ミオの決心
ダニーを身ごもるまで、ミオは、実家が経営する会社の経理課に勤めていた。
とりたてて自慢する気はないが、彼女は有能な会計士であり、将来を嘱望される新進気鋭の才女でもあった。
しかし オオカミ姿の赤ん坊を出産し、地元を追われるようにして、このオオカミ村にひってこしてきてからというもの、子育てに明け暮れる毎日であった。
オオカミ姿のダニーは、テレパシー能力を駆使して生きている。
幸いにも、テレパシーやその他魔法能力にたけた隣人たちが住むオオカミ村には
こうした「特別な子」を フツーに育てるスキルも環境も整っていた。
それゆえ、無事に乳児期を切り抜け、ダニーも3歳を迎えて、人の姿で暮らすことも学び始めた。
これまでの べったり親子関係から、集団の一員として過ごす時間を必要とする時期になったのだ。
言葉を変えれば、ミオも、24時間母親業から脱却して、一人の人間として過ごす時間をもてるようになった。
しかし 妊娠期間を含めたら 約4年にわたる「社会人生活・職業生活からのリタイヤ期間」からの脱却というのは、ずーと 社会人生活を続けている人にはわからない「感覚的ギャップ」というものがあった。
社会人・職業生活から抜け出して、家庭にはいるのも、ある種の孤独・戸惑いがつきものだが、
家庭中心生活から 再び社会人生活にもどるのも、これまた感情面や生活習慣の切り替えといったギャップが存在するのだ。
しかも 元の職場にもどるのではなく、出産前とは全く異なる土地で、当時とは全く異なる人・集団の中に 「個人」として入るのは、これまた経験者にしかわからぬ気苦労なり 戸惑いがあった。
さらに、子育て期間中に子育て支援してくれていた隣人たちとの関係性においても、
「子育て」支援を受ける立場と、
社会人として職場や お隣さんとしての普通のつきあいへと 互いの関係性がかわれば、
これまた 付き合いにおける微妙なやりとりや感性が変わるのが世の常である。
こういうことは、出産後も あれこれ支援を受けながら働き続けた人(女性や夫)にはわからない感覚である。
(それがまた 時短などの支援を受けつつ働き続けている女性が、いつまでも配慮される立場におけるつきあいの感覚のまま同僚と付き合い続けて、だんだんと同僚から疎まれていく一因にもなっているのだが、それはまた 別の話)
だからまあ 夫婦そろって育休をとったカップルが そろって職場復帰したら
これまた夫婦そろって 新生活適応のためのストレスをためまくって、その後の家庭生活がガタガタになるだろうなと 筆者は思っている。
なにしろ 子育て中心の生活リズムと 職業人(家庭とは異なる環境である職場で勤める人間)としての生活リズムは異なるのだから。
◇
それはともかくとして、子育て中心生活から、共同体の一員として働きに出ることを考え出したミオは 大いに悩んだ。
この村では 職業(役割)選択の自由はある。
その一方で ブラブラしていれば 「xxして」と何らかの役割を果たすことを求められる。
別に 嫌なら仕事のオファーを断っても良いのだが、
何もしないでいることは・・実質的には無理がある。
何かしらの役割=仕事を果たさなければならないのである。
しかも ダニーはまだ3歳。
母親として 子供に対する家庭教育を施す責任は継続中だ。
思わず どうしたらいいの?と悩んだミオは 思い切ってシェリーに相談しようと思った。
でも シェリーって お子さんいたんだっけ?
というわけで 夫のレインに頼んで情報を集めてもらった。
なにしろ 家庭生活が落ち着くにつれ、シェリーの来訪が減っていたので
こちらから 相談ごとを抱えてシェリー宅に行くには、何かと下準備が必要だと思ったのだ。
◇
その結果、
ガオーといっしょに彼の家の改装をやっているダンディとイケメンがシェリーとラッドの息子だったと知って驚いた。
そして、シェリーが元音楽教師だったこと、今 彼女がもらってうれしい手土産は 町の外ではやっている音楽関連の情報だということを知った。
(あー それで セレナーデにこだわっていたのね)と気づいたミオ。
そこで とりあえず 実家に連絡して、童謡の録音と楽譜を二組、さらに人気のある恋の歌の録音と楽譜を送ってもらうことにした。蓄音機2台といっしょに。




