第四十三話 バッドエンド回避同盟とライバル認定!?
夏祭りの帰り道。
夜空を彩っていた大輪の花火も終わり、人々の賑わいは少しずつ静けさへと変わっていく。
石畳には提灯の柔らかな灯りが揺れ、浴衣姿の人々が笑いながら家路につく。
その輪の中で、生徒会の面々も楽しげに歩いていた。
その光景を見つめながら、玲は自然と頬を緩めた。
(……幸せだなぁ。)
前世では画面越しでしか見られなかった推したち。
その全員が笑っている。
喧嘩して、笑って、ふざけ合って。
それだけで胸がいっぱいになる。
(やっぱり、この世界に来て良かった。)
玲は誰にも聞こえないほど小さく笑った。
その少し後ろ。
ソノだけは無言だった。
(間違いない。)
花火の光に照らされた玲の横顔を見つめる。
(玲は転生者。そして、おそらく――『恋エグ1』を作った人……つまり、神。)
確信はある。
(どうやって、聞き出したらいいんだろう……?)
ソノは思案しながら、ただじっと玲に熱い視線を送っていた。
夏休みの生徒会室。
エアコンの効いた室内には、蝉の鳴き声だけが遠く響いている。
コンコン。扉が開いた。
「おはよう凌くん。」
「……おはようございます。」
以前より少しだけ素直になった凌が席に着く。
その姿を見て玲は嬉しそうに笑う。
そこへ律がやって来た。
「玲!」
ぎゅっ。何のためらいもなく玲の腕へ抱き付く。
「わっ! 律!」
「暑い〜。」
「だったら離れよう?」
「やだ。」
「即答!?」
豪が大笑いする。
「律、お前犬か!」
「玲不足なんだもん。」
「意味分かんねぇ!」
その直後。
絢が律の首根っこを掴んだ。
「いい加減にしてください。玲が減ってしまいます。」
「いや、減らないでしょ!?」
「ふふっ、みんな今日も元気ですねっ!」
その様子を見て、サクラが微笑んでいる。
いつもの光景。いつもの生徒会。
その中でソノだけは黙って、どうやって切り出そうかと、玲を見つめその機会を窺っていた。
玲は先日から、自身に向けられている熱い視線に気がついていた。
夏祭り前までのソノは、獲物を狙うハンターのような目を自分に向けていたのに。
あの会話以降、疑惑……というよりは、むしろ憧憬に似た視線をソノから感じとっていた。
それに、手元のキャンパスノートも『如月玲(黒幕説)プロファイリング日記』から、いつの間にか『如月玲(創造神説)検証日記』に書き換えられている。
(えっ、なに!? 一体どういうこと!?)
玲は、夏祭りでのソノとの会話を思い出す。
差し入れのドリンクのこと。
みんなのことをどう思っているかということ。
そして――。
(あの、質問って……どういう意味だったんだろう? 咄嗟にごまかしたけど……。もしかして、ソノちゃんって……)
昼過ぎ――。
夏休み明けから始まる体育祭に向けて、教員への報告や備品の確認で、玲とソノ以外の生徒会メンバーは部屋を出払っていた。
ソノの熱心な視線に耐えきれず、玲は思い切って聞いてみることにした。
「あの、ソノちゃん……そのノートの『創造神』って……私のこと?」
ソノは、玲から核心に触れてくると思わず、ビクリと体を震わせた。
(でも、これは真実を聞ける、またとない絶好の機会!)
「……はい。あのパンフレットでの『糖度・供給』発言、差し入れの件、没イベントの発言、そして『見覚えのない天井』への反応……」
ソノは一呼吸置いた。
そして――
「あなたは……『恋エグ1』のシナリオを書いた開発者(神)ですよね?」
二人の間に訪れる、長い沈黙。
先に口を開いたのは玲だった。
「……『恋エグ』を知っているということは、ソノちゃんも転生者……ってことだよね?」
「はい……。」
ソノは緊張の面持ちで玲を見つめた。
しかし、玲の反応は思いもよらないものだった。
「そっかぁ……。私のゲームを知ってくれてる人が、この世界にもいるんだ……嬉しいな〜!!」
玲の顔から緊張が解け、ふにゃっとした笑顔が浮かぶ。
その反応にびっくりしたのはソノの方だった。
(お前も転生者なのか! と、もっと警戒されると思ってたのに……)
「あの、私が転生者で……あなたの正体も見破って……驚かないんですか!?」
「いや、驚いたよ!? でも、それ以上に自分のゲームをプレイした人に生で会えるなんて……それに、私と同じ境遇の転生者がいるなんて心強いじゃん!!」
(なんて、ポジティブな人なんだろう……。これか、みんなが惹かれる理由は……。)
「ソノちゃんは、どこまで知ってるの?」
「『恋エグ1』『恋エグ2』のエンディング、スチルは全部解放済み、特典CDや設定資料集も履修済みです!」
「うわぁ、ガチの人だ!! ありがとうございます!!」
玲が丁寧に頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ、こんなに素晴らしい作品を生み出して下さってありがとうございます!!」
お互いにぺこぺこと頭を下げ合う、開発者オタクとガチ勢プレイヤー。
「でもさ、私『恋エグ2』なんて知らないんだけど! いつの間に発売されたの?」
「えっと、『1』が好評で……その2年後に『2』が発売されたんですけど、確か、開発者が謎の失踪をしたとかで、続編は別のライターさんになったんです……」
「なるほど〜、だから私が知らないキャラクターとか設定が登場するんだね!」
「はい。でも全部網羅した私からすると、やっぱり『1』は神でした!! 『2』はちょっと後味悪いバッドエンドも存在するので……」
「えっ? バッドエンド!? そんなの聞いてない!! 私はみんなのことを幸せにしたいから、バッドエンドは入れないでって『1』の時、散々言ったのに……!!」
「はい。……でも、『2』にはそれぞれ存在するんです。例えば、失踪エンドとか闇堕ちエンドとか……。」
「イヤァァァーーーーーッ!!」
玲は絶叫した。
「どうしよう……ソノちゃん。私、そんなの見たくないっ!!」
玲はソノの両手をガシッと掴むと、距離を詰めた。目には涙をいっぱいに溜めている。
(うっ……推しの玲による至近距離、涙目上目遣いっ!!た、耐えられないっ!!)
「……わ、分かりました。私もできる限り協力します……」
「ありがとう〜〜、ソノちゃん!!」
玲がソノを力いっぱい抱きしめた。その時だった――。
生徒会室の扉がバンっと開き、生徒会の面々が飛び込んできた。
「今、悲鳴が聞こえたんだが……って、二人とも何してるんだ?」
真っ先に入ってきた豪が、抱き合っている二人を見て固まっている。
「玲、泣いてるじゃん! 何があったの? 説明して?」
律が詰め寄る。
「いくら可愛い後輩でも……返事によっては容赦はしません。」
絢のブリザードが吹き荒れる。
凌とサクラは、衝撃で言葉が出ず立ち尽くしている。
玲は慌てて飛び退くと、両手をブンブンと振った。
「違う違う違う!! ソノちゃんは助けてくれただけだからっ!!」
苦しい言い訳を交えつつ、なんとか誤解を解いたのだった。
この日、新たに『バッドエンド回避同盟』と、攻略対象たちによる『ソノへのライバル認定』が誕生したのだった。




