子供の頃の思い出
私はレイン、オオカミ獣人だ。
完全な人間形態に変身する力はない。
普段から 直立2足歩行のオオカミのような形態をして、人語を話している。
だから 社会的には「人族オオカミ獣人」となっている。
しかも 完全な人間形態に変身する能力が無いから、少し野蛮なオオカミ獣人だとみなされることが多い。
もちろん それをあからさまに言うと「差別発言」だということになるので
「大人」な人は そういうことをあまり言わないようにはしている。陰では そういう噂話をしても。
それでも「 初対面の時から 自分よりも劣った人間扱いしてくる奴は多い><。
あるいは 表面上は そういう奴がイメージする「公平な人間」ぶった態度を露骨に示して、見下した目を隠そうともせずに向けて来る奴も割といる。
◇
しかし 私は 人語を話せるようになる前から、両親とはテレパシーで意思疎通できたから、実はモン族の血が入ったミックスだ。
しかし、両親からは、テレパシーや念話が使えることを知られると
そういうものが使えない者達から危険視されるおあおそれがあるから、その能力のことは伏せておくようにと言われて育った。
なので 私がテレパシーを使えることは、ごく一部の信頼できる身内しか知らない。
これは 両親から聞いた話だが「念話を使うモン族オオカミ獣人」の中には、
相当数の「『念話しか使えないオオカミ獣人』のふりをしている『テレパシーも使えるオオカミ獣人』が、含まれているということだ。
なぜ こういうややこしい偽装をしているかと言えば・・
「テレパシー」を使って、 自分の邪な思いや、自分の愚かさ・悪意を暴かれるのではないか?と、考え 恐れる人が多いからだそうだ。
人間や人族というのは 妬み心の強い臆病者が多いので
自分たちが使えない能力・自分達が理解できない力を持つ者を敵視し、暴力的に排斥しようとする傾向が強いので、用心するに越したことがないというのだ。
母によると、「念話」と「テレパシー」は似ているようで、実は違う部分が多いので、「念話しか使えないオオカミ獣人」の中にも、「テレパシーが使えるオオカミ獣人」を恐れ、忌む者がいる。
そういう 臆病ものほど徒党を組んで悪しき策略をめぐらすことが多いので、
「テレパシー能力持ち」は 自分の能力がばれないように警戒しなければ
生き残れないのだそうだ。
◇
「じゃあ それなら どうやって テレパシー持ち同士が お互いの存在に気付けるんだよ?」 幼いころに尋ねたら
「赤ん坊は 無意識にテレパシーで 周囲に話しかけているからね
テレパシー持ちの親なら 我が子にテレパシーの能力があるかないかは
すぐにわかるよ」と父。
「それに、この能力は遺伝するから、テレパシーを持つ一族は互いに協力して、
テレパシーを持った子供を育てるための「テレパシー持ちの教師」を育てたり、
一族の中からテレパシーを持たない子が生まれた場合の対策も
テレパシーを持たない人と結婚する場合の対策も
いろいろと編み出し 実践してきたのよ」と母。
「テレパシー持ちが テレパシーを持たない人と結婚したら 生まれてきた子はどうなるの?
「母親がテレパシー持ちだった場合、
テレパシーを持たない子を産んだら、
その子が育つにつれ 母親だけが寂しい思いを抱いたり いらだちを感じることが増えるようだね。
また テレパシー持ちの子供の場合、テレパシーを持たない父や母との関係がうまくいかないことが多いので、
子供の心がズタズタに引き裂かれる前に できるだけ早期に、
テレパシー持ちの子を、テレパシー持ちの養父母のもとに送ることにしている。
逆に 父親がテレパシー持ちだった場合は、
生まれてきた子がテレパシー持ちだと、ほぼ100%に近い割合で、テレパシーを持たない母親から「育てにくい子」とみなされることになるのが 過去事例から分かっている。
なので一族の中では、特に男子に対して テレパシーを持たない女性との間で子づくりをしてはいけないと厳しく教育している。
本当は 女子に対しても、もっと厳しく テレパシー無しの男とは関係を持つな、
そんな男との間に 万が一 テレパシー持ちの子が産まれたら 即座に離婚・離別するか、一刻も早く養子に出せ、と教育すべきだと思うのだが・・」と父
「真の意味で『男女間における対等な関係』が成立する世にならないと
不本意な結婚や妊娠と出産はなくならないと思うわ」と母
そうした 両親の話を聞いて、なんか 大変だなぁ、と子供心にも思った。
そして 両親の説明では、初対面の子がテレパシー持ちか否かを知る手掛かりの説明にもなっていないと思った。
◇
結局のところ、そういう微妙かつ具体的なことは、いろいろな子が集まる地元の学校での出来事と
その都度学校での出来事を両親と話しているうちに、なんとなく 身についたような気がする。
やっぱり、子供の時に 毎日のこまごまとしたことを 両親と話せるってのは、大切なこと・大きな意味あることだったんだなと、大人になるころには思うようになった。




