第ニ話 初登校で即キャラ崩壊!?
バンッ!!
勢いのまま、生徒会室の重厚な扉を開け放った。
「失礼します!」
――その瞬間。
室内にいた全員が、一斉にこちらを振り向いた。
息が止まる。
ゲームの中で何百時間も見つめた推したちが。
画面越しに何度も声を聞いた彼らが。
今、目の前で息をしている。
感動で胸がいっぱいになる。
(わぁ、本物だっ!! やばいっ!! 感動の過剰摂取で死ぬ!!)
高鳴る鼓動を押さえながら、私は自然とある人物へ視線を向けた。
(まずは最推し……!!)
会計二年・白砂律。
ミルクティーベージュの柔らかな癖毛。
大きめの白いカーディガン。
ソファにだらりと寝転びながら、面倒くさそうにスマホを操作している。
ああ、知ってる。本来なら――
『だらしないぞ、律。生徒会室でゲームはやめろ』
『え~、会長うるさ~い』
そんなやり取りが定番だ。でも――
(無理無理無理!! 推しに冷たくするとか無理!! )
「律!!」
「……なに?」
気だるそうに顔を上げた律に、私は思わず駆け寄った。
「ちゃんと生徒会室に来てる! えらい!」
「は?」
「ねぇ、ゲームしてるんでしょ!? 一度勝負してみたかったんだよね! 勝った方がお願いごと一つ聞いてもらえるってルールで勝負しよう!」
ぴたり。律の指が止まった。
「……玲って、そんなキャラだっけ?」
(あっ、終わった――。)
冷徹生徒会長、登校初日にしてキャラ崩壊である。
(しかも玲の超絶イケボで、中身オタク全開テンション出しちゃった……!!)
しばらく沈黙したあと。
「……じゃあさ。」
律がぽつりと呟いた。
「俺が勝ったら、これから毎日……俺の面倒見て?」
「いいよ!」
「……え?」
「律と話すの楽しいし! 律のこと好きだし!」
「…………」
律は再び固まった。数秒後。
スマホで口元を隠した律の耳が、じわりと赤く染まっていく。
(可愛いっ!! 推しの照れ顔、尊い!!)
「おいおい如月! お前、朝からどうしたんだ!?」
豪快な声が飛んできた。
体育委員長二年・神城豪。
オレンジゴールドの短髪。
きっちり腕まくりされた制服。
誰よりも真っ直ぐで熱い、正統派ヒーロー。
(本物の腕まくり!! 豪だぁ!!)
グラフィック担当さんに「上腕二頭筋の陰影、もう少しお願いします!」ってお願いしたあの筋肉!!
「豪!」
「お、おう?」
「今日もかっこいいね! 腕まくりもありがとう!!!」
「……腕まくりして褒められたの、初めてなんだけど……」
「違う違う、そうじゃなくって! いつも励ましてくれてありがとう! 豪って本当に頼りになるんだよ!」
「っ!?」
気づけば私は、豪の両手をガシッと握っていた。
前世――
開発がうまくいかなくて、何度も心が折れそうになった。
それでも頑張れたのは、画面越しの彼らがいたから。
特に豪は、いつだって主人公を励ましてくれていた。
「豪にはすっごく感謝してる!!」
「お、お前……い、いきなり何を……!」
「?」
豪の顔が一気に赤くなる。
「なんでもない!!」
豪は勢いよく顔を逸らした。
握った両手が熱い。
「へぇ。」
すぐ後ろから声がした。
「堅物会長が、随分可愛いこと言うじゃん。」
振り返るとそこには――
遊撃役三年・鬼塚烈。
金髪ウルフカットに褐色の肌。
覗く八重歯。
生徒会の狂犬と恐れられる野生児。
(ひゃああ!! 近い!! 距離が近い!!)
「烈!」
「おう。」
「烈って実は一番周りを見て、大人で、優しいんだよね。」
「…………。」
「なのに怖がられるの……納得いかないんだけど!」
一瞬で見透かされた本質。
いつもは軽くあしらう烈は、言葉を失った。
「……チッ。そういうの、サラッと言うなよ……調子狂う。」
烈は顔を逸らした。
こちらからは表情を窺い知ることはできない。
生徒会室の空気が――いつの間にか完全に私のペースに巻き込まれている。
「あれ? 玲、本当に大丈夫ですか?」
穏やかな声がした方を振り返る。
ローズレッドの長い髪がさらりと揺れた。
広報二年・千早絢。
整ったキャットアイ。
透き通るような白い肌。
男女問わず視線を奪う、『学園の至宝』と呼ばれる美貌。
(絢様!! いた。本物だ!!)
前世で「もう少し睫毛長くしてください」とデザイナーさんに泣きついた美の結晶が、今、目の前にいる。
「絢!」
「はい?」
「心配してくれてありがとう! みんなに会えて、今が一番元気だよ!」
「……」
「絢って本当に綺麗だよね。でも一番の魅力は見た目じゃない――大切なものを守り抜く芯の強さなんだよね。」
「…………っ!?」
完璧だった微笑みが、ぴしりと固まった。
珍しく言葉に詰まる絢。
私は首を傾げる。
「どうしたの?」
「いえ……その……」
絢は片手で口元を覆った。
「玲に、そんなことを言われる日が来るとは思わなくて。」
「本当のことだよ?」
「……っ」
生徒会室が静まり返る。
視線を逸らし困惑しているイケメンたち。
その中心で――一人だけ、静かにこちらを見つめている人物と目が合った。
前生徒会長三年・黒崎冴。
ブルーブラックのストレートヘア。
銀縁眼鏡。
すべてを見透かすようなライトブルーの瞳。
そして――学園最強の裏ボス。
(冴様……!)
生で見ると威圧感がすごい。怖い――なのに目が離せない。
私は姿勢を正すと、羨望の眼差しで冴を見つめる。
「冴先輩!」
「……なんだ?」
「後継者に選んでくださって、本当にありがとうございます!」
「…………」
「期待に応えられるよう、全力で頑張ります!」
沈黙。そして――。
「……ほう。」
冴先輩が、ゆっくり立ち上がった。
「まさかお前が、そんな顔で懐いてくるとはな。」
「え?」
冷たい指先が、そっと顎に触れる。
「ひゃっ……!?」
くい、と持ち上げられた。
至近距離。ライトブルーの瞳が細められる。
「いいだろう。」
「さ、冴先輩……?」
「その『全力』、特等席で見せてもらおう。」
静かな声音。けれど――。
その奥にある熱だけは、はっきり伝わってきた。
「私を退屈させたら――その時はどうなるか分かっているな?」
「ひぇっ!?」
ぞくっ。背筋を冷たいものが駆け抜けた。
冴先輩の口元は、どこか楽しそうに笑っていた。
ぱっと指先が離れる。
「……っ」
私は思わず胸元を押さえた。
(心臓止まるかと思った!!)
すごく怖い。でも、それより何よりかっこいい!!
さすが冴様! 生きてるだけでラスボス!!
そして――ようやく私は、周囲の異変に気づいた。
律はスマホで顔を隠し。
豪は頭を抱え。
烈はそっぽを向き。
絢は顔を覆って黙り込み。
冴先輩は面白そうに微笑んでいる。
(あれ? 私、この世界では『冷徹で完璧な生徒会長』だったよね?)
初登校、わずか数十分。
如月玲として積み上げられてきた威厳は、見事に粉砕された。
やばい!! でも――。
(まぁ、いっか! )
画面の向こうでしか会えなかった推したちが、目の前で笑って、困って、照れて――
こんなにも感情を動かしてくれている。
その事実だけで胸がいっぱいだった。
攻略? 原作通りのシナリオ? そんなの後回しだ。
これからは画面越しじゃない。
この手で、この言葉で――大好きな推したちを、世界一幸せにしてみせる!
リアル推し活、全力開始!!
――こうして
限界オタク開発者(♀️)が中身に入った冷徹生徒会長・如月玲の、前代未聞の愛され学園生活は幕を開けた。
そして後に、このキャラ崩壊が『恋エグ』攻略対象全員の恋愛ルートを盛大にバグらせていくことを――私はまだ知らなかった。
【恋エグ攻略メモ】
▶白砂律:24/100(もっと観察したい)
▶黒崎冴:24/100(退屈しない玩具)
▶神城豪:21/100(もっと頼ってほしい)
▶千早絢:18/100(真意が気になる)
▶鬼塚烈:18/100(妙に気になる)




