第四十八話 黒崎兄弟と、ショッピングデート!?
九月、日曜日の昼下がり――。
休日のショッピングモールは、家族連れや学生たちで賑わいを見せていた。
その入口で、玲は周囲をきょろきょろと見回していた。
「あっ、こっちこっち!!」
玲は、近づいてくる二つの人影に大きく手を振る。
冴と、その数歩後ろから凌がこちらへ向かってきていた。
「早いな。……待ったか?」
「全然! 凌くんも、今日は来てくれてありがとう!」
「……別に。予定なかったし……。」
ソノから凌のバッドエンドを聞いた後、すぐに冴に連絡をとった。
『凌くんとも仲良くなりたいから』と、今日の買い出しに連れ出してもらったのだ。
(よーし! 一緒にショッピングして、おいしいもの食べて、気分転換したらきっと暗い気持ちも吹き飛ぶはず!!)
玲は満面の笑みを、冴と凌のさらに後ろ、物陰に隠れているソノに送る。
『恋エグ2』のシナリオは、ソノしか知らない。
万が一の緊急事態に備えて、ソノに付いてきてもらうことにした。
(せっかくだし、四人で買い物に行こうって言ったのに……ソノちゃん頑なに『そんな馬に蹴られて死んでしまうようなことできません!! 私は壁になりますので……』なんて言うんだもん。……どういうこと?)
玲は首を傾げた。
三人揃ったところで、早速洋服店を見に行くことにした。
「冴先輩の私服は、シンプルな感じが多いですか?」
今日の私服も、白い無地のTシャツに紺色の麻素材の半袖カッター、下はベージュのパンツスタイルというシンプルな出で立ちだった。
「そうだな。私はデザインの良し悪しはよく分からないからな。基本的には使いやすさや機能性重視だな。」
それに対して、凌は黒地のTシャツにボタニカル柄のシャツを羽織り、短パンスタイルというおしゃれ上級者スタイルを上手に着こなしている。
「凌くんって、おしゃれだよね! 今日だって、難しいアイテムを自分に似合うように上手に着こなしてる!」
「……そんなことねーと思うけど……。服を見るのは、わりかし好き……かな。」
凌は少し気恥ずかしいようで、少し頬を赤らめながら視線を逸らす。
「昔から凌は審美眼があったな。私は、こういうセンスを問われることは苦手なんだ……。」
冴の言葉に、凌は目を丸くする。
「へー……。兄さんにも苦手なこと、あるんだ?」
冴が肩をすくめて苦笑いする。
「私だって人間だからな。」
「ふーん……。そっか……。」
凌の表情が少し和らいだ。
「私からすれば、もっとお前の方が優れていると思うところがあるぞ?」
「えっ? 何っ!?」
凌はその言葉にすぐさま反応した。
「私は昔から『何を考えているか分からない』と、大人からよく言われていたが、お前は表情筋が豊かで何を考えているのか手を取るように分かる。」
そう言われた凌は、眉をピクリと上げた。
「それって……俺が分かりやすいってことだろ!? 良いことじゃねーじゃん!!」
期待していたこととは違ったようで、凌は顔を赤くする。
すぐさま玲がフォローを入れる。
「感情が豊かって良いことだと思うよ? 私は、そっちの人の方が好きだし!」
冴に食ってかかろうとしていた凌が、動きを止める。
「……そうなのか?」
「うん。そりゃあ、表情や感情豊かな人の方が一緒にいて楽しいし、魅力的だと思うよ?」
「……へー。」
凌が、独り言のようにぽつりと呟く。
「会長がそっちの方が良いんなら……ま、いっか……。」
そんな凌を見て、冴の口元がほんの数ミリ上がる。
確かに、冴を知らない人からすると無表情に見えるけれど……。
(あ、冴先輩が笑ってる。バリエーションは少なめだけど、なんだかんだ言って冴先輩も分かりやすいんだよね〜。)
冴のキャラクターデザインをし、ピクセル単位で表情調整をした玲(元開発者)からすれば、冴の表情を読み取ることは造作もないことだった。
それぞれ洋服を選び終えた一行は、近くのカフェで休憩することにした。
「凌くん、さっきは洋服一緒に選んでくれてありがとう! 自分じゃなかなか選ばないタイプの洋服だから、着るのがすごい楽しみだよ!」
「……そりゃあ、良かった。会長は元が良いから、結構どんなタイプの服も似合うけど……あえて定番をズラして着崩すスタイルが俺は好きというか……」
熱心に語る凌を、玲は嬉しそうに見た。
(うんうん、いつもの凌くんの感じが出てきた! やっぱり、今日一緒に行けて良かったな〜。)
満足そうに微笑んでいる玲。
「おい、会長。なにニヤニヤしてるんだよ?」
「ううん。凌くんが楽しそうにしてるから、嬉しくって。」
「……なんだよ、それ。」
凌は少し顔を赤らめ、そっぽを向いてしまった。
「みんな、何を頼む? 私は……季節のシャーベット!」
「じゃあ、ホットコーヒーをブラックで。」
「俺は……水でいい。」
「えっ? 凌くん、何もいらないの!?」
「ああ……俺、あんまり甘いのとか苦手だから……。」
(そうだ! そういえばソノちゃんが『凌はミネラルウォーターしか飲まない』って言ってたっけ!)
「そっか! それなのにあの時、おしるこ選ばせちゃったんだよね! ごめんね!!」
「……おしるこ? 凌が?」
冴がピクリと眉を動かす。
「いや、あの時は……別に。たまたま……ほんとーに、極稀に糖分を欲してるタイミングだった……から。」
凌の声が、だんだんと小さくなっていった。
休憩を終えた三人は店を出た。
「私は、参考書を選びに行ってくるが……。お前たちはどうする?」
冴の言葉に、玲と凌は顔を見合わせる。
「私たちは……この辺の雑貨屋でも見て回る?」
「ああ。そうだな。」
玲の提案に、凌が頷いた。
冴と別れ、玲と凌は近くの雑貨店に入った。
店内には、可愛らしい小物やアクセサリーが並んでいる。
男子高校生が二人で入るには、少し勇気がいる空間。
それなのに……
「わぁ! これもかわいい!」
目の前にいる玲は、そんなこと気にも止めてない。
(こういうところ……会長、バグってんだよな〜。……俺が気にし過ぎなだけなのかな……?)
そんなことを考えていると、突然勢いよく肩を叩かれた。
「ねぇねぇ、これ良くない?」
そこにあったのは、二つのマスコットが磁石でくっついて一対になっているキーホルダー。
「ああ……いいんじゃね?」
「そうだよね! これにしよう!」
玲は嬉しそうに抱えてレジへ持っていく。
店から出た後、玲は包み紙から先程買ったキーホルダーを取り出した。
そして、くっついていた内の一体を凌に渡す。
「はい、これ。」
「えっ?」
「今日の記念に! もらって?」
手渡されたのは、ミントグリーンのツンとした表情をした猫のマスコット。お腹には月の模様が描かれている。
「私のはこれ。」
そう言って玲が見せたのは、にこやかな表情をしたラベンダー色の猫のマスコット。お腹には太陽の模様が描かれていた。
「!! ……もらっていいのか?」
「うん。そのために買ったんだから! ほら、この猫、なんとなく凌くんに似てると思わない?」
「はぁ? そっちこそ、そのアホ面、会長に似てるだろ?」
「アホ面とか! 先輩に向かって言う〜!?」
店先で騒いでいると冴が戻ってきた。
「おい、お前たち……。遠くからでも目立ってるぞ。ちょっとは自重しろ。」
「はい、すみません……。」
二人は顔を見合わせ仲良くうなだれた。
「じゃあね! 今日は楽しかった!」
帰り道、玲は二人に別れを告げる。
「ああ、私も良い時間になった。ありがとう。」
冴が微笑む。
「俺も……良い気分転換できた。」
その横で凌も、はにかんだ笑顔を浮かべた。
そして、小さく息を吐くと凌は続けた。
「会長!」
「……?」
「今度はさ……二人で出掛けようぜ?」
凌の表情は、迷いを吹っ切ったように晴れやかだった。
「今度は俺が、会長を楽しい所に連れてってやるから。」
玲は一瞬きょとんとしたあと、花が咲くように笑った。
次の約束ができたことが、何より嬉しかった。
「うん! 楽しみにしてる!」
夕風が吹き、玲の黒髪がふわりと揺れた。
玲を見送った後、冴と凌は二人は並んで歩き始めた。
「……あのさ。」
凌がぽつりと話し始めた。
「兄さんが、なんであいつのこと気にかけるのか……ちょっと分かった気がする。」
冴はちらりと凌を見た。
「…………そうか。」
「勉強とかスポーツとかさ……まだ兄さんには敵わないけど。」
俯いていた凌が顔を上げた。
「……あいつのことだけは、兄さんに負けるつもりないから。」
静かに淡々とした声。
しかしその視線は、熱を宿し強く冴を見据えていた。
「……そうか。……望むところだ。」
夕焼けが街を茜色に染めていた。
その一部始終を、木の陰から見ている人物がいた。
(ナイスです、神! 凌くんのコンプレックスも砕けて、無事にバッドエンドを回避しましたね!)
誰もいない虚空に向かって、ソノは拳を突き上げた。
(それだけじゃなく、『月と太陽の絆』のスチルと恋愛イベントまで解放しちゃいました。)
本格的に恋愛レースに参入してきた凌。
その道のりの険しさを思い、ソノは心の中で合掌する。
(それにしても……。せっかくの日曜日に私、何してるんだろう?)
心の中でぼやきながら、ソノは一人帰路に就くのだった。




