第四十四話 太陽を曇らせるバッドエンドなんて、公式(神)が許しません!!
八月末――。
夏休みも終盤に差し掛かり、エアコンの効いた生徒会室では、体育祭の準備が着々と進められていた。
「今年の体育祭は、去年より参加人数も多くて賑やかになりそうですね。」
絢が、優雅に資料へ目を通しながら微笑む。
「あぁ。今年は姉妹校との交流事業で、学校選抜の対抗リレーがあるからな!」
豪は重たいダンボールを軽々と抱え上げ、爽やかに笑った。
「この中で選抜に選ばれてるのは、俺と如月くらいか?」
「うん! 豪、一緒に頑張ろうね!」
玲も嬉しそうに頷く。
「三年生最後の体育祭だし、絶対に勝って最高の思い出にしよう!」
「おう!」
豪が力強く拳を握る。
「リレーも優勝も、全部任せとけ!」
生徒会室に笑い声が広がる。
誰もが、この夏最後の大イベントを心から楽しみにしていた。
――けれど。
その光景を、少し離れた場所から見つめるソノの表情は険しかった。
(……始まる。この、絵に描いたような青春の光の裏で……)
キャンパスノートを握る手に力がこもる。
(『恋エグ2』体育祭イベント。本来なら主人公(私)と攻略対象の距離が縮まる重要イベント。だけど、その裏には――豪先輩の破滅的なバッドエンドフラグがある!)
ソノは、玲へ鋭い視線を向けた。
この世界で、唯一未来を変えられる存在。
前作『恋エグ1』を作った、生みの親――如月玲。
「玲先輩……少し、いいですか?」
「ん? どうしたの、ソノちゃん。」
ソノのただならぬ真剣な表情に、玲もすぐに気付く。
「大事な話があります。……二人きりで。」
二人は他のメンバーから死角になる、生徒会室の奥の資料スペースへと移動した。
「……体育祭までの間、豪先輩から目を離さないでください。」
「え?」
玲は首を傾げる。ソノは意を決して、ノートを開きながら静かに告げた。
「豪先輩を救うためには、知っておいてもらう必要があります。……豪先輩は、不良生徒から脅されます。『体育祭のリレーで、わざと負けろ。そうしなければ、お前の大事な人間に危害を加える』って……。」
玲の顔から笑顔が消えた。
「!!」
「豪先輩は……主人公を守るために、その要求を全部受け入れます。本当は勝てるのに、誰よりも運動能力が高いのに……わざと転んで、ケガをしたふりをして、負けるんです。」
「…………。」
「でも、それで終わりじゃありません。スポーツマンシップの塊である豪先輩は、その八百長行為への激しい良心の呵責に耐えられなくて……。おまけに、一度要求を聞いた不良たちの無理難題はどんどんエスカレートしていきます。先輩は自分が原因で誰かが傷つくことを恐れて、全部一人で抱え込み――」
ソノは、ノートに書かれた最悪の文字を指差した。
「最後に、豪先輩は自主退学します。」
数秒の沈黙。
そして――。
「NOーーーーーーーーッ!?!?!? 何それ!? 何、その誰も幸せにならない胸糞シナリオ!!」
玲はガタッと机を両手で叩き、怒りと悲しみでアメジストの瞳を激しく燃え上がらせた。
「豪が自主退学なんて、そんなの絶対に認めない!! 私が『1』でどれだけ彼を『最高の太陽キャラ』として大切に生み出したと思ってるの!? 公式であっても曇らせは絶対にNG!! 誰よ、そのシナリオ書いた続編のライター!! 出てきなさいよ、今すぐ私が修正パッチ(物理)を当ててあげるから!!」
息を荒くして憤慨する玲を見ながら、ソノはそっと前で手をかざす。
「まあ、落ち着いてください神。だからこそ、ここでフラグを折るんです。ただ、一つ問題がありまして……」
「問題?」
「不良の脅し文句は『大事なヤツに危害を加える』です。『恋エグ2』では、それが主人公である私だったんですが……」
「うん。」
「現在の豪先輩の『命に代えても守りたい大事なヤツ』が、新入生の私である可能性は限りなくゼロに近いです。」
「え? じゃあ誰――」
「どう見ても、玲先輩、あなた以外にいないでしょう?」
「いやいやいや!!」
玲は慌てて両手をブンブンと振った。
「私、一応男だし! 豪とはただの頼れる熱い仕事仲間だし、そんなラブなフラグ立ってないから!」
「自覚がないって本当に恐ろしいですね。いいですか? 先日のドッジボール大会で、先輩が狙われた瞬間の豪先輩の顔、見ました? 完全に『俺の玲に何触れようとしてんだ殺すぞ』って顔で人間盾になってましたよ。もし不良が『如月玲を痛めつける』なんて脅したら……豪先輩、八百長どころかその場で不良の集団を物理的に全滅させかねません。そうなったら別の意味で退学です。」
「ヒエッ……!!」
ソノの的確すぎるプロファイリングに、玲は冷や汗を流した。
確かに、この世界線は色々バグっている。
豪が暴走して、本当に暴力沙汰を起こしてしまったら一発アウトだ。
「……誰かを守ろうとする優しい人が、一人で全部背負って消える未来なんて――絶対に作らせない!!」
玲は真っ直ぐにソノを見た。
「ソノちゃん、豪を救う方法を考えよう。絶対に、体育祭で負けさせない。豪が自分を犠牲にしなくてもいい未来に、私たちが変えるんだ。」
「…………。」
ソノは目を見開く。
(……これが、みんなが玲先輩を好きになる理由なんだ。)
ゲームの知識があるからじゃない。チートな攻略能力があるからでもない。
ただ、この世界にいる全員の人生を、本気で愛して、本気で大切にしている。
その圧倒的な「創造主としての愛」に、誰もが抗えずに惹かれてしまうのだ。
「……はい! よろこんで神にお供します!」
その時、玲とソノのいる場所へバタバタと元気な足音が近づいてきた。
「おーい! 如月、ソノ! 何難しい顔して隠れてんだ? ほら、絢が冷たいお茶淹れてくれたぞ!」
そこには、先ほどと変わらない、ひまわりのように眩しい笑顔の豪が立っていた。
「今年の体育祭。俺、お前からのバトン受け取って、絶対優勝するから!!」
その曇りなき笑顔を見た瞬間。
玲はソノと力強くアイコンタクトを交わし、心の中で改めて冷酷なバッドエンドに宣戦布告した。
(私が、みんなの未来を絶対守ってみせる!)
その夜――
自室で豪は、机の上に置いた体育祭の予定表を見ていた。
「今年は最高の体育祭になるな!」
そこには、玲たちと過ごす最後の夏の思い出を楽しみにする豪の姿があった。
その時――スマホが鳴った。
見知らぬ番号。
「……誰だ?」
豪は何気なく画面を見つめる。
そして――
「もしもし?」
体育祭まで、残り三日。
バッドエンド回避作戦が、ついに始まった。




