烈End アフターストーリーSS『星の歌声と秘密の関係』
高校を卒業して、一か月。
あの日――ようやく一年越しの想いが通じ合い、玲と烈は恋人同士になった。
けれど、恋人になったからといって、二人が自由に会えるようになったわけではなかった。
むしろ、状況は以前よりも難しくなっていた。
先日の日本デビューは大成功。
海外で活躍していた鬼塚烈の名前は、一気に日本中へ知れ渡った。
テレビドラマに、CMに、雑誌に、音楽番組。
今や、街を歩けば必ずどこかで烈の姿を見かける。
だからこそ――ご法度なのが、スキャンダルだ。
ましてや相手は、如月グループの次期総帥として経済界でも知られる御曹司。
スターと御曹司。
二人の関係が世間に知られれば、格好の餌食になることは目に見えていた。
そのため、付き合い始めてからというもの、二人が一緒に過ごす時間はほとんどない。
会えるのは、ほんのわずかな時間。
普段はスマホで連絡を取り合うだけ。
◇
玲は、いつものように大学での講義を終えると、この春から借り始めた都内のワンルームへ帰宅した。
「ただいま〜って……誰もいないけど。」
一人暮らしにも、少しずつ慣れてきた。
鞄を脱ぎ、何気なくテレビをつける。
すると――。
聞き覚えのある、愛しい人の歌声が部屋に響いた。
「……え?」
慌てて画面へ振り返る。
そこには、画面いっぱいに映し出された烈の姿があった。
「……烈。」
数十秒のCM。
画面の中で、烈がこちらを見つめている。
もちろん、画面越しだ。
けれど今の玲にとって、恋人に会えるのは、ほとんどこの画面の中だけだった。
玲は思わずテレビへ手を伸ばす。
「……近いのに……遠いなぁ。」
小さく呟いた途端、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
思い出すのは、一年前。
卒業式の日に烈が告げた言葉。
――『もっといい男になって……絶対、お前を惚れさせてみせるから。』
あの時の宣言通り、烈はビッグになって帰ってきた。
世界を舞台に活躍し、日本でも瞬く間にスターになった。
嬉しくて、誇らしい……だけど――。
「烈ってば……かっこよくなり過ぎだよ。」
玲は苦笑する。
「……私のライバル、何人いるの?」
冗談めかして呟いた、その時だった。
テーブルの上に置いていたスマホが点滅する。
画面に表示された名前。
『鬼塚烈』
「……!」
玲は慌ててスマホを手に取った。
「もしもし?」
『よっ! 変わりないか? 今は家?』
聞き慣れた声。
それだけで、胸が少しだけ軽くなる。
「うん。さっき帰り着いたとこ。烈は?」
『今は、ドラマの撮影の空き時間。』
「相変わらず忙しそうだね。」
『まぁな。』
「CM見たよ。」
玲は、さっきまで映っていたテレビへ視線を向ける。
「……かっこよかった。」
電話の向こうで、烈が笑った気配がした。
『ははっ。お前に褒められるのが一番嬉しいわ。』
「……烈。」
もっと話したい。
ほんの少しでいい。
声だけじゃなくて、顔が見たい。
直接、会いたい。
けれど――。
『あ、呼ばれた。……俺、行くわ。』
「うん……頑張ってね。」
『おう……。』
ガチャ――。
通話が切れた。
時計を見る。
一分にも満たない会話だった。
毎日ほんの少しだけ。
烈は忙しい合間を縫って、必ず連絡をくれる。
それが嬉しい……はずなのに――。
「……寂しい。」
誰もいない部屋に、自分の声だけが響く。
玲はスマホを胸元へ抱きしめた。
「誰にも言えない恋って……こんなに苦しいんだ。」
ぽろり、と涙が零れた。
「寂しい……会いたいよ……。」
その声は、もう電話の切れたスマホへ向けた独り言だった。
――けれど。
数秒後、スマホが再び鳴った。
「……え?」
画面には、もう一度『鬼塚烈』の名前。
慌てて通話ボタンを押す。
「烈?」
『……泣いてる?』
「えっ……。」
『声、変だった。』
「……なんでもないよ。」
『嘘つけ。』
少しだけ沈黙が落ちる。
そして――。
「……寂しい。」
『……待ってろ。』
「え?」
『今から行く。』
「ちょ、烈!? 今、撮影中なんじゃ――」
そこで通話は切れた。
「……もう。」
玲は困ったように笑う。
でも、胸の奥では、どうしようもなく嬉しかった。
◇
その夜。
一台の車が、玲の住むマンションの近くに停まった。
帽子を深く被り、マスクで顔を隠した烈が車から降りる。
周囲を軽く見回してから、マンションのエントランスへ向かった。
「……玲。」
スマホを確認しながら、烈が小さく呟く。
ほどなくして、エントランスの自動ドアが開いた。
中から、一人の青年が出てくる。
烈を見つけると、青年は嬉しそうに手を上げた。
「烈!」
「よっ。」
烈も笑って手を上げる。
ほんの一瞬。
二人が向かい合った、その時だった。
――パシャッ。
夜の静寂を、カメラのシャッター音が切り裂いた。
◇
数日後――。
『スターの通い愛!?』
大きな見出しが、週刊誌の紙面を飾った。
掲載されていたのは、マンションのエントランス前で、烈と一人の青年が向かい合っている写真。
青年の顔は、はっきりとは写っていない。
記事には、その人物が誰なのかについて、さまざまな憶測が並べられていた。
『鬼塚烈、深夜に謎の青年と密会!?』
『相手は一体、何者なのか?』
『スターの通い愛、その真相は――』
「……。」
烈は事務所の会議室で、黙って記事を見つめていた。
向かいでは、マネージャーをはじめとしたスタッフたちが頭を抱えている。
「烈くん……。」
「……悪かった。」
「そんな軽はずみな行動をして……今が大事な時期なのは分かっているだろう?」
「……ああ。」
「CMにドラマ……全部飛べば、何十億の損害が出るんだぞ!?」
「分かってる。」
烈は拳を握り締める。
「幸い男同士だ……。友人で貫き通せ。」
「…………。」
その言葉に、烈は何も返せなかった。
今の自分の環境では、それが最善なのだろう。
自分の存在は、自分だけのものではない。
自分の行動が、多くの人の仕事に影響を与える。
分かっている。
「……でも。」
烈は小さく呟いた。
玲のことだけは、嘘にしたくなかった。
恋人を「ただの友人」だなんて。
それだけは、どうしても胸の奥に引っかかった。
◇
一方、玲もまた、自分の部屋で週刊誌の記事を見つめていた。
「……。」
自分のせいだ。
自分が寂しいって泣いてしまったから。
烈は、忙しい中を無理して会いに来てくれた。
その結果が――これだ。
「どうしたらいいんだろう……。」
あくまで、高校からの先輩後輩で友人関係だと言えばいい。
きっと、今の烈の環境を考えれば、それが最善だ。
「……でも。」
玲はスマホを握り締める。
自分の気持ちを誤魔化すことに、どうしてもモヤモヤしていた。
◇
それから数日。
連日、マスコミは烈を追いかけた。
「鬼塚さん! お相手はどなたですか!?」
「交際しているんですか!?」
「ただの友人ということで間違いありませんか!?」
烈は、そのすべてにノーコメントを貫いた。
一方で、玲のマンションにも、どこから聞きつけたのかマスコミが張り込むようになった。
外へ出るたびに向けられるカメラ。
飛び交う質問。
二人が沈黙を続けるほど、世論はさらに熱を帯びていく。
「なんで何も言わないの?」
「何も言えないってことは……単なる友達じゃないよね?」
そして――、その夜。
烈から玲へ、電話がかかってきた。
「……烈。」
『玲。』
互いに、しばらく何も言えなかった。
やがて烈が、低い声で口を開く。
『もう……友人関係じゃ押し切れねぇな。』
「……うん。」
『俺は、お前とのことを隠したくない。』
玲の胸が熱くなる。
『でも、俺のせいでお前まで巻き込むのは嫌だ。』
「烈。」
『今の俺には、いろんな人が関わってる。事務所も、スタッフも、スポンサーも……。』
一度、言葉を切る。
『だから……俺一人の気持ちだけで決めちゃいけないんだと思う。』
玲は静かに目を閉じた。
烈の苦しさが、痛いほど伝わってくる。
「……私も同じだよ。」
『え?』
「私だって、烈のことを隠したくない。」
玲は、まっすぐに言った。
「烈が大切にしてきたものを壊したいわけじゃない。でも……恋人なのに、友達だって嘘をつくのも嫌なんだ。」
『玲……。』
「だから――。」
玲は決意を込めて告げる。
「烈、記者会見をしよう。」
電話の向こうが静まり返る。
『……記者会見?』
「うん。」
玲は、もう迷わなかった。
「私たちのことを、私たちの言葉で説明する。」
◇
電話を切った玲は、すぐに別の番号へ電話をかけた。
普段、自分から連絡することなどほとんどない相手。
数回の呼び出し音の後、電話が繋がった。
『どうした、玲。』
「父さん。」
『お前から電話とは珍しいな。』
玲は、一度だけ深呼吸する。
「一生の頼み事があるんだけど……聞いてくれる?」
◇
数日後。
記者会見場には、百を超えるカメラが並んでいた。
会場の中央。
そこに並んで座っているのは――。
今、テレビで見ない日はないスター――鬼塚烈。
そしてもう一人。
如月グループの次期総帥として、経済界では知らない者はいない御曹司――如月玲。
二人が並んだだけで、会場には異様な熱気が生まれていた。
フラッシュが一斉に焚かれる。
「まず、今回の週刊誌に掲載された写真の人物は、私で間違いありません。」
烈が、真っ直ぐ前を向いて答える。
「そして、隣にいるのは――如月玲です。」
玲も静かに頷く。
すぐさま、記者から質問が飛ぶ。
「二人は友人関係なんですか?」
烈は、迷うことなく答えた。
「いいえ。」
会場がざわめく。
「それっていうのは、つまり……。」
その時、横に座っていた玲が立ち上がった。
「それを説明する前に、こちらをご覧ください。」
会場が暗くなる。
二人の背後に設置された大型モニターへ、文字が映し出された。
『如月グループ、鬼塚烈と共同プロジェクト発足』
会場が再びどよめいた。
玲は、落ち着いた声で続ける。
「鬼塚先輩とは、高校の先輩後輩のよしみで大変親しくさせて頂いています。その関係で今回、如月グループが展開する海外エンターテインメント事業において、共同プロジェクトが実現しました。」
そして、烈を見る。
烈も、まっすぐ玲を見返す。
「つまり、私と鬼塚烈は――公式なパートナー関係ということです。」
一瞬、会場が静まり返った。
次の瞬間。
無数のフラッシュが二人を包み込んだ。
「パートナーというのはどういうことですか!?」
「如月グループが、鬼塚さんを支援するということですか!?」
質問が一斉に飛び交う。
けれど、玲は動じなかった。
その隣で、烈がニヤリと笑う。
――これでいい。
二人の関係を隠すのではない。
けれど、恋愛だけを切り取らせることもしない。
如月グループと鬼塚烈。
その両者が正式な共同プロジェクトを立ち上げることで、二人が親しく付き合っていることに、明確な理由を与えたのだ。
そして何より――。
「パートナー」という言葉には、二人だけが知っているもう一つの意味がある。
恋愛スキャンダルにされかけた二人の関係を、堂々と「公式なパートナーシップ」へと変えたのだった。
二人はテレビカメラの前で、固く握手を交わした。
◇
記者会見の後。
控室で、烈は玲を見つめていた。
「……お前、やっぱすげぇな。」
「そう?」
「ああ。」
烈は笑う。
「俺だったら、こんな方法思いつかねぇ。」
「私だって、一人だったらこんなことできなかったよ。」
玲は苦笑する。
今回の件で、父親には大きな借りができた。
如月グループにとっても、世界で活躍する鬼塚烈の市場価値は大きい。
経営者としての判断。
そして――普段ほとんど頼み事をしない息子の、切実な願い。
父親が協力してくれた理由は、その両方だった。
「まぁ、私の頼み事を聞くことで、会社にとってもメリットがあるって判断したんだろうけど……。」
玲は少しだけ苦笑する。
「それでも、父さんには素直に感謝しないとね。」
「だな。」
烈は玲の隣に並ぶ。
「でも……。」
「ん?」
「これで、もう隠れなくていいんだよな?」
玲は笑った。
「うん。」
◇
それから数週間。
名実ともに「パートナー」と認められた玲と烈。
玲は――視察という名目で、今日も烈の現場を堂々と見学していた。
「本番、五分前!」
スタッフの声が飛び交う。
ステージ上でリハーサルを終えた烈が、一目散に玲のところへ駆け寄ってくる。
「俺の歌、どうだった?」
「うん、かっこよかったよ!」
その言葉を聞いた烈は、嬉しそうに笑った。
「へへっ。」
「……烈、ほんと分かりやすいよね。」
「お前に褒められたら、そりゃ嬉しいだろ。」
楽屋へ戻ると、そこには烈のマネージャーもいた。
マネージャーは、二人を見ながらしみじみと呟く。
「玲さんが現場に来るようになってから、烈くんの雰囲気が良くなったんですよ。」
「そうなんですか?」
「うん。落ち着いたっていうか……。」
マネージャーは烈を見る。
「こんなに烈くんが素直になるとは思わなかったなぁ。」
「うるせぇな。」
烈が照れくさそうに顔を背ける。
それを見て、マネージャーがふっと笑った。
「……こんなに烈くんが素直になるなら、いっそのこと二人で住んじゃう?」
「え?」
玲の肩がぴくりと震える。
烈も顔を上げた。
「それって、本当ですかっ!?」
玲が身を乗り出す。
「言質取ったぜ、マネージャー!」
ニヤリと笑う烈。
「ちょ、ちょっと待って!?」
マネージャーは、今さらながら自分がとんでもない失言をしたことに気づいた。
「僕は『いっそのこと』って言っただけで、本当に許可したわけじゃ――。」
「言ったよな?」
「言いましたよね?」
二人に同時に詰め寄られ、マネージャーは言葉を失う。
「……はい。」
「よっしゃ!」
「やった!」
顔を見合わせ、嬉しそうに笑う玲と烈。
秘密だった恋は、もう秘密ではない。
世界で一番眩しいスターと、その隣に立つ御曹司。
二人の物語は――。
ようやく、誰にも隠れずに進み始めた。
烈End アフターストーリーSS『星の歌声と秘密の関係』
Fin.




