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二日後のわたしによろしく。

 高い建物なんてこのあたりには無いから、西陽を隠すものなんて山くらいしかないけど……それでも、この町にもまた夜が訪れようとしている。太陽の光が当たらない場所の方が多くなってきて、田舎町の少し頼りない灯りをあてにして神社への道を歩く。

 歩くって言っても私は相変わらずはやての背中におぶさっているので歩いていないのだけど。最初におんぶしてもらった時は恥ずかしさもあって最低限の面積しか触れないようにしていたんだけど、今では疲れもあって、ベッタリと彼の背中にひっついて運ばれている。おんぶされる姿もきっとサマになってきてるでしょう。

 私もはやても、ずっと無言だ。いろいろとありすぎて頭が回らないのもあるけど、一番のところは、私とこの人との間では特に何も話さなくても嫌な雰囲気にならないってところがあるから、無理にお喋りしようと思わないだけ。少なくとも私はそう思っている。


「なぁ、いろは」


 そう考えていた矢先、はやてが私に話しかけてきた。全く喋らないなんてそれはそれで寂しいけどさ、それにしても今の私のモノローグどうしてくれんの。


「……なに?」


 無視するのも悪いのでちゃんと返事はする。


「今日は……いろいろあったな」

「そうやね……今日ってひとくくりにしてええのかわからへんけど」

「……色々と起きた中で、思った事が……、これだけは言っておきたいって事があって……またいきなり消えられてもかなわんからさ、聞いてほしいんやけど」

「なんよいきなり畏まって。ちっさい頃の私がかわいかったなーって?」

「いや違うくて」

「ああん!?」

「俺は、お前の事が好きや」

「はぁ!?………。はぁっ!!??」


 ちょっと待って、今なんて言ったこの人。なんていったんや。ちょっと、もう一回!


「ご、ごめん、……もっかい、もっかい言ってくれへんっ!?」

「……だからぁ、お前のことが好きや」


 ちょっとヤケクソっぽい感じでもう一度言ってくれた。今おんぶされている状況だから顔は当然見えないけれど、こんな事を冗談で言う男じゃないのは知ってるし、今のだって冗談じゃないって分かる。冗談じゃないの。え?冗談じゃないの、これ。本気なの?すごい。あぁ、なんか私、頭おかしくなってるわ。


「もっかい言って。次こそ返事するから」

「あのなぁ……」

「……お願いします」

「……」


 それから、また無言のままはやては歩いていた。もしかしたら怒らせちゃったかも、とか、調子に乗りすぎたかなとか思ったりした。謝っとこうかな。でも、ここでゴメンナサイなんて言ったら告白を断る意味で捉えられかねない。それだけはダメだ。……それにしても……あかん、なんかニヤニヤしてきた。口角が自然に上がる。あぁ、笑っている場合じゃないのに。どうしよう。でも、思えば10年間以上続くこの関係の中で初めて私が優位に立っているのかもしれないと思うと、楽しまずにはいられない。ふふふ、今この人なんて言ったと思う?私の事、好きって――


「いろは」

「はっ、はい!」

「俺は、いろは、お前が好きだ。それを……今日それに気づけた。でもお前が時々告白されて、それを断るたびにしんどい気持ちになってるのも知ってる。だから、……俺は今、嫌なことをお前にしてしまってるのかもしれん。けど、どうしても言っておきたかった。お前が突然居なくなって、この先もずっとお前が居るなんて保証は何処にも無いって初めて気づいたから。だから言わせてくれ。そんでちゃんと聴いた上で……断ってくれ」


 どうしよう。二度も溜めたせいで変な方向に勘違いしてる。勘違いして一人であらぬ方向へ話を進めてる。そのヤケクソさは今いらない。


「……断るわけ無いやろっ、アホはやて!」


 つい大きな声が出た。なんだか、一言喋ったら、次々と言葉が出てきそうな予感が、喉の奥あたりにある……。あー。


「……え?」

「あんなぁ!!!なーにが「今日気づけた」やっ!!私なんか、わたしなんかっ、10年やっ、10年!10年の間、ずっとあんたのことが好きで……それやのに、コイツ!この男ときたらっ!!私になんか興味ないみたいな態度をずっと取りやがってー!!こらぁー!」


 なんか、言ってたらだんだん涙が出てきた。腹が立つので耳を軽く抓ってやるとはやては「いたっ」という声をあげる。ざまあみろ。なんか、「え、嘘やろ、ま、まじでか……!」とか呟いているし!


「嘘なんかつかんわっ!この鈍感!唐変木!朴念仁!少年漫画!!」

「い、痛い痛い、耳つねんのやめてっ!少年漫画ってなんやねん!」

「やめへんよ!!この女泣かせ!!」


 そんなこんなで私達は、笑いながら泣きながらじゃれ合って、お互いの気持ちを照れつつも確認し合った。太陽はすっかり西の方角へと沈み、群青色に染まった空の下をダラダラ進んでいった。


 そして。


 もうあと数十メートルで神社の入り口、という所まで来て私は……とあることに気付いてしまった。だから私は、はやてに対してこんな提案をした。


「なぁ、はやて……タイムスリップなんてさ、なかなか出来へん体験なんやし……もうちょっとだけ、町の中をぐるっと回ってみいひん?」

「いや、流石に疲れたわ……不思議体験ならもう充分味わったやろ。余計なトラブル起こっても嫌やしな」

「もうちょっとだけ、あと少しだけでいいから。……ほら、そのっ、彼女のぉ、ワガママを聞いてあげるのも、彼氏のカイショーやろ」

「もとの時間にもどってからいくらでも聞いたるって」


 はやては私のお願いは耳に入れず、神社の前へと一歩一歩足を進めて……。そして鳥居の前にたどり着いた。暗い暗い神社の中。鳥居の真正面にある拝殿の真ん前に、真っ暗闇で余計に目立つ、真っ白なキツネ様がコチラを向いて鎮座している。それはまるで門限を破って帰ってきた私を玄関で待ち構えていたお父さんのよう。


 そのまま鳥居の下を潜ろうとするはやての首を、ぎゅっと腕できつく締め付けた。


「う゛っ、ちょ、さっきからどうしたん」

「嫌や、帰りたくない」

「……何言ってんねん」

「だって……」


 私は気付いてしまったのだ。キツネ様に噛まれたら、私達は、今度こそきっと元いた世界に戻る。


「このまま帰っても、私達が一緒にいられる保証なんか、どこにもない……」

「それはそうやけど……だからって、ずっとここに居るわけにはいかへんやろ」

「違うっ、きっと私達は一緒にいられへんのや、多分じゃなくて、確実に」

「なんで」

「確かに、「私が生きていない世界」に迷い込んだはやてがこうして過去に戻って……それでちっちゃな私を助けたから、結果、私がちゃんと生きてる世界に戻ってるんかもね」

「おう。だからそれでいいやん」

「でも、その“私”は、きっと私じゃない。この私は、日曜日から来た西依いろは。はやては、火曜日から来た三嶋颯。私が戻る場所は日曜日で、はやてが戻る場所はきっと火曜日。だから……

 私が居なくなったーって必死に走り回って探してくれた、居なくなったことに涙を流してくれた、一緒に小さい頃の私を助けた、山の中で手を繋いで歩いた、私の事を好きって気付いてくれた、そんな三嶋颯は……日曜日に戻ったら居なくなってしまう。私の存在ごとがいなくなって初めて大切さに気付いてくれるような超絶鈍感な、全然私の事を好きって気付いてくれない三嶋颯がきっと待ってる」

「超絶って……」

「せっかく想いが通じ合ったと思ったのに、こんなのあんまりや……。だから、私は、……帰りたくない」


 わかってる。帰らない訳にはいかないんだ。この世界に、自分達の帰る家は無いんだ。でも、でも……。


「それに比べて、“火曜日の私”には、私の事を好きって思ってくれてる“この”はやてがおるんやろ。ずるい、そんなん……怪我までして頑張ったのは、この私やのに……」


 あぁ。わたしは、なんてアホな事を考えているんだろう。でも言葉にせずにはいられない。そうだ、私は、火曜日のわたしが、心の底の底から……。


「……二日後のわたしが、うらやましい……」


 最後につぶやいたその一言は、自分でも泣けてくるくらい情けない声で放たれた。頬がやけにあったかいから触ってみたら、実際に気づかん内にまたしても泣いていたらしい。泣いているって自覚したら、余計にどんどん涙が出てきた。キツネ様は微動だにしないままずっとコチラの様子を見ているし、はやてはきっとなんて言っていいやらで困っているのだろう。


「いろは。言ってやれるもんなら……そっちの俺にも「はよ気付けアホ」って言ってやりたいけど、それは無理や。でも……多分大丈夫やと思う。違う世界って言っても、殆どは同じやろうし。そっちの俺も心の中ではお前のことを絶対に大事に思ってる。時間の問題やって。だから、悪いんやけど、さっさと気付かせてやってくれ。そっちの俺にさ」


 ……。無責任なこと言いやがって、と言ってやりたかったが言葉をぐっと飲み込む。私をおんぶしてくれている“この”はやては、悪くないと言えば悪くないんだから。むしろ私に気持ちを打ち明けてくれた“良い”はやてだ。


「………………わかった。なんとかしたる。しゃーないから」

「おお、頼むわ」


 横顔だけでちらりと私に笑いかけて、そしてはやては鳥居の前で一礼し、その下をくぐった。私も背中の上でなんとか頭だけでも、とペコリと礼をした。そして未だにじっと待ち構えているキツネ様のもとへとゆっくりゆっくりと歩み寄っていく。

 そしてほんの30センチ程の距離まで近づいて、私達とキツネ様は向かい合う。


「キツネ様。この度はどうも、ご面倒をおかけしました。お陰様で、何とか…………なるんですよね?」


 キツネ様は喋らない。喋ることが出来ないのか喋らないと決めているのかは知らないけど、無言のまま私達を見上げている。


「な、もう大丈夫。降りるわ」


 はやての背中をとんとんと叩いてそう言うと、凄く丁寧に私を地面におろしてくれた。びっこを引きながらも何とかキツネ様の前に自分の足で立つ。そして少し足は痛むけれど、石畳の上にそっと正座してキツネ様と向かい合った。


 こうして眼と眼を合わせると、なんだか気持ちが少しだけ汲み取れるような気がする。澄んだ青色の、きれいな瞳。ずっと見つめていられるかも。すると


 ――お前をここに戻すには、これが最短かつ最善の通り道だったのだ。いろはよ、勘弁しておくれ。


 そんな言葉が、聞こえた気がした。キツネ様の考えが私に少しだけ届いたのかもしれない。


「そんなっ、とんでもないっ」


 ついそんな風に言い返してしまったけれど、はやてには今の言葉が聞こえていなかったみたい。不思議そうな、というか、「何言ってんだよこいつ」って顔でコチラを見ているだけだった。ま、普段からのお参り不足のせいやな。

 キツネ様はその場ですっと立ち上がった。これは「もう時間だぞ」って意味なんだろうな。


「……はやて、お別れやな」

「……あぁ」

「って言っても、戻ったらお互いまたすぐ近くに居るんやろうけどな」

「でも、タイムスリップしたり、山をさまよったりしたのは、今ここにいる俺たちだけやからな。不思議な話やけど」

「うん。……忘れんといてよ、この“わたし”のこと」

「そっちこそな」

「それじゃあ、……火曜日の三嶋颯君」


 最後は、精一杯の笑顔でお別れしよう。そう決めて、にこっと笑って見せた。


「……さようなら!ありがとね!そんで……二日後のわたしによろしくっ」


 笑顔でお別れしようって決めたのに、何でまた溢れるかな、やたらしょっぱい心の汗が。


 そして、まるでわたし達の会話がちょうどよく区切れる場所を待っていたのだろうかってくらいのタイミングで、左手に鋭い痛みが走った。あぁ、噛まれてしまった。どんどん瞼が重たくなって、視界が霞んでいく。

 はやてが何か言っているみたいだけど、何を言っているか聞こえない。

 まぁ、いいよ。

 こうなったら……何度だって気付かせてやるんやから。


 覚悟、しても、……ら、……う……。


 そして、意識は真っ暗に落ちて……。

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