)
内心でツッコミを入れる美崎だったが、警備員は二人に一礼すると、ふと首を捻る。
「お忙しい中、ありがとうございました。……しかしなぜ犯人は女子生徒の下着ばかり狙うんだ? なぜ男子生徒、いや! なぜ私のパンティーは狙われないんだァァァ!!」
「お、おおおち落ち着いてください警備員さん! あなたのパンティーには価値が無いんですって! 需要が無いんですよ! きっと!」
取り締まれない悔しさからか、犯人への強い憤りからか、バッシャーン、という擬音が付きそうな勢いで号泣する警備員。
「グフゥ! ですが慚愧の念に耐えませんッ!!」
「きっとすぐに捕まりますよ! 落ち着いて!」
屈強そうな成人男性が暫く大音声で暴れていたが、美崎が諭した事で冷静さを取り戻したようだった。黒光りする筋肉を涙と汗でテカらせる警備員。情熱がありすぎて危ない。まるで獣のようだ……とまごまごしながら、美崎は警備員を慰める。――下着泥棒を捕まえてやろうと意気込み、この警備員のお兄さんがドンキ○ーテで女性用下着を買ってきた事。囮作戦と銘打ち、今その下着を自分で穿いている事――色々と話してくれた。正直、知りたくなかった。
「じゃ、じゃあ俺たちはこれで……授業に行きますんで」
後半、初対面の人間に優しくされたとか何とかで、警備員は破顔していたが、美崎が別れを告げると「道中、お気を付けて!」と敬礼した。美崎達は苦笑し、手を振りながら足早に逃げたのだった。
「危ない奴も居たもんだ……。あいつを警備するべきだと思うんだが……」
美崎の口から思わず本音が零れた。去り際、「ていうか美崎、“需要”って誰に対するものだ?」という音無のツッコミが聞こえたが……美崎は軽くあしらった。
*
遠くから警備員の「明日はTバックを履いてみるか」という台詞が聞こえた気がするが、幻聴に違いない。駄目だ、さっきの警備員の大絶叫で鼓膜をやられたようだ。両耳ともだ。俺と音無、二人分で計四つ……。




