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エピローグ

……。

 ぼーっとする。

 風が吹いている。

 太陽が出ている。

 暑い。

 虫の鳴き声。

 それ以外は特に聞こえない。

 目を開けなきゃ。

 目を。


 陽光が眩しくて、薄目で周囲を見る。


 私は今まで……神社の拝殿の階段に座って、白昼堂々眠りこけていたらしい。

 なんでこんな所でぐーすか寝てたんだっけ……。今日は確か、日曜で……遊びに行く予定で、その前に練習試合を見るのに学校に行く……さらにその前に神社によってお参りして。


「……。あぁ、そうか……」


 そうだった。色々、本当にいろいろあったんだ。私の傍には、キツネ様はもちろんはやての姿も無かった。

 ジーパンの裾やスニーカーはドロドロだし、上着も土や細かい葉っぱがついてるし、足首は思い出したかのようにズキズキ痛みだした。カバンの中には、泥で汚れたシワシワの封筒。

“三 嶋 颯 様”

 そのガチガチに力が込められた宛名の字面を見て、私はふっと息を吐くように笑ってしまった。全く、とんでもなく変な話だった。でも、すごく楽しくて、嬉しかった。携帯電話を一応確認すると、日曜日の午前11時過ぎ。うん、間違いなく戻ってきた。

 とりあえず、足の怪我で遊びに行くどころじゃないから、非常に申し訳ないんだけど断りの連絡を入れよう。ゆずはちゃんの番号はっと……。


 ・・・


 結局、ドタキャンの落とし前はパフェ一杯で手を打ってもらった。こういう時の信頼って、普段からわりときっちりしてるからだね。…………いや、ほんとに反省してます。でもこんなの、どうしようもないって……。

 足を引きずりながら壁伝いに歩いて家に帰って、今はおばあちゃんに足首の手当をしてもらっている。他にも細かい擦傷は沢山あって……お風呂の時にしみそうだな、こりゃ。


「いろはちゃん、どこでこんな派手に転んだん。体のあちこちどろだらけやんか」

「え、えっと……神社でちょっと」

「キツネ様のところかいな」

「うん」

「そんな目も赤く腫らして、……泣くほど痛かったんかい?」

「……うん、まぁ痛いのは大丈夫やから。元気元気」

「それならええけど……。あんまり無理したらアカンよ」

「はーい」


 おばあちゃんは何か知っているような、それとも偶然そんな感じになったのか真相はわからないけど、どうにも言葉の節々に含みのある言い方で私に質問してきた。


「はい、手当終わり。明日ちゃんとお医者さんに見てもらいなさい」

「うん。ありがとう、おばあちゃん」

「はい、どういたしまして」


 それから特に何をするでもなく……ただ扇風機の前でゴロゴロしていたんだけど、ふとはやてからのメッセージに返信するのを忘れていた事を思い出した。


 内容はと言うと、あの手紙とカギについて……。だけどこの日曜日の三島颯に対して簡単に教えてやるのも私の気が済まないので、ちょっと勿体ぶってやる事に決めた。


「この話はまた明日ー。っと」


 適当な絵文字を付けて返信。きっと今頃練習試合で汗を流している筈だから、夕方あたりに見てくれるだろう。ちょっと意地悪かな。

 夜になって案の定、勿体ぶるなとのメッセージが来ていたけど、とにかくこの話題は、明日のお楽しみってことで。


 ・・・


 翌日、朝一番で近所の整形外科に足を見てもらうと、軽度の捻挫で無理をしなければ数日で腫れも引くだろうとの診断を受けた。

 その足で学校に行って一時間目と二時間目の間の休み時間に、教室の後ろの扉から目立たないようにそっと入室。するとクラスの友達・栗原紗枝ちゃんとバッチリ目があった。


「あっ、いろはー!おはよ!大丈夫なん??松葉杖ついてるやん!」

「おはよー。うん、大丈夫大丈夫、ちょっと足ぐねっちゃっただけやから、何日かで治るって」


 そう言って、包帯の巻かれた足首(と言っても上から紺のソックスを履いているから見えないんだけど)を見せた。

 雑談もそこそこに自分の席に向かうと、後ろの席のはやてが不満げな表情で私を見上げていた。


「おはよう、はやて」

「あぁ。早速やけど昨日の件、話してもらおか」

「あんなぁ、その前に少しは幼馴染の体調とか気にする素振りくらい見せてよ、悲しいわぁ」


 喋っている感じで、やはり“この”はやてと“あの”はやては違うんだなって確信した。覚悟してたけど、やっぱり……悲しいわぁ。


「栗原との会話が聞こえとったからさ」

「わかってても、大丈夫か?くらい言いなさい」


 全く、傾斜を転がり落ちた時はあんなに必死な声で名前を呼んできたくせに。


「わかったわかった。その足大丈夫か?」

「いいや大丈夫じゃない、めっちゃ痛い。……今日からしばらく行きと帰り自転車の後ろ乗せて」

「ええ……、部活有るから朝早いし夕方は遅いぞ」

「いいよ。小説読んだり勉強したりしとくから」

「いいんかよっ……。えっと、それじゃあ、まぁ、ほんまに?」

「うん。楽しみにしてる」


 そう言ってニッコリと笑いかけてやると、はやては、なんとも言えない、本当になんとも言えない表情であらぬ方向を見てからワンテンポ置いて「はいはい」と言っている。なんか、「潜在的にこいつ私の事好きなんだな」ってわかったからか、結構押していけるし余裕があるぞ。あの経験は無駄じゃなく、これはこれで手玉に取っているみたいで楽しいぞ。そしてその時、授業開始のチャイムが鳴って先生が教室に入ってくる。


「じゃあ、手紙の話は、帰りの自転車でね」

「えぇ、そんな後にせんでも昼休みとか」

「ほらほら、授業に集中っ」


 私は正面に向き直る。なんだか隣の紗枝ちゃんがまじまじとコチラを見てきている気がするけど、まぁなんとなく言いたいことはわかる。私も一皮むけたんよって後で言っとこう。



 *



「部活終わったらLINEしてな」ってお願いしてあるので、そろそろ連絡が来るかな。そう思った矢先に、なんとなくカバンの中がブルブルと震えた気がした。カバンの中でこっそり携帯を覗き見ると、「終わった」とだけメッセージが来ていた。超ぶっきらぼう。まぁいいよ、今の私はかなり強気なんです。帰り支度をさっさと済ませ図書館を出て校門へと向かうと、既にそこには自転車にまたがって突っ立っているはやての姿があった。


「おまたせ」

「別にそんな待ってへん。はよ座れ。あと、松葉杖車輪にひっかけたり落としたりすんなよ」

「大丈夫大丈夫。ほらカバン背負ったるから貸して」


 つい先日と同じようなやり取りをして、運転しやすい体勢を作り、いざ出発。自転車の走行がかなり安定し出した頃、はやてが私に向かってこう尋ねてきた。


「さんざん勿体ぶってんから、あの手紙の正体が何なんか教えてもらうで」

「あぁ、手紙ね……」


 さぁ、一体どこまで教えてやろうか。タイムスリップした私達があれやこれや走り回った話とか、実際に手紙を投函したのは自分自身とか、どこまで信じてくれるかな……。って、ちょっと待てよ。私の存在が月曜日には消えてたことが引き金となってはやてが走り回って、神社に行ってキツネ様に会ってーってなった筈やのに、私は月曜の夕方の時点で消えてない。どういうこと、あれ、あれれ?という事は、また別な感じのルートで行ったり来たりするのかな?それとも、全然別の所で既に分岐していた?……うーん。…………まぁ、いいや。


「手紙なぁ、ふふ、ごめん、結局よくわからんのよ」

「はぁぁぁぁぁ!!?」

「うっさー!ちょっと、ちゃんと運転してよ!揺れてる!」

「お前がそんなん言うからやろっ」


 あーでもないこーでもないと言い合いながらでこぼこ続く帰り道の途中。これでいいんだ。だって、どうせ考えたって、絶対想像出来ないような方向に行くのだろうから。あの不思議な時間のことは……うん、私達が20歳になって、あのタイムカプセルを一緒に開ける時が来たら打ち明けてみようかな。

 そして私はどさくさに紛れて彼の背中におでこをくっつけた。


 はやて。多分だけど、あなたはきっと、あちこち走り回ることになるでしょう。でも、面倒臭がらずに……ちっさい私とかおっきい私とか、助けてあげてちょうだい。それで……。



 ――それでまた、ちゃんと気付いてね。



 と、私は心の中でお願いをした。












【おまけ】



「――い、……おい」

(ん……?んんー……)

「おい、君。起きなさい。こんなところで寝てちゃだめだよ」


 肩を何度もぽんぽんと叩かれている。どこかで聞き覚えのある低く少し枯れ気味の声と共に、何度も何度も。変な夢を見ていた気がして正直気分が良くないんだけど、うすーく目を開けて、その声の正体を見た。目の前には、確かここの管理人の一人だと言う中年のおじさんが少し困った顔で立っていた。


「……ぁ……すいません」


 何となく謝罪の言葉が口を突いて出る。


「こんなところで寝てたら、いくら夏場って言っても体調崩すぞ。蚊だって多いし」


 どうやら神社の拝殿にある木板で出来た階段に座って、手すりにあたまを預け眠りこけていたらしい。


「はい……すぐ、帰ります……」


 地に足がつかないと言うか、少しふらつくけれど何とか足に力を込めて立ち上がる。


「大丈夫か?体調悪いんか?」

「いえ、元気です」

「ならいいけど……。気を付けて帰んなよ」

「はい、ご迷惑を……おかけしました」


 管理人のおじさんは背中を見せて境内を去っていった。一体俺は、なんでこんな所で眠っていたんだっけ……。何か、いろいろとあやふやだった。二歩、三歩と拝殿から遠ざかってから振り返ると、屋根の上に白い狐がこちらを見下ろしていて――。


「――……」


 ぱちりと一度瞬きをしたら、その屋根の上には何にもおらず、静かな闇に包まれた山と、少し雲が多めの空が見えるだけ。なんだろう、気のせいだったのか。まだ頭も体も目覚めきっていないみたいで、ちょっと気怠い。


「……ん?」


 ポケットの中がぶるぶる震えるので手を突っ込んでその震えの原因を取り出す。その正体は勿論自分の携帯電話で、画面にはメッセージの着信が表示されていた。母親からだ。


「どこほっつき歩いてんの、はよ帰ってきなさい」


 語尾に怒り絵文字がついている。右上の時刻表示を見ると7時15分を回っていて、我が家ではそろそろ夕食の時間だ。素直にごめんすぐに帰ると返事を送ってから境内を後にした。


 帰宅してからは食卓にて、「また寄り道してラーメン食べとったんか?」などとお小言を頂戴しつつも、夕食が終わる頃には、もう帰宅が遅くなったことを咎める雰囲気はすっかり消えていた。いつもと順序は逆になってしまったけれどお風呂掃除をして、部屋に戻る。

 ……何か忘れているって?忘れてなどいるもんか。あんな体験、忘れろって言う方が到底無理だ。なんかいろんな記憶が変にごちゃごちゃしている気がするけど……パラレルワールドとやらの弊害かもな。それでもって、「これで大丈夫だ」って強い気持ちは確かにあった。そう思う根拠が収められている携帯電話を取り出して幾つかの操作をしたら、目標の画面に到達する。そう、西依いろはとのトーク画面。消えてなんていない、ちゃんとあいつは“ここ”にいる。神社で目覚めてからドタバタとしていて連絡する暇が無かったけど、このトーク画面が存在するってだけで、俺には十分だ。


 そのまま勢いだけで無料通話ボタンをタップした。独特の呼出音がスピーカーから流れ始める。なんで俺は電話をかけているんだろう。これが繋がってしまったらあいつに何を喋ろう。きっとこの西依いろはは“二日後のいろは”だから、俺と山を駆け回った記憶なんて無いんだろうな。あぁ、よくよく考えると、告白は無かった事になったようなものだから……もう一度伝えなければいけないんだな、…………やっぱり恥ずかしいな。


《はいっ、もしもしっ、どうしたん!??》


 考え事の途中で、少し焦り気味のいろはの声がスピーカーから流れてきた。


「おう。いや、特別用事がある訳やないんやけど……元気かなって思って」

《なんよそれー、学校で会ったばっかやん。元気元気》


 その返答を受けて、予想が確信に変わる。


「ほんまに?」

《元気やって!!足挫いてるの以外はね》


 足を挫いた?もしかしてこういうのが運命って奴なんだろうか……。避けられない、決まった出来事というか……いろはは足を挫く運命。ちょっと気の毒だな。森で行方不明になってそのまま帰って来ず、な運命はなんとか回避できたけど。


「捻挫、大丈夫か」

《大丈夫かって今更やな。昨日も帰り自転車で送ってもらったし、さっきも家まで送ってくれたやん》


 ……え、そうなのか?家まで送って、そんで神社に行って寝てたのか。どんな行動パターンなんだよ俺。謎の転校生が居る世界に迷い込んでいた月曜から今日の夕方までの間の出来事が、理解のできないパワーで変更され補完されているようだ。世界って案外ごり押しでできているんだな。


《捻挫自体は大したことなくて、3か4日もしたら腫れひくやろーって、お医者さんが。これ昨日も言ったけどな》

「…………そっか、まぁ元気なんやったらいいわ」

《んん?……変なはやてやなー》

「まぁな」

《まぁなって。妙に落ち着いてるやん》


 そりゃあなんせ、実年齢より半日くらい老けているもんで。……あの山での一部始終をこいつに話したら、一体どんな反応を見せてくれるんだろう。「何言ってんの、アホちゃう」ってバッサリ切り捨てられるか、それとも同情して冗談ぽく話を合わせてくれるか、もしかしたら「すごいなーっそんな事あった気がする―」って信じてくれるか。

 でもこの話は、……そうだな、俺達が20歳になってあのタイムカプセルを一緒に開ける時までは、一応内緒にしておこうと思う。ということで、少なくともそれまでは一緒に居たいから……。


「なぁいろは。今週末の七夕祭りさ、まだ誰とも約束してないんやったら……一緒に回らへん?」

《へ?……ふ、ふかっ、二人で?》

「二人で」

《……、うんっ、行きたい!行こ行こっ!!!約束なっ!!浴衣着ていくからっ》

「ちょっ、声でかい、耳痛いわ!」

《ご、ごめん……。ちょっとビックリしちゃって。あ、いや、でも昨日自転車で帰り一緒に帰ってる時の、あんたの、はぁぁぁぁ!?って叫びよりはマシちゃう!》


 なんかけらけら笑ってるけど、昨日俺に何があったんだよそれ。まぁ、この二日間の事は、適当に相槌を打ってやり過ごすとしよう。


 流石にもう、変人扱いは懲り懲りだからな。


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