第四話 熱血ヒーローにプロポーズ!?
翌日の四限目。
五月晴れの空の下、グラウンドは尋常ではない熱気に包まれていた。
今日の体育は私の所属する特進クラスと、体育委員長・神城豪がいる体育進学クラスとの合同授業。
種目は――男子サッカー。
「ナイスパス!」
味方から転がってきたボールを足元で受けた瞬間。
(……あれ?)
脳が考えるより先に、身体が動いた。
吸い付くようなトラップ。
自然と前へ出る足。
視界が驚くほど広い。
相手の重心移動まで手に取るように分かる。
(えっ、ちょっ……!? 如月玲の身体、身体能力までバグレベルにカンストしてない!?)
気づけば私は敵陣を縫うように駆け抜けていた。
一人。二人。鮮やかなドリブルで相手をかわし、そのままペナルティエリア手前へ。
(え、待って待って! 私、今なにやって――)
振り抜かれた右足。次の瞬間。
ボールは美しい弧を描きながらゴールネットへ突き刺さった。
――ズバァン!!
「おおおおっ!?」
「如月!? マジかよ!!」
「今の入れるのか!?」
グラウンド中がどよめく。
当の本人だけが、ぽかんとしていた。
(え……? 私、今ドライブシュート打った? しかも無意識で? 怖っ!!)
周囲の歓声を浴びながら、一番引いているのは他でもない私だった。
タイミングよく給水の指示が入り、私は逃げるようにベンチへ向かう。
「はぁ……」
冷たいスポーツドリンクを口に含む。
(玲、万能すぎない? 秀才で、生徒会長で、美形で、運動神経までトップクラスって何? 神様、盛りすぎでは?)
ぱたぱたと顔を仰いでいると、背後からドスドスと力強い足音が近づいてきた。
「おい、如月!」
振り返ると、そこには大きな身体を揺らしながら駆け寄ってくる豪の姿があった。
「お前、運動までそんなにキレッキレだったんだな! マジでビビったわ!」
ハーフパンツから伸びる健康的な脚。
汗を吸った体操服が身体のラインを薄く浮かび上がらせている。
首に掛けたタオルで短髪をガシガシ拭く姿は、まさに爽やかスポーツ男子そのものだった。
(ぎゃああ!! 生・体操服の豪っ!! 解像度えぐい!!)
内なる限界オタクが、五体投地して拝んでいることなど露知らず。豪は屈託なく笑った。
「正直さ、朝のこともあったから……お前、何考えてんのかちょっと警戒してたんだよ」
「でも今のシュート見たら、そんなの吹き飛んだ! お前、マジで熱いな!」
太陽みたいな笑顔だった。
裏表のない、真っ直ぐな瞳。
ゲームの中で、何度も主人公を励ましてきた熱血ヒーロー。
その姿が脳裏によみがえる。
(豪……こういう真っ直ぐなところ、本当に好き……)
胸の奥がじんわり温かくなる。
「ありがとう、豪。でも、豪の動きに比べたら俺なんて全然だよ」
「え?」
「豪、昨日も遅くまでグラウンドで自主練してたでしょ?」
「……へ?」
豪の笑顔が固まった。
「な、なんでそれ……?」
しまった。口が滑った。
豪は誰にも心配をかけたくなくて、放課後一人で練習を続けている。
プロを目指して努力する姿は、ゲームでも個別ルートのかなり後半でようやく明かされる秘密だった。
(あっ、やばい……開発者知識でストーカーみたいなこと言っちゃったーーっ!?)
「あ、いや……!」
私は慌てて両手を振った。
「その、偶然見かけたんだ。昨日、帰る途中に。泥だらけになりながら、何度もシュート練習してたところ」
「……っ」
「何回失敗しても諦めなくて、一本決まったらまた次に挑戦して、すごいなって思ったんだ」
豪は目を見開いたまま、言葉を失っていた。
オレンジゴールドの髪の隙間から覗く耳が、じわじわと赤く染まっていく。
「そ、そんな大したことじゃねぇよ」
「大したことあるよ!」
私は即答した。
「努力って、一番難しい才能だから。豪はそれを当たり前みたいに続けてる……豪のこういうとこが大好きなんだ」
恋愛的な意味じゃない。
推しとして、一人の人間として。
本当に尊敬しているからこそ出た言葉だった。
「お、おおお俺だって! お前のこと、すげぇと思ってるし! 頭良くて、運動もできて、生徒会長もやってて! 誰よりも真っ直ぐで、ちゃんと人のこと見てて……そんなやつ、そうそういねぇだろ!」
豪は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
(か、かわいい……!)
大型犬だ。照れる大型犬がここにいる。
普段は頼もしいのに、褒められると途端にしっぽを隠してしまう。
(ありがとう、シナリオ担当の私……! 豪をこんな最高の男に育ててくれてありがとう……!!)
感極まった私は、前世で何度もテストプレイした豪ルートの台詞を思い出した。
豪の告白イベント『俺、お前のこと、世界一幸せにしたい』を思い出した私は、その時の主人公の言葉をなぞる。
「豪って、本当に底抜けに優しくて、熱くて、最高に素敵だよね」
「……っ」
「豪が彼氏になったら、毎日あんな熱い言葉で愛してもらえるんだよね。きっと、その人は世界一幸せだと思う。その人が本気で羨ましいな……」
私としては、もちろん別の意味だった。
主人公のサクラちゃん。
豪ルートに入った彼女が羨ましい。
そういう意味だった。だが――。
如月玲の整いすぎた顔面。
妖艶なアメジストの瞳。
そして極上イケボ。
それらをフル装備した状態で真正面から、『豪が彼氏な人が羨ましい』と言われた熱血ヒーローの脳は、完全に誤解していた。
「…………は?」
数秒の沈黙。そして――。
「か、かかかか……彼氏ぃぃぃぃぃっ!?」
グラウンド中に響き渡る絶叫。
「えっ!?」
「お、おま、お前、いきなり何言って――!!」
「いや、だから豪みたいな人が彼氏だったら――」
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
豪は頭を抱えた。
「違っ! いや違わねぇのか!? いや違うだろ!? 何考えてんだ俺っ!!」
「豪!?」
「こっち見るなぁ!!」
勢いよく後ずさった瞬間。
ズザザザザァァァァァッ!! と盛大な砂煙が舞い上がった。
「ご、ご豪ーーっ!?」
「来るなぁっ!! それ以上近づくな! 頼むから!!」
「えぇっ!? なんで!? 意味分かんないよ!?」
「俺だって分かんねぇんだよぉっ!!」
そう叫ぶと、豪は全力疾走でグラウンドの端へと駆け去っていった。
「待って豪ー!?」
「来るなぁぁぁっ!!」
砂煙を巻き上げながら逃走する背中を見送り、私はぽつりと呟いた。
「……え? 何、今の……?」
しばらく考えて……あっ!と私は手を打った。
「隠れて努力してたことを褒められるの、男の人としては恥ずかしかったのかな? なるほど……豪、意外と繊細なんだなぁ」
うんうんと一人で納得する。
もちろん、その解釈は盛大に間違っていた。
グラウンドの端では、顔を真っ赤にした豪が頭を抱えてしゃがみ込んでいる。
「……なんなんだよ、あいつ……彼氏って……そんなの、意識するに決まってんだろ……!」
その小さな呟きが、玲の耳に届くことはなかった。
一方、玲は――。
(豪の新しい一面を知れたし、今日は収穫大きかったなぁ。やっぱり推しは最高だぁ……!)
限界オタクの脳は今日も平和だった。




