第三話 自作ゲームで推しを無双!?
キーンコーンカーンコーン……。
放課後を告げるチャイムが鳴り響き、私はどっと押し寄せた安堵感に、思わず机に突っ伏した。
「……終わったぁ……」
なんとか初日の授業を乗り切った。
中身は二十五歳の元ゲーム開発者オタクだというのに、如月玲の身体に刻まれた「秀才の記憶」のおかげで、授業で指されても完璧に答えることができた。
玲のスペック、マジで有能すぎる……。
ふぅ、と息を吐きながら書類を片付け、生徒会室へ向かう。
夕暮れの廊下は茜色に染まり、窓の向こうでは部活動に励む生徒たちの声が遠く聞こえていた。
生徒会室の扉を開ける。
すると――
「あ、玲。遅い。待ちくたびれちゃった」
ソファーに座っていた少年が、こちらを見上げた。
萌え袖の白いカーディガンから、ちょこんとスマホを握った手が覗いている。
ミルクティーベージュの髪は夕日に透け、長い睫毛の影が白い頬に落ちていた。
白砂律――私の最推し。
(ひゃんっ!! 放課後の生徒会室で推しと二人きりシチュエーション!? 神様ありがとう!! 前世で徳を積んでおいて本当に良かった!!)
暴れ回る限界オタクを必死に押さえ込みながら、私は玲の極上イケボで微笑んだ。
「ごめんね、律。待たせて悪かった。……どうかした?」
「どうかした? じゃないよ」
律はソファーから立ち上がると、とことことこちらへ歩み寄る。
そして、制服の裾をきゅっと掴んだ。
「朝の約束、忘れたの?」
少しだけ不満げな上目遣い。
(は、破壊力ーー!! 裾掴み上目遣いは反則!! 今すぐここにスチルをください!!)
「ゲームの勝負、するんでしょ?」
律は小さく首を傾げた。
「俺が勝ったら、玲が毎日俺の面倒を見る。玲が勝ったら、何でもお願い聞いてあげるってやつ」
「あ……! もちろん覚えてるよ。何で勝負する?」
すると、律は満足そうに口元を緩めた。
「今、世界中で大人気の対戦格闘スマホゲー『アルティメット・バスターズ』」
スマホ画面を差し出す。
「俺、これのオンラインランク国内トップテンなんだよね。玲、やったことある?」
(やったことある? どころの騒ぎじゃないよ律くん!!)
それは、私が前世で開発に携わったタイトルだった。
仕様書を書き。キャラクター性能を調整し。攻撃フレームをコンマ一秒単位で詰め。夜通しデバッグした。
いわば――私の我が子。
(まさか異世界転生して、自分のゲームで推しと対戦する日が来るなんて……!!)
開発者魂が静かに燃え上がる。
「うん、少しだけ」
「じゃあ決まり。ルームマッチで三本勝負ね」
「いいよ」
律はにやりと笑った。
「手加減はしてあげないから」
「望むところだよ」
隣同士でソファーに腰掛ける。
ふわり。
甘いお菓子のような香りが鼻先をくすぐった。
(近い近い近い!! 推しの匂いを浴びながらゲームとか心臓が保たない!!)
だが、今は勝負だ。
開発者のプライドにかけて、負けるわけにはいかない。
「レディー……ファイ!」
電子音と共に、画面の中でキャラクターが激突した。
律は強かった。入力に無駄がない。コンボ精度は完璧。
こちらの隙を見逃さず、最適解を叩き込んでくる。
まさに天才。だが――
(ふふん、律……君が使っているその強キャラ。一見隙がないように見えて、ダッシュ攻撃の直後に『二フレーム』だけガード不能の穴がある。なぜなら――私がそう設定したからね!!)
「――そこっ!」
「え……っ!?」
紙一重で攻撃を捌く。二フレーム。ほんの一瞬。
その隙を逃さず、最大火力のコンボを叩き込んだ。
画面の中で、律の体力ゲージが一気に吹き飛ぶ。
「……嘘」
律の目が見開かれた。
「今の……合わせられるの……?」
二本目。
律は速度をさらに上げた。変則的なフェイント。読み合いの崩し。トップランカーらしい対応力。けれど――。
(そのハメ技の対策コードを夜通しデバッグしたのも私なんだよね……!)
「はい、そこも対策済み!」
「あ、待って、それ繋が――」
『K.O.!』
勝負あり。
三本勝負。二対〇。
私のストレート勝ちだった。
「……負けた……」
律はスマホを握りしめたまま、ぽつりと呟いた。
「俺、オンライン以外で負けたの、初めて……」
完全に呆然としていた。
いつも余裕ぶっている天才が悔しそうに、信じられないものを見るような目で私を見つめてくる。
(あ、やばい……大人げなくガチで勝ちすぎちゃった!! 推しを泣かせちゃったらどうしよう。嫌われたかな……!?)
焦った私は、慌てて律の細い肩に手を置いた。
「ごめん、律! ちょっと本気になりすぎちゃった」
「……」
「でも、律のコンボの組み立て方、本当に天才的でプロレベルだったよ!! こちらの癖を読むのも上手かったし、判断も早かった。こんなにワクワクした対戦、初めてだ! 律とゲームできて、すっごく楽しかった!」
嫌われたくない一心で、本心のベタ褒めを早口で捲し立てる。
すると、律の白い頬が夕日のせいだけではない、鮮やかな赤に染まっていった。
「な、なにそれ……」
萌え袖で顔を半分隠す。
「負かしておいて、そんな風に言うの……ずるい……」
その隙間から見える耳の先まで真っ赤だった。
しばらく俯いていた律は、おずおずと顔を上げる。
その瞳は、見たこともないほど潤んでいた。
「……玲のお願い、何でも聞くって言ったよね……何がいいの?」
いざ『何でもお願いを聞いてくれる権』を渡されると、限界オタクとしては逆に困る。
(え、どうしよう……)
好きな台詞を囁いてください?
ツーショット写真を撮ってください?
いやいやいやいや!!
推しに欲望をぶつけるとか解釈違いにも程がある!!
「えっと、じゃあ……これからも、こうして放課後に俺と一緒にゲームして、たくさんお喋りしてくれる?」
「……え?」
律はぱちりと目を瞬かせた。
「……それだけ? もっと無茶なお願いされると思った」
私は思わず笑ってしまった。
「推しと放課後にゲームできるなんて、最高のご褒美――」
「推し?」
「……なんでもないです」
危なかった。危うく限界オタク用語が飛び出すところだった。
律はそんな私をじっと見つめた後、頬がみるみる赤くなっていく。
「そんなの……」
「ん?」
「お願いじゃなくても毎日するよ! だって……」
律は立ち上がると数秒だけ迷うように視線を揺らしたが、意を決したように私の制服の胸元をぎゅっと掴んだ。
「り、律?」
距離が近い。柔らかな髪が顎に触れて、思考が止まりそうになる。
「玲のせいで、初めて悔しいって思った。初めて、もっと勝ちたいって思った。初めて……もっと一緒にいたいって思った。」
熱っぽい瞳が、真っ直ぐ私を見上げる。
「だから――。玲が俺をこんな気持ちにさせたんだから。」
制服を掴む指先に力がこもる。
「これから毎日、俺の相手して? ……いいでしょ?」
いつも気だるげで世界に興味なんてなさそうだった少年が、子どものように必死な顔で私に縋りついてくる。
(ひぇぇぇーー!! 律くんの独占欲フラグがバグレベルの速度で爆立ちしてる!? これ、本当に乙女ゲームだよね!? なんか別のジャンルの扉が開いてない!?)
夕暮れの生徒会室。
推しの可愛さとあまりの執着の重さに、私はただただ息を呑むことしかできなかった――。




