第五十六話 修学旅行・告白編〜未来へ託した想い
一行は京都タワーを望むホテルで、修学旅行最後の夜を過ごしていた。
豪華な夕食を終えて部屋に戻る途中、サクラに呼び止められた。
「玲会長、ちょっとお話がしたいんですけど……いいですか?」
「うん。大丈夫だよ!」
◇
二人はホテルの展望デッキに移動した。
サクラの表情はいつにもなく緊張していて、大きな瞳が潤んでいる。
少しの沈黙の後、サクラは口を開いた。
「玲会長。会長は、私の憧れの人です。」
「…………うん。」
「最初は、何でもできてすごいな! かっこいいな! 私もいつかこんなふうになりたいな! って思っていました。」
「……。」
「でも、いつからか……『玲会長みたいになりたい』じゃなくて、『玲会長の側にいたい』――みんなのことを全力で応援して、助けている会長を私が側で支えたいと思うようになりました。」
「サクラちゃん……。」
「玲会長の周りには、素敵な人がいっぱいいます。でも……玲会長が私を選んでくれるなら、私のやり方で会長を幸せにしたいです!」
いつも自信なげなサクラの瞳が、強い意志を持ってこちらを見つめている。
「サクラちゃん、ありがとう。純粋にサクラちゃんの気持ちが嬉しい。」
長い沈黙――。
サクラの瞳が不安げに揺れる。
玲は軽く息を吸うと、ゆっくり吐き出すように口を開いた。
「……もう少しだけ、時間をくれないかな? サクラちゃんの気持ちにちゃんと向き合って、応えたいんだ。」
サクラは不安げだったが、努めて明るい表情を見せた。
「はい……。真剣に考えてくれてありがとうございます!」
「こちらこそ、ちゃんと気持ちを伝えてくれてありがとう。」
「はい! あ、そうだ。これ……」
そう言ってサクラが取り出したのは、地主神社の桃色の恋愛お守り。
「あの時、玲会長の分と二つ。お揃いで買ったんです。良かったらもらってください!」
そう言うと玲の手のひらに乗せる。
「明日、最後の一日も良い思い出を作りましょうね!」
そう言うと、サクラは手を振りながら足早に去っていった。
玲は、展望デッキにぽつんと一人残された。
手のひらの桃色のお守りを眺める。
『恋エグ1』の主人公サクラに、告白をされてしまった。
自分は攻略対象の玲なのだから、世界観としてはこれはきっと正しい。正しいのだけれど……。
どこか割り切れない自分がいる。
サクラのことは好きだ。
まるで娘のように、大切に思っている。
でもサクラが抱いている「好き」は、きっとそれとは違う。
(こんな気持ちのまま、サクラちゃんの想いに応えていいのかな?)
玲として一緒に過ごしていくうちに、本当の恋愛感情が芽生えるだろうか?
サクラに渡されたお守りを、玲はぎゅっと握りしめた。
◇
しばらくして、玲はホテルの部屋へ戻った。
京都のホテルは二人部屋で、相棒は律だ。
「玲、遅かったね? 心配だから、探しに行こうかと思ってた。」
「あ、ごめんね? ちょっと展望デッキで夜風に当たってたんだ。」
「ふ~ん……。」
律はそう言うと、こちらへ近づいてきた。
「展望デッキで……誰かに何か言われた?」
「ぇ゙……!?」
変な声が出た。
それだけで、律には肯定だと伝わった。
「やっぱりね……。」
律はくるっと背を向ける。
数秒――。
意を決したような表情で、こちらを振り返った。
「玲。俺……あんまり人のことに興味ないんだ。だけど、玲のことはすごく気になる。何を考えてるんだろうとか、どんな顔をしてるんだろうとか……俺のこと、どう思ってるんだろうとか……。」
「……律。」
「俺のことだけ見て、俺のことだけ考えていてほしいなんて……。こんな気持ちになったの……玲だけなんだ。」
律はぐっと距離を縮め、玲の胸元をきゅっと掴むと、潤んだ上目遣いでこちらを見つめた。
「玲……好きだよ。初めて『ゲーム勝負をしよう』って玲が言ってくれた日から、ずっと玲のことだけ見てる――。」
「……!!」
突然の告白に、玲は言葉を失った。
律のことは大好きだ。
ゲームをしたり、一緒の時間を過ごすのはすごく楽しい。
でも、これって――
(律と同じ『好き』なのかな?)
もともと、自分の愛をいっぱいに詰め込んで作った推しキャラ。
自分も律と同じ「好き」で応えられるのか――玲の胸に迷いが生まれた。
玲の迷いを感じて、律は玲の胸元を掴んだ手を解くと、少し距離を取った。
「俺の気持ちは伝えたから。玲の気持ちが整理できたら……その時に返事を聞かせて?」
「……うん。」
律がふわりと笑った。
「そんな困ったような顔しないでよ。まぁ、俺は玲が何と言おうと、玲の側にいるつもりなんだけどさ!」
「律……。」
「そうそう! 玲に渡しておきたい物があったんだ。」
そういうと、ポケットから包み紙を取り出す。
手にはクリーム色の魔除けお守り。
「はい! 玲は色んなものに好かれちゃうから。前あげた魔除けのブレスレットと合わせると効果抜群だから!」
ゲームアイテムのような言い方をする律に、玲は思わずくすりと笑ってしまう。
「そうそう。玲にはそんな感じで笑っててほしい。」
律が目を細める。
「とりあえず、今日は俺の気持ちを伝えただけだから。玲の気持ちが整理できるまでは、今まで通り仲良くしよう?」
「うん。……律、ありがとう。」
その言葉に、律は満足そうに頬を緩ませた。
◇
修学旅行最終日の朝――。
出発前のホテルのロビーで、絢と出くわした。
絢は玲を見つけると、目を細めこちらに向かってくる。
「おはようございます、玲。昨日はゆっくり眠れましたか?」
「うん。なんかもう寝てばっかり……。今朝もギリギリまで寝てたから、律に叩き起こされちゃった。」
「ふふっ。しっかり眠れたなら良かったです。僕の方は、豪のイビキがうるさくて……。」
「あー、それはそれは……ご愁傷さまです。」
玲と絢は、顔を見合わせて二人で笑う。
ひとしきり笑った後、ふと絢が真剣な表情になった。
「今、少しだけお時間いいですか?」
「……うん。」
二人は人気のない、ロビーの柱の陰に移動した。
「班行動が始まったら、なかなか二人きりになる時間が取れないので……これを先に渡しておきたいと思って。」
絢が取り出したのは、昨日の神社で買った真紅の身代わりお守り。
「絢、もらっていいの?」
「はい。受け取ってください。これが、僕のあなたへの気持ちです。」
「!!」
「僕は、どんな時でもあなたの側にいて、あなたを守れる存在でありたい。……けれど、物理的には難しいですから……そのお守りが、きっとあなたの盾になってくれるはずです。」
「……絢。」
「僕はあなたから何度も救われました。だから、同じだけ……いえ、それ以上の気持ちをあなたに返したい。」
絢は、誰にも見えないようにそっと玲を引き寄せる。
一度だけ目を伏せ小さく息をつくと、耳元で囁いた。
「僕は……あなたを愛しています。」
玲の瞳が潤む。
なんで、こんなに泣きたくなるんだろう――。
その様子を見た絢が、くすっと笑う。
「玲の泣き顔も素敵ですけど、僕の前では笑っていてください。……泣き顔は、夜に、僕限定で見せてくれれば十分ですから。」
今度は、玲の顔がみるみるうちに真っ赤になった。
「もう~~、絢!? からかわないでよ!?」
「ふふふっ。」
絢は、長年の胸のつっかえが取れたような晴れやかな表情をしていた。
それは、誰をも魅了する、迷いのない極上の笑顔だった。
◇
ホテルを出発し、一行は帰りのバスを待っていた。
バス停の前では、同じように帰路につく修学旅行生たちの楽しげな声が響いている。
旅の思い出を胸いっぱいに抱えた高揚と、もう終わってしまう寂しさが、その場には混在していた。
玲も移動しようと足元の土産袋へ手を伸ばした、その時だった。
横からひょいと持ち上げられる。
「よう。」
聞き慣れた声に、玲の顔が安堵でほころぶ。
「豪、おはよう! 荷物、持ってくれるの?」
「あぁ、このために身体鍛えてるようなもんだから!」
二人は顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。
「旅行、あっという間だったね……。」
「……だな。如月は……なんかやり残したことはないか?」
「うーん。食べ歩きもできたし、お土産も沢山買えたし満足かな! 豪は?」
「ははっ、お前らしいな。俺は……。」
豪は言葉を切ると、少し緊張した様子でこちらを見た。
「俺は一つだけ……やり残したことがある。」
「豪……?」
「如月。俺さ……やっぱりお前のこと好きだわ。」
「……へ?」
豪の声は、まるで普通の会話をするように静かだった。
けれど、玲の耳にはっきり届いた。
豪の言葉を聞いた途端、不思議と周りの喧騒が静まる。
「初めはさ、何考えてんのか分かんねーし、俺とは合わねーなって、正直思ってた……。けど、一緒に過ごしてるとただただ楽しくて、もっと一緒にいたいって思ったんだ。」
豪の瞳がだんだんと熱を帯びる。
大きな手が、おそるおそる玲の頬に触れた。
「そのうち、こうやって触れたい。もっと色んなお前を知りたいって思ったんだ。……こんなの、友達に向ける感情じゃねーだろ?」
玲ははっとした。
うまく言葉が出てこない。
「ま、でもこれは俺の一方的な想いだから。すぐにどうこうしたいってことじゃなくて……。この旅行で、俺の気持ちを伝えたかったんだ。」
豪の表情は、どこまでも爽やかで明るい。
「もちろん、俺を選んでくれれば嬉しいし、ずっと隣でお前を笑わせてやれる自信があるけど。」
豪が茶目っ気たっぷりに笑う。
「とりあえず、気持ち伝えて、これをお前に渡すのが俺のやりたかったこと!」
そう言うと、豪は玲の手のひらに橙色の健康お守りを乗せた。
「やっぱり、どんな時でもお前には元気で笑っててほしいから。」
一陣の風が髪を優しく揺らした。
帰りのバスが到着する。
ぞろぞろと乗り込んでいく生徒たち。
「如月、俺たちも乗ろうぜ!」
豪がこちらへ手を伸ばす。
「うん……。」
玲はその手を取り、ゆっくりバスに乗り込んだ。
遠ざかっていく京都の街並み。
四人それぞれの想いを胸に抱きしめるように、玲は小さく深呼吸をした。
バスは一路、学園へ向けて出発した。




