第五話 女子会ノリでデート申請!?
放課後の廊下は、部活動へ向かう生徒たちの声で賑わっていた。
窓から差し込む夕陽が、長い影を床に伸ばしている。
ふと足を止めた私は、思わず息を呑んだ。
ローズレッドの長い髪が、夕焼け色の光を受けてさらりと揺れる。
前髪を揃えた姫カット。
吸い込まれそうなキャットアイ。
誰もが振り返る、学園の至宝――千早絢。
(あっ……絢様!!)
現実で見る推しの破壊力に、限界オタクの心臓は今日も忙しい。
そして昨日、寝る前に見つけた記事を思い出した。
駅前にできた雑貨屋さん。
期間限定のスイーツショップ。
可愛い小物に、美味しいお菓子。
(これ、絶対絢様が好きなやつだ!)
前世の女子会テンションが一気に蘇る。
推しと可愛いお店巡り。
想像しただけで幸せすぎる。
気づけば私は、人混みを縫って駆け出していた。
「絢!」
「……玲?」
振り返った絢が、おっとりと微笑む。
「どうしましたか?」
柔らかな声。優しい笑み。
まるでお姫様のような穏やかな佇まい。
その姿を見た瞬間、私は深く考えるより先に口を開いていた。
「ねぇ、ちょっといい?」
「はい?」
「すごく可愛い雑貨屋さんと、お菓子が美味しいお店を見つけたんだ!」
そして、満面の笑みで。
「一緒に行こう?」
一瞬置いて。
「デートしよう!」
「…………え?」
ぱちり、と絢の目が見開かれる。
周囲の空気が止まった。
「えっ?」
「今、会長……千早先輩にデートって……?」
ざわめく生徒たち。
そこでようやく、私は自分が何を言ったのか理解した。
(しまったぁ!!)
如月玲の顔面、声、そして至近距離で『デートしよう!』。
……破壊力が高すぎる。
恐る恐る絢を見る。
いつものおっとりした笑みは、綺麗に消えていた。
「……玲。」
「は、はい!」
絢は小さく息を吐く。
そのキャットアイが、ゆっくりと細められた。
「あなた、本当に……」
一歩。
「自分がどんな顔で、そんなことを言っているのか分かってるんですか?」
一歩。
静かな足音。なのに、なぜか逃げられない。
「え、えっと……」
「いいですよ?」
「え?」
「デート。」
ふわりと微笑む。
けれど、その目にはどこか余裕があった。
「可愛い雑貨も、お菓子も。あなたと一緒なら楽しそうですし。」
「やった!」
思わず声を上げかけた、その時だった。
「……でも。」
「ひゃっ」
白く細い指先が、ネクタイに触れる。
距離が近い。近すぎる。
「僕を誘ったんですから――」
耳元で囁くような、おっとりした声。
なのに。
「途中で恥ずかしくなっても、逃げたら許しませんからね?」
ふわり、と笑う。
その笑顔は、お姫様のものではなかった。
余裕があって。少し意地悪で。
そして――誰より格好いい。
(ひぇぇぇぇ!?)
どくん、と心臓が跳ねた。
完璧なお姫様だと思っていた推しは。
どうやら、王子様の顔も持っていたらしい。
「ふふっ。今さら『やっぱりなし』なんて言いませんよね?」
「い、言わない!」
「よかった。」
絢はまた、いつもの柔らかな笑みに戻る。
「楽しみにしていますね、玲。」
(……今の絢様、めちゃくちゃ格好よくなかった?)
胸がどきどきする。
怖くはない。むしろ――
(まぁ、結果オーライかな? 絢様と可愛いお店巡りなんて、実質ご褒美だもんね!)
限界オタクは、今日も平和だった。
その後。
誰もいない廊下で、絢はそっと壁にもたれかかった。
「……はぁ。」
赤くなった耳を指先で押さえる。
胸の鼓動が、まだ少し速い。
「そんな顔で『デートしよう』なんて……本当に、ずるい人ですね。」
小さく息を吐く。
そして、ふっと笑った。
夕焼け色に染まる窓ガラスに、自分の顔が映る。
少しだけ嬉しそうに緩んだ口元。赤く染まった耳。
それを誤魔化すように、絢は小さく呟いた。
「……逃がしませんから。」
その声は、誰にも届かない。
こうしてまた一つ。
限界オタク生徒会長の何気ない一言によって。
攻略対象の恋愛ルートは、静かに――本来のシナリオから逸れ始めていた。




