第六話 無自覚で狼を撃沈!?
絢とデートの約束を取り付けた私は、次なる「推し」との遭遇を期待しながら、まだ見ぬ学園の敷地を開拓しようと歩き出していた。
その時――
「へえ。会長、千早とデートなんだ?」
頭上から降ってきたのは、どこか楽しげで、野性味を帯びた低い声。
「ずいぶん楽しそうなこと企んでんじゃん」
反射的に顔を上げる。
廊下の高い窓枠に、長い手足を器用に折り曲げて腰掛けていたのは――
生徒会の遊撃役、鬼塚烈だった。
ローズゴールドにも見える金髪のウルフカット。
隙間から覗くいたずらっぽい八重歯。
大型犬のような人懐っこさと、肉食獣めいた危うさを同時に纏う不思議な魅力の持ち主。
(烈だぁぁっ!!)
本日二度目の推し遭遇に、限界オタクのテンションは天井知らずだった。
そんな私とは対照的に、烈はひらりと軽やかに床へ飛び降りる。
音もなく距離を詰めると、親しげに私の肩へ腕を回してきた。
「千早にあんな可愛い顔してデートの約束取り付けるなんてさ」
にやり、と唇の端を吊り上げる。
「……じゃあ俺には、会長から何してくれるわけ?」
近い――制服越しにも伝わる体温。 甘く危険な空気。 耳元をくすぐる低い声。
「俺のこと、『大人で優しい』って言ってくれたよな?」
からかうように囁かれる。
「だったらさ。本当に『大人で優しい』のか……千早みたいなお出かけじゃなくて、俺とはもっと刺激的なこと、してみる?」
完全に反応を楽しんでいる顔だった。けれど――
(本物だ……!)
私の胸を満たしたのは、別の感動だった。
(鬼塚烈だ……! 本当に鬼塚烈だ……!)
元開発者として、何度も設定資料を見返した理想のキャラクター。
均整の取れた体格。 長い手足。 健康的な褐色の肌。
(イラストレーターさんに「もっと野性味を!」ってお願いした通り……! 立体になると迫力すごい!!)
気づけば私は、きらきらと目を輝せていた。
「すごい……やっぱり格好いいなぁ」
「…………」
「姿勢も綺麗だし、鍛えてるのが分かるし、全体のバランスも理想的だし……」
「おい」
「ちゃんと努力してる人の身体って感じがして、本当に素敵――」
「待て待て待て!」
いつもの余裕たっぷりな笑みが、ぴたりと止まった。
「お前、それ本気で言ってんの? 普通こういう時、もうちょい照れたりしねぇ?」
「え?」
烈は言葉に詰まった。
「俺、今お前のことからかってたんだけど」
「あっ、ごめん……」
「いや、謝られても……」
額を押さえ、深々とため息をつく。
「真顔で『努力の積み重ねが見える』とか言われたの初めてだわ……」
その耳は、ほんのり赤く染まっていた。
「でも本当のことだよ?」
「だから、それがだな……」
烈は途中で言葉を飲み込む。
鋭い瞳が、落ち着きなく揺れた。
「お前さ……それ、誰にでもやってんの?」
「?」
「無自覚かよ……」
ガシガシと金髪をかき乱す。
「俺、人を振り回すのは得意なんだけど……振り回されるのは苦手なんだよ」
八重歯を覗かせて笑っていた余裕は消え失せた。
「会長って、もっと冷たくて近寄りがたい奴だと思ってた」
烈は大きく息を吐いた。
「そんな顔で真っ直ぐ褒めてくるし、距離感おかしいし……自覚ないのが、なおさらタチ悪ぃ」
ぼそりと呟いた声は、困ったようでもあった。
浅黒い肌の上からでも分かるほど、頬から首筋まで赤く染まっている。
さっきまで余裕たっぷりに笑っていた姿は、もうどこにもない。
「……お前、次までにその無防備な癖、少しは直しとけよ! ……じゃねぇと、俺の方が困る」
狼のような鋭い瞳の奥に、照れ隠しを滲ませながら。
「じゃあな、会長」
ひらりと手を振ると、自分の動揺を隠すように足早に廊下の向こうへ去っていった。
やっぱり鬼塚烈は最高だった。
ワイルドで余裕たっぷりで、人を翻弄するのが上手なのに……いざ自分のペースを乱されると、途端に不器用になる。
(このギャップ、本当にずるいなぁ……!)
去り際の照れた顔を思いしながら、私は胸の内で大きく頷く。
推しの魅力を堪能できた喜びに頬を緩めながら、私は再び次なる出会いを求めて、軽やかな足取りで歩き出すのだった。
――その頃。
「……マジで何なんだよ、あいつ」
人気のない渡り廊下。
烈は片手で顔を覆い、大きく息を吐いた。
「からかって遊ぶつもりだったのに……」
脳裏に浮かぶのは、真っ直ぐなアメジストの瞳。
『努力してるのが分かるし、本当に素敵』
照れもなく、打算もなく。
ただ当たり前みたいに言ってのけた声。
「千早だけじゃなくて……俺まで調子狂わせる気かよ」
じわり、と耳が熱くなる。
ぽつりと漏れた本音は、誰にも届かない。
こうしてまた一つ。
限界オタク生徒会長の無自覚な一言によってまた一人、攻略対象の恋愛ルートは確実に、本来のシナリオから逸れていくのだった。




