第四十六話 体育祭開幕!! バッドエンドを吹き飛ばせ!!
体育祭当日――。
夏の青空が、どこまでも高く広がっていた。
校庭には色とりどりの旗が飾られ、各クラスのテントからは生徒たちの楽しそうな声が響いている。
一年に一度の大イベント。
学園中が、この日を待ちわびていた。
「いよいよ始まりましたね。」
本部テントで資料を確認しながら、絢が微笑む。
「三年生最後の体育祭か~……なんか、感慨深いね。」
律が校庭を眺めながら呟いた。
「まだ終わってないだろ?」
凌が淡々と返す。
そのまま、視線は無意識に隣の生徒会長に向けていた。
「……。」
凌は小さく目を細めた。
(……やっぱり、あの人は変だ。)
誰よりも楽しそうに、仲間を見て笑ってる。
(……兄さんが変わる理由も、少し分かる気がする。)
絢が横から意味ありげに微笑んだ。
「凌くんも……分かりやすくなりましたね。」
「!? ……何がだよ。」
「さあ?」
それを聞いていた律も楽しそうに笑った。
体育祭は、順調に進んでいった。
短距離走。騎馬戦。綱引き――
どの競技でも、観客席から歓声が上がり盛り上がりを見せていく。
次は、一年生の借り物競争。
スタート地点に立つ凌は、いつもの冷静な表情を保っていた。
合図と同時に走り出す。
凌は迷いなくカードを引いた。
そこに書かれていた文字は――
『一番気になる人』
「…………。」
凌は数秒間、完全に停止した。
顔が熱くなる。
自然と本部テントにいる玲を見る。
「……いや、違う!」
小さく首を振る。
(これは別に『好きな人』って意味じゃないから! 『気になる人』だから! あくまで『監視対象』だから……!)
凌は、自分の中で猛烈に言い訳をしながら走り出した。
視線の先――玲のいる場所へ。
「会長……一緒に走ってくれ。」
「凌くん?」
玲が首を傾げる。
凌は少しだけ視線を逸らした。
「だから……借り物競争……。」
だんだん声が小さくなっていく。
「うん。いいよ!」
玲は笑顔で頷いた。
(お題……『生徒会長』だったのかな?)
凌の心臓が跳ねる。
「……っ。」
固まっている凌の手を取り、玲は走り出した。
「さぁ、急ごう!」
二人はそのまま手を握り、ゴールテープを切った。
その様子を見ていたソノは、頭を抱えていた。
隣にいる攻略対象たちの顔が怖くて……まともに見れない。
(神……またもや『借り物競争で手つなぎラン』のスチルを発生させてます。)
ソノは深いため息を吐いた。
「……まあ、気づいてないんでしょうね。」
そして、次は応援団――。
そこに現れたのは、チア衣装に身を包んだサクラとソノだった。
玲が目を見開く。
(うわぁ~~、可愛い~~!! 目の保養だよぉ!!)
「みんなー! 頑張ってくださいっ!」
サクラはいつもの天使のような笑顔で、ポンポンを振る。
その瞬間、会場の空気が変わった。
「かわいい……。」
「天使……?」
ソノも隣で顔を真っ赤にしながら、ぎこちなく踊る。
「な、なんで私まで……。」
「ソノちゃーん、似合ってるよー!」
玲が声をかける。
(やめてーーー!! 神ぃぃーーー!!)
ソノの照れながらの演技も――
「このギャップが可愛い……。」
「弄りたくなる可愛さ……。」
と、好評を博し新たなファンを増やすのだった。
最終種目は、今回の体育祭の目玉――
姉妹校との学校選抜対抗リレー。
会場の熱気は、最高潮に達していた。
代表選手がスタートラインに並ぶ。
その中に、玲と豪の姿があった。
豪の表情は、緊張で強張っている。
それを察した玲が、ポンと豪の肩に手を置いた。
「……大丈夫。私たちならやれるよ。」
「ああ。」
豪は短く息を吐いた。
不良たちはあの日、生徒会によって学校側へ報告され、社会的な処分を受けることになった。
脅威は去ったはずだった――。
でも、豪だけはまだその不安を払拭できずにいた。
(もし、また如月が狙われるようなことがあったら……。)
「位置について! よーい!」
パンッ!
ピストルの音で、選手たちが一斉にスタートする。
第一走者が走り出した。
「行けーー!!」
観客席から声援が飛ぶ。
バトンは次々と繋がっていく。
そして、第三走者の玲へ――二番手でバトンを渡された。
「玲!」
豪が叫ぶ。
「任せて!」
玲は笑って、風を切った。
黒髪が揺れ、汗が煌めきながら飛び散る。
観客席がざわめく。
「速っ!?」
「それに、なんか……美しい。」
みんなが玲の走る姿に見惚れた。
豪も、その姿に釘付けになっていた。
(やっぱり……あいつはすごいな。見る者すべての視線をこんなにも奪ってしまう。)
その時、玲がバトンゾーンへ入る。
「豪!」
差し出されるバトン。
「ごめん! 抜かせなかった……。あと、お願い!」
豪は手を伸ばし、バトンを受け取った。
玲の気持ちに全力で応えたい!! でも――
『大好きな生徒会長様が、どうなるか分からねえぞ』
頭の中に、あの言葉が蘇った。
「……っ。」
足がすくむ。
もし、自分が勝ったことでまた誰かが玲を傷つけようとしたら――。
豪の足から力が抜けた。
観客がざわめく。
いつもの豪なら、絶対にありえない光景。
「豪!?」
その瞬間、玲は本部テントへ走り出していた。
そして、実況用マイクを掴んだ。
「え!? 会長!?」
スタッフが驚くのを尻目に、玲はマイクのスイッチを入れた。
『豪ーーーーーー!!』
校庭中のスピーカーから玲の声が響き渡った。
『全力で走ってーーーーーー!!』
突然の出来事に、観客席も、選手たちも、教師たちも、一瞬だけ動きを止めた。
玲はマイクを握りしめ、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
そして――
『私は……豪が本気で走って、誰よりもかっこいい姿が見たいんだーーーー!!』
校庭が静まり返った。
次の瞬間。
「え?」
「今……なんて?」
「公開告白……?」
あちらこちらから、小さなどよめきが広がっていく。
もちろん玲本人は、そんなことに全く気にも留めない。
ただ、目の前の大切な仲間を見ていた。
『豪! あなたは誰かを守るために、自分を犠牲にしなくていい! 豪は豪のままで、思いっきり走って!!』
その言葉が、豪の胸に届いた。
豪はゆっくり顔を上げた。
スタンドには、玲がいた。
必死な顔で、 まっすぐ自分だけを見ている。
その姿を見た瞬間――
曇っていた豪の瞳に、太陽のような光が戻った。
もう迷いはなかった。
バトンを強く握り直す。
「……おうっ!!!!」
地響きのような声が、競技場を震わせた。
豪が走り出す。
爆発的な加速。
一歩、二歩、三歩――
その速度は、さっきまでとは別人だった。
「速い……!」
「追いついた!?」
先行していた走者を、圧倒的な速度で抜いていく。
豪は、ただ前だけを見ていた。
もう怖くない。迷わない。
大切な仲間と、笑って未来へ進むために――走る。
最後のカーブを曲がる。そして――
豪は胸でゴールテープを切った。
『一位ーーーーっ!!』
アナウンスの声と同時に、歓声が爆発する。
「やった……!」
玲が思わず笑顔になる。
豪はゴールした勢いそのままに、本部テントへ向かって走り出した。
「え?」
玲が瞬きをする。
「如月ーーーー!!」
ガシッ!!
「勝ったぞーーーー!!」
豪の大きな腕が、玲を抱きしめた。
「わぁっ!? 豪!?」
突然のことに玲の顔が真っ赤になる。
「ちょ、ちょっと待って! ここ全校生徒の前!!」
「悪い! でも嬉しくて!!」
太陽みたいな笑顔。
それを見た瞬間――玲は小さく笑った。
「……うん。最高に、かっこよかったよ!」
その一言に、豪は今日一番の笑顔を見せた。
(もう、いい! 豪先輩の『俺のゴールへ』のスチルとか……もう、いい! ……神、最高のバッドエンド回避でした。)
その光景を見ていたソノは、感涙しながら親指を立てた。
「玲会長! 豪くん! すっごくかっこよかったですっ!」
涙を浮かべながら、純粋に感動しているサクラ。
「ねえ? 豪が凄かったのは認めるけど……玲を抱きしめるのはナシだよ!」
律が不満げに声を上げる。
すると、絢も口を開いた。
「ええ。本当に素晴らしい走りでした。ですが……最後の行動については、少々お話があります。」
二人の静かな怒りに、豪は震え上がる。
一方、凌は玲の方を向きながら額を抑えた。
「……会長。自分が何をしたのか……分かってるのか?」
「えっと……豪の……応援? あっ、マイクジャックのこと?」
凌は、深いため息をついた。
こうして、体育祭は玲たちの優勝で幕を閉じ――
神城豪のバッドエンドは完全に粉砕されたのであった。




