学生寮その三
前回のあらすじ。
宿泊する寮部屋は中々豪華だった。
俺は寮部屋を出ると共用ラウンジを抜けて、エレベーターのボタンを押す。
それからフロントへと着くと、広間の端に自動販売機があったので、ラインナップを睨め回す。……うーん、流石にビールは無いみたいだな。水、スポーツドリンク、麦茶、缶コーヒーなどはあるが、若者の好きそうな飲料は扱っていなかった。成程……あくまで品揃えだけは「学生の本分は勉強だ!」とでも言いたいのだろうか。甘えるな、という声が聞こえた気がする。道理で学生が昼食に飢える訳だ。人間の三大欲求は食欲、性欲、睡眠欲だからな。
欲を言えば、体を蝕むようなドス黒い炭酸飲料や、頭の悪そうな商品名のフルーツジュースを飲みたかったのだが、いや、これは音無の為だ。断じて俺が飲みたい訳ではない。さて、どれにしよう?
ピッ! ガゴン!
俺が買うのを待っていたようで、男子生徒が後ろで並んでいた。俺が決めあぐねている様子を後ろから察すると、生徒は横合いから失礼、と小銭を投入して自動販売機のボタンを押した。邪魔になっていたのだと気付き、俺も横にずれたのだが、偶然その生徒と目線が合った。何か発しないと気まずいかと思い、俺は会釈する。
「あ、ゴメン」
「いえいえ。――あっ、確か今朝の朝会で……。あ~、ここの自販機の品ぞろえは悪いんですよね。カフェで買った方が美味しいものが飲めますよ」
「そうなんだ。じゃあ、今度カフェに行ってみるよ。ありがとね」
「はい、じゃあ俺はこれで……先生さようなら!」
その男子生徒は、俺が朝会で挨拶していた臨時講師だと気付いた様子。少し驚いたようにも見えた。先生が学生寮に泊っているとは思わなかったのだろう。
中肉中背のごく普通の少年然とした感じだったが、髪色は金髪だった。缶コーヒーを手に入れると、俺に一礼して寮の方へと戻って行ったようだが――あれ? 今の時間って授業中だよな? なんで生徒がフラフラしているのだろう。しかもここは第四ブロックの学生寮。もしや不良学生だろうか? 忘れ物を寮へと取りに来たのだとしたら、自販機でジュースは買わないしな……。
そう考えると、なんだか一抹の不安が覚える。楽観視していたけど、この学園って少々特殊だし、色んな生徒が居るのだろう。様々な不測の事態が起こる可能性はありそうだ。ちょっと早いけど、もうそろそろ授業の準備をするべきかもしれないな。
*
美崎は麦茶を買って、三○六号室に戻っていた。ついでに幾つか買っておいた飲み物は、備え付けの冷蔵庫にしまっておいた。暫く授業の計画などを予習したり、九山に手渡された資料などを眺めたりしていた美崎だったが、やる事も尽きていた。
「音無、そろそろ教室に向かおうか」
相変わらず惰眠を貪る音無に声を掛けた。むくりと起き上がったが、寝惚けているのか返事をしなかった。寝ぐせの付いた頭を掻きながら半目で美崎を見やると、音無は無言で荷物をまとめ始める。
部屋の片隅に立てかけられたギターケースを美崎は気にしていた。中には研究所から持ってきた妖刀が入っている。部屋に置きっぱなしにしたままで良いのか、それが気掛かりだったのだ。組織も流石に校内へは襲撃して来ないだろう。その為、授業中など、部屋を留守にしている間に強奪されるとは考えづらかった。外部の人間にとっては美崎達が宿泊している部屋番号も分からない訳であり、このまま放置して教室へ向かっても大丈夫だろうと考える。
研究所が組織に襲撃された事を九山が知っているかどうかは分からない。だが九山は信頼できる人間だ、と美崎は思う。校内に組織の人間が紛れ込んでいる可能性は否定できないが……。
(考え出したらキリが無い事だしなぁ。それにこのケースは重いし、置いていこう)
美崎と音無は部屋を出て、教室へと向かうのだった。
*
「えっと……。確か高校生は第三ブロックだったから……こっちか!」
俺たちはロビーを抜け、第四ブロックの寮から出た。この六徳学園のメインブロックは至極簡単に説明すると正方形をしている。それを十字に切り、四等分にして出来た、それぞれの区画が一から四でナンバリングされるブロックとなっている。そのブロック同士は通路によって連結しているが、距離間隔はやはり遠い。
「美崎。どんな授業をするんだ?」
九山さんに指定された教室へ行く道中、隣を歩く音無が尋ねてきた。九山さんの話だと、初日は一時限、すなわち五十分だけの授業である。その中で、魔法について色々と講義を行うのだとか。ちなみに俺の授業を受けるクラスの、担任の先生も同席してくれるらしい。
「魔法についてだけど、とりあえずは基本的な事かな。種類とか歴史とか、法律とか」
ふーん、と生返事を返す音無。聞いてみたクセに存外興味が無かったのか? ……音無も所詮は子供、という事だな。
もっと違う何かを期待していたのだろうけど、そう言われたって、この厳格な学園においてフレッシュでエキサイティングな要素を期待するのは難しいんじゃないか? だって、ここは学び舎だし。どこぞの小説よろしく、極東の全体主義国家の陰謀によって修学旅行中に殺人ゲームに巻き込まれる事も無ければ、ある日突然上空から謎の生命体が飛来し、ヤベェヤベェと散々のた打ち回った後、クラスの友達とロボットに乗りこんで敵を撃退して宇宙の平和を守る事……も無い。というか、そんな七面倒なイベント、あってほしくない。まぁ、あるとしたら妖刀の奪還を目論む組織の奴らが攻め込んできて、生徒が人質になっちゃうとか。そんなんだろう。いや……流石に無いと思うけど。
しかし、俺にも思う所はある。高校の授業に年端も行かぬ十歳の音無が参加するのだ。どうするんだ? 高校生の授業内容を音無が理解できるとは思えないし、かと言って音無だけ別のクラス、という訳でもないんだよな……。ん、待てよ……
「……あっ! そうか。そこまで考えておかなきゃいけなかったのか!」
「ん、美崎、何の話?」
「ああ、いやゴメン。独り言」
つまり、今回の授業は高校生が対象な訳だが、十歳の音無にも理解できる、もしくは音無に寄せた内容にしなくてはならないのだ。実質小学生にも分かるような、それでいて高校生も満足できる内容を鑑みて授業しなければならない。高校生に交じって音無も参加するのだから、これは当然である。それに、教鞭を振るうのは俺だ。俺はそこまで考えて授業計画を練らなければならなかったのに、不思議と今まで高校生にばかり目を向けていた。
とすると、音無向けに、内容を再考する必要性があるな。
村長はともかく、九山さんはこの事、つまり授業内容に対して特に触れていなかった。校長なんだし、気付いていなかったとは思えないが、小学生と高校生を同時に授業するなんて、中々にハードルが高くないか……? 俺には出来ると考えているのだろうか。信頼ゆえなのか、それとも別の魂胆――もしかしたら、今後六徳学園で小学校を設立する時の足掛かりにしよう、とか。受講する生徒の年代を広げた状態ではどういった授業になるのか、また、どのような内容が相応しいのか、そういったサンプルが欲しいとか。――があるのだろうか……? うん、あるかもしれない……。まんまとダシにされたって訳か。別にいいけど。
受講する学生の年代に幅はあるが、教えるのは魔法だ。魔法という概念自体は古くからあったが、研究が飛躍的に進化したのは割と最近である。巷では“魔法学”とか“魔法科学”なんて呼ばれているが、学問としては近代的な体系なのだ。教科書だって殆ど世に出回っていない。そんな、まだ日が浅い分野である故に、細々とした難しい理論などは十全に解明されておらず、正式な言質も出ていない。魔法の先進国であるドイツならば教科書も複数の出版社から出ているようだが、国家で秘匿扱いになっている部分も多く、日本に回って来る情報は高が知れていた。
つまりだ。魔法はそんな“あやふや”な学問なのだ。それを今日、俺は教えようとしている。だとしたら、あやふやな事しか教えられないのは道理である。
ある程度、魔法の歴史や種類、人々の生活との繋がりなんかをぺらぺら喋ったり、理論を説いたりして、後はデモンストレーションなんかでいいんじゃないだろうか。うん、そうしよう!
そう思い至り、俺はなんだか吹っ切れた。




