第四十五話 バッドエンド回避!?尾行作戦開始!!
体育祭まで、あと二日――。
夏休み終盤の校舎には、まだ暑さが残っていた。
エアコンの効いた生徒会室で、玲は資料から顔を上げた。
「…………。」
視線の先には、いつもと変わらないように見える豪の姿。
「おーい。この段ボール、こっち置いとくぞ。」
大きな荷物を軽々と運び、豪は笑う。
いつもの豪。けれど――
「…………。」
玲は小さく眉を寄せた。
(違う。何かがおかしい……。)
「豪?」
名前を呼ぶと、豪は少し遅れて振り返った。
「ん? ああ、悪い。ちょっと考え事してた。」
そう言って、いつものように笑う。
けれど、その笑顔にはほんの少しだけ影があった。
「…………。」
玲は黙って豪を見る。
前世、ゲーム開発者として何度も彼の表情を作ったから分かる。
これは、誰かを安心させるため、自分の不安を隠すための笑顔。
「玲先輩。」
隣にいたソノが、小声で呼びかける。
玲はソノと視線を交わし頷いた。
「……分かってる。」
ソノも小さく頷く。
(始まった。体育祭イベント。豪のバッドエンドフラグ。)
誰かからの連絡を待っているように、豪は先ほどから何度もスマホを確認している。
そして、それを誰にも見られないように隠している。
「絶対に、あんな未来にはさせないから。」
玲は拳を握った。
そんな二人の様子を。
別の場所から見ている者たちがいた。
「…………。」
律は、視線を交わしている玲とソノをじっと見ていた。
「最近さ……玲とソノ、すごく仲良くない?」
律は口を尖らせながら頬杖をついた。
「……確かに。」
その声に、絢も二人に視線を向ける。
最近、玲はソノと二人きりで話していることが増えた。
しかも、自分たちが近付くとなぜか会話を止めてしまう。
玲は、何かを自分たちに隠している……?
「秘密の相談……でしょうか? 気になりますね。」
絢のキャットアイの瞳が、少し曇った。
「…………。」
その会話を聞いていた凌は何も言わない。
ただ、訝しげな視線を玲とソノに向けている。
サクラもまた、生徒会室に漂う空気を察して、心配の眼差しを二人に向けるのだった。
夕方、豪が生徒会室を出ていくと、玲とソノは目を合わせた。
「……来た!」
「追いましょう。」
「うん!」
二人も、急いで豪を追うように生徒会室を出ていく。
なるべく気付かれないように、そっと――。
しかしその行動は、二人を見ていた者たちにとってますます怪しいものに映った。
「……二人とも、黙って出ていきましたね。」
絢が呟いた。
「…………密会?」
律が目を細めた。
そこに凌も加わった。
「会長とソノ……俺たちに隠れて何かしてる。」
三人の視線が鋭くなる。
「俺……玲たちの後をつけてくる。」
「確かに……ここで話していても埒が明きませんね。」
律の言葉に、絢も賛同する。
「俺も行く。」
凌が言うと、その後ろから
「私も行きますっ!」
と、サクラが声をあげた。
夕焼けが校舎を赤く染める中――
玲とソノは物陰に隠れながら、廊下を歩く豪の姿を追っていた。
「……ターゲット、今のところ異常なし。」
ソノがノートを開き、真剣な表情で呟く。
その表紙には、『創造神検証日記改め、バッドエンド回避作戦書』と書かれている。
「ソノちゃん、そのタイトルどうなの……?」
「しっ! 静かに。」
二人は一定の距離を保ちながら、慎重に後を追う。
豪が向かった先は、人目につかない旧焼却炉裏。
そこには数人の制服姿の男たちが待っていた。
体育祭で対抗リレーを行う姉妹校の生徒たちだ。
見るからに柄が悪い。
リーダー格の男がニヤリと笑う。
「よう、神城。ちゃんと来たな。」
豪の表情が険しくなる。
「……話って何だ。」
男はスマホを弄りながら、薄く笑った。
「明後日のリレー、分かってんな? 負けねえと……お前の大好きな『生徒会長様』がどうなるか分からねえぞ。」
――空気が凍った。
物陰にいた玲の息が止まる。
(……私?)
ソノは静かに目を伏せる。
(やっぱり……予想通り。)
豪の眉が険しく寄せられる。
「……如月には、指一本触れさせねえ。」
拳は血が滲むほど、強く握りしめられていた。
「……リレーは、わざと負ける。だからあいつには手を出すな……。」
絞り出すような声。
それは敗北を受け入れた声ではなく、大切な人を守るため自分だけが傷つくことを選んだ男の声だった。
その悲痛な横顔を見た瞬間、玲の胸の奥で何かが切れた。
(違う……。こんな悲しい顔をさせるために、私は豪を生み出したんじゃない!!)
「私の作った最高の太陽に……そんな顔をさせるなぁぁぁ!!」
玲が怒りで飛び出そうとした、その時だった。
「おや、随分と物騒な密会ですね?」
背後から、冷ややかな聞き覚えのある声がした。
ハッとして玲とソノが振り返ると、そこにはいつの間にか、絢、律、凌、サクラの四人が立っていた。
全員が、真剣な表情で事件現場を見つめている。
「……なるほど。これは見過ごせませんね。」
絢が一歩前へ出ると、画面が録音状態になったスマホを掲げた。
「不法侵入及び脅迫罪、それから……何より『玲の名前を汚した罪』です。」
絢はこれ以上ないほど綺麗な、けれど瞳の奥が全く笑っていない笑みを浮かべた。
その横で、律が自分のスマホを男たちに向ける。
カシャ――静かなシャッター音が響いた。
「あーあ。めんどくさいけど、これ証拠付きでこいつらの学校に送っとくね。」
律が淡々と言う。
凌のアイスブルーの瞳が鋭く光る。
「会長を脅しに使うなんて、それだけでアウトだ。」
そして、サクラが追い打ちをかけるように声を上げた。
「先生たちを呼んできますっ!」
校舎へ向かって駆け出していく。
「くそっ……!」
「今日は一旦引け!」
「逃げるぞ!」
証拠を押さえられ、生徒会メンバーの圧倒的な威圧感に、男たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から走り去っていった。
旧焼却炉の裏には、夕暮れの静寂だけが残された。
ただ一人、豪だけが呆然と立ち尽くしている。
「お前ら、何でここに――」
玲は静かに豪の前まで歩いていった。
そして、彼の額を人差し指でピンッと軽く弾いた。
「痛っ……如月……?」
豪は驚いて額を押さえる。
「バカ! ……一人で全部抱え込もうとして。豪は、私の大切な……生徒会の仲間なんだから。」
そう言った玲の顔は、今にも泣きそうだった。
その表情に、豪の張り詰めていた心が緩む。
優しい笑顔を浮かべると、玲の頭に大きくて温かい手を乗せる。
「……心配をかけて、すまなかった。」
「本当だよ! 俺たちだって心配したんだから!」
律は手を腰に当てると、頬を膨らませた。
「玲を泣かせるような真似をしたら……僕たちが許しませんよ?」
口ではそう言いながらも、絢は安心したような笑みを豪へ向ける。
「みんな、ごめん。……来てくれてありがとな。」
豪がそう言うと、みんなにほっとしたような笑顔が戻った。
「さぁ、いよいよ体育祭も本番! 気を取り直して、最高の体育祭にしようね!」
「「「「「おーーーーー!!!」」」」」
夕焼けに染まる空へ、みんなの声が高く響いた。




