第ニ話 初登校で即キャラ崩壊!?
「……玲? ……どうしたの?」
その一言に、心臓が跳ねた。
(しゃ、喋ったぁぁーーっ!!)
心の中で盛大な叫び声を上げる。
画面越しに何百時間も見続けた本物の白砂律が、私に向かって話しかけている。
(落ち着け! 私は今、冷徹生徒会長の如月玲なんだから……!)
いつもの玲なら、律がソファでだらけている姿を見れば真っ先に咎める場面。
よし、まずは原作通り――!
意を決して一歩踏み出し、律に向き直る。
「律!」
「……なに?」
とろんとした、琥珀色の瞳が自分を映した。
(うぅっ……このやる気なげな眠そうな瞳。はぁ……かわいい。無理、こんな可愛い推しに冷たくするとか絶対無理っ!!)
玲の中のオタク魂が全力で拒否をした。
頭の中で『律、ちゃんとしろ! だらしないぞ!』という原作の台詞が浮かんでは消える。
(そんなこと……絶対言えない!!)
その結果、口から飛び出した言葉は――。
「律……。今日も、ちゃんと生徒会に来てて偉いねっ!」
「…………。」
生徒会室が静まり返った。
(しまったぁーーー!! 親じゃないんだから!!)
律の顔も完全に固まっている。
数秒の沈黙のあと、律は小さく首をかしげた。
「……玲って、そんなこと言う人だっけ。」
(終わった。)
冷徹生徒会長、登校初日わずか数十秒でキャラ崩壊である。
焦った私は、会話を立て直そうととんでもない方向へ舵を切った。
「あ、そうだ! 律ってゲーム得意だよね? 私、一回勝負してみたかったんだ!」
普通の玲なら絶対にしない会話。
律はじっと私を見つめたあと、ゆっくりとスマホの画面を消した。
「……別にいいけど。」
「えっ?」
「ゲーム勝負。やる?」
思わず目を見開く。
(えぇーーっ!? 推しからゲームのお誘い!? これイベントだよね!?)
「……せっかくだし、負けた方が勝った方のお願いを一つ聞くっていうルールでどう?」
(お願い!? それゲーム本編にないイベントなんだけど!? 開発者なのに知らないイベントが発生してるんですけど!!)
脳内で警報が鳴り響く。けれど――
「もちろん、いいよ!」
推しからの誘いを断れるわけがない。
「約束ね。」
律が右手を差し出した。
私は迷わず、その手を握る。
「約束!」
思ったより少しひんやりした手。
だけど、驚くほど柔らかい感触だった。
(律と握手しちゃったぁーーっ!!)
心の中では大絶叫。
しかし、表情だけは玲のまま……のつもりだった。
「ふふっ。」
思わず笑みがこぼれる。
その瞬間、律の動きが止まった。
「……。」
じっと見つめられる。
「……どうしたの?」
そう尋ねると、律はゆっくり顔を逸らした。
スマートフォンで口元を隠し、小さく呟く。
「……変なの。」
ぽつりと呟いたその声は呆れているようで、どこか少しだけ嬉しそうだった。
その様子を少し離れた場所から見ていた四人は、誰一人として口を開かなかった。
ただ一つだけ、全員の意見は一致していた。
――今日の如月玲は、おかしい。
◇
律との約束を交わしたあと、私は改めて生徒会室を見渡した。
その視線に気づいたのか、オレンジ色の髪を揺らして少年が声をかけてくる。
「おい、如月!」
神城豪。いつだって主人公を励まし、背中を押してくれる太陽のような存在。
(開発で行き詰まった時に『お前ならできる! けど今は、ちょっと休もうぜ?』って台詞……染みたなぁ。ああ、豪にこの気持ちを少しでも伝えなくちゃ……!)
『玲と豪は犬猿の仲』という自分が作った設定を完全に無視し、推しの握手会さながらのテンションで駆け寄る。
「豪!」
「お、おう?」
「いつも励ましてくれて……本当にありがとう!」
「……!?」
「こんな言葉じゃ足りないんだけど……豪の言葉が支えになってたんだ!」
びっくりして固まっている豪の両手を、がしっと力強く握りしめる。
「え? ちょ、何……!?」
そして、まるでファンミーティングのように、溢れる想いをぶつけた――。
「…………大好きですっ!」
「……!!」
玲の突然の告白に、生徒会室がざわついた。
(しまった……推しとしての『好き』なのに、言葉選びを間違えた!!)
豪は湯気が見えそうなほど顔を真っ赤にし、耳まで染めて身体をわなわなと震わせた。
◇
「へぇ。」
そんな様子を面白がるように、すぐ後ろから声が降ってきた。
「堅物会長が、随分可愛いこと言うじゃん。どういう風の吹き回しだよ?」
金髪ウルフカットに細められた金色の瞳――鬼塚烈。
「烈。」
「……今度は俺?」
「うん。烈って、すごく優しいよね。」
「……は?」
一瞬、空気が止まる。
「いつもふざけてるように見えるけど、本当は一番周りを見てる。自分が嫌われ役になってでも、誰かを守ろうとしてる……本当は繊細でいい男だよ。」
烈のからかうような笑みが消えた。
金色の瞳が揺れる。
「……何で、そんなこと知ってる? 俺、そんなとこ……誰にも見せたことねぇけど。」
しまった……。
開発者だから知っています――なんて言えるわけがない。
「……そう思っただけ。」
そう答えると、烈はしばらく私を見つめたあと舌打ちをした。
「……チッ。調子狂うな……。」
不機嫌そうに顔を歪めると、誤魔化すように視線を逸らして向こうへ行ってしまった。
◇
「玲。」
おっとりとした優しい声音とともに近づいてきたのは、ローズレッドの髪を持つ美貌の少年――千早絢。
「絢って、本当に綺麗だね。」
「……ありがとうございます。」
いつもの定型文の返答。
「でも、絢の一番すごいところはそこじゃなくて、中身までちゃんと見てほしいって頑張ってるところだから……。」
「え?」
「一番の良さが外見に隠れてしまっているのが、少し残念。」
絢の完璧だった笑顔がぴたりと止まった。
外見のせいで内面を見てもらえない葛藤は、絢が誰にも見せずに抱えていたものだった。
「……どうして……あなたは……。」
揺れる瞳で言葉を飲み込むと、絢は動揺を隠すようにくるっと背を向けた。
「……やっぱり、今日の玲は変ですね。」
◇
そして――
最後に向き合うのは、銀縁眼鏡の奥からすべてを見透かすようなライトブルーの瞳を持つ黒崎冴。
(出たな、ラスボス! この人は一筋縄じゃいかない! 選択肢を間違えると好感度がだだ下がる、プレイヤー泣かせ。でも、その試練をくぐり抜けた先にあるご褒美スチルがたまらないんだから!!)
私は少し背筋を伸ばす。
「冴先輩。」
「……。」
「ありがとうございます。」
冴が目を細める。
「何がだ?」
「私を生徒会長に選んでくれたこと。そして、みんなに会わせてくれたこと――。」
「……。」
「その恩に応えられるように……全力で頑張ります!」
そう――これは私の新たな人生への決意表明。
冴はゆっくりと立ち上がり、私へと近づいた。
そして、指先で私の顎をすっと持ち上げる。
「っ……!?」
「……面白いな。」
吐息がかかるほどの距離で、冴は楽しそうに目を細めた。
「いいだろう。その全力、特等席で見届けてやる。……私を退屈させるなよ?」
ぞくりと身体が震える。
(怖い……。でも、かっこいい!!)
◇
ひと通り会話を終え、私は周りを見渡した。
律はスマホで口元を隠したままこちらを伺い、
豪はまだ耳まで真っ赤にして狼狽え、
烈は遠くで居心地悪そうにこちらを睨み、
絢は考え込むようにそっぽを向き、
冴先輩は楽しそうに口元を上げている。
(あれ……私、本当は冷徹生徒会長だったはずだよね?)
初登校から数十分。
如月玲として築き上げられた威厳は、見事に粉砕されていた。
でも、不思議と後悔はない。
ずっと彼らに伝えたかった想いを伝えることができた。
それだけで十分だった。
この時の私はまだ知らない。
この小さなキャラ崩壊が、この世界や攻略対象たちのシナリオを大きく狂わせる『バグ』となることを――。
生徒会室の端で、ソファに身を沈めた白砂律はぽつりと呟いた。
「やっぱり……変なの。」
しかし、その口元は微かに緩み、手に握られたスマホのカレンダーには、しっかりと『玲とゲーム勝負』の予定が書き込まれていたのだった。
▶恋エグメモ
【白砂律】24/100
いつもと違う玲に強い興味を抱く。
【黒崎冴】23/100
従順に懐いてくる玲を「退屈しない玩具」として見ている。
【神城豪】21/100
真っ直ぐな言葉に大混乱。
【千早絢】18/100
外見ではなく本質を見抜かれ、静かに動揺する。
【鬼塚烈】16/100
誰にも触れられなかった部分を見透かされ警戒中。




