第一話 目覚めたら冷徹生徒会長!?
「……は?」
鏡の中にいたのは、私じゃなかった。
艶やかな黒髪。
宝石のようなアメジスト色の瞳。
すっと通った鼻筋。
誰もが振り返るような完璧な顔立ち。
そこに立っていたのは――
乙女ゲーム『恋する生徒会エグゼクティブ』(通称『恋エグ』)の攻略対象。
冷徹生徒会長・如月玲。
「……え?」
思わず鏡に触れる。
鏡の中の美少年も、同じように手を伸ばした。
「う、嘘でしょ……?」
頬をつねる。
「いひゃっ!」
痛い。
夢じゃない。
昨日まで私は、家賃六万円のワンルームマンションで暮らす、ごく普通の二十五歳の女性、ゲーム開発者だった。
それなのに――。
どういうわけか、自分が開発した乙女ゲームの世界で、一番攻略難易度が高いイケメン――如月玲になっていた。
「普通、転生するなら主人公のサクラじゃないの!?」
思わず叫ぶ。
いや、よりにもよって玲!?
攻略される側!?
難易度高すぎるでしょ!!
混乱した頭を抱えながら、ようやく部屋の中を見渡した。
白い漆喰の高い天井。
豪華なシャンデリア。
重厚な家具。
高級ホテルのスイートルームを思わせる広々とした空間。
鼻をくすぐるリネンの上品な香り。
どう考えても、昨日まで暮らしていた壁の薄いワンルームではない。
思わず息を呑む。
私は『恋エグ』の開発者だ。
シナリオを書き、 イベントCGを作り、 キャラクターボイスに泣いた。
この世界は、私たちが何年もかけて作り上げた最高傑作だった。
そして、如月玲は、その作品の看板キャラクター。
誰にも心を開かない孤高の生徒会長。
攻略難易度は最高クラス。
だからこそ、多くのプレイヤーに愛された人気キャラクターでもある。
「……本当に恋エグの世界なんだ。……ってことは――」
ふと、ある考えが頭をよぎる。
「……推したちに、生で会えるってこと?」
さっきまでの不安が、一瞬で吹き飛んだ。
脳裏に次々と浮かぶ攻略対象たち。
ダウナーでツンデレ、自分の趣味をこれでもかと詰め込んだ白砂律。
男も女も魅了する、美の化身・千早絢。
純粋で真っ直ぐな大型ワンコ系・神城豪。
大人の余裕で翻弄する色気たっぷりの鬼塚烈。
危うさを秘めた裏ボス黒崎冴。
全員、私が愛情と情熱を注ぎ込んで生み出した、大切な"推し"たちだ。
前世の私はどうなったのか。
元の世界へ帰れるのか。
そんな不安がないわけじゃない。
だけど、それ以上に胸を満たしたのは――
「"推し"に会える。」
その一言だった。
画面越しに何百時間も見続けてきた推したちが、この世界では本当に息をして、笑って、怒って、話してくれる。
「……最高じゃん!」
思わず笑みがこぼれた。
「くよくよ考えたって仕方ない!」
私は勢いよくクローゼットを開ける。
制服に袖を通し、ネクタイを締める。
鏡に映るのは、誰もが憧れる冷徹生徒会長。
だけど中身は、推しへの愛だけで突っ走る二十五歳のオタク女子だ。
「よし!」
拳を握る。
「この世界では、誰一人不幸になんてさせない!」
ゲームのシナリオは、全部頭に入っている。
だからこそ――
「推したち全員を、絶対にハッピーエンドへ連れていく!」
勢いよく部屋を飛び出した。
目指す先は、学園最上階の生徒会室。
あの扉の向こうには、私が何百時間も愛し続けてきた推したちがいる。
自然と鼓動が速くなる。
「落ち着け、私……。」
深呼吸をひとつ。
震える手で、生徒会室の重厚な扉に手をかけた。
「失礼しますっ!」
勢いよく扉を開く。
バンッ――!!
その瞬間。
部屋の中にいた全員の視線が、一斉にこちらへ向いた。
「…………。」
息が止まる。
長い会議机。
窓から差し込む午後の日差し。
そして、そこにいる五人の攻略対象たち。
長い赤髪をなびかせ、端正な美貌を誇る千早絢。
オレンジ色の短髪に、腕まくりした制服から鍛えられた腕をのぞかせる神城豪。
金髪のウルフカットをかき上げ、不敵な笑みを浮かべる鬼塚烈。
銀縁眼鏡の奥から、アイスブルーの瞳で静かにこちらを見つめる黒崎冴。
そして――
ソファに浅く腰掛け、気だるそうにスマートフォンを眺めていた一人の少年が、ゆっくりと顔を上げた。
ふわりと揺れるミルクベージュの髪。
眠たげに細められた琥珀色の瞳。
どこか気だるそうなのに、不思議と目を奪われる存在感。
「……玲?」
少し低く、心地よい声。
その一言だけで、胸がぎゅっと締めつけられた。
(いた……。)
白砂律。
私が誰よりも愛情を注いだ推し。
その本人が、今、目の前にいる。
(む、無理……尊すぎる!)
目頭がじわりと熱くなる。
(泣くな、私! ここで泣いたら完全に不審者だから!)
歓声を上げたい衝動を必死で押し殺す。
玲の無表情だけが、奇跡的に平静を保っていた。
そんな内心など知る由もない律は、小さく首をかしげる。
「……どうしたの?」
その何気ない一言だけで、心臓が跳ねた。
(うぅっ、かわいいーーーっ!!)
こうして私は――。
推したちを幸せにするはずだった物語の、第一歩を踏み出した。
……まさかこの先、全員にバグレベルで溺愛されることになるなんて、この時の私はまだ知らない。




