第四十二話 夏祭りと、探偵ヒロインとの攻防戦!?
八月――。
地元の神社で開催される『夏祭り』の会場は、色とりどりの提灯と、出店から漂う香ばしい匂いで、お祭りムード一色に染まっていた。
「ねー! 玲、金魚すくいやろうよ〜!」
涼しげな水色の浴衣に身を包んだ律が、玲の浴衣の袖をぐいぐいと引っ張る。
「おい律、まずは腹ごしらえだろ! 如月、あっちのりんご飴、すげぇうまそうだぞ!」
豪は黒の平織りの浴衣を大胆に着こなし、早くも屋台の熱気に目を輝かせていた。
「お二人とも、少し落ち着いてください?」
そんな二人をいさめるように前に出たのは、白地に雅な紺の模様が入った浴衣を着た絢だった。
ふっと優雅に微笑み、玲の背後に回り込む。
「あ、玲、帯が少し曲がっていますよ? ちょっとこっちへ来てください。直しますから」
「えっ、あ、ありがとう絢……」
(みんなの浴衣姿が見られるなんて!! なんてご褒美っ!)
玲が脳内で悶絶していると、ふと、少し後ろを歩いている小柄な人影が目に入った。
「凌くん、人混み凄いけど、ちゃんと付いてきてる?」
心配になって声をかけると、渋い深緑の浴衣を着た凌は、あからさまに不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
「子どもじゃねーから! そんなにゾロゾロ金魚のフンくっつけてりゃ、見失うわけねーだろ!」
ピキッ。
一瞬にして、玲の隣をガッチリ固めていた律、豪、絢の三人の動きが止まった。
金魚のフン呼ばわりされた先輩たちの目が、ギロリと凌へ向けられる。
(ひぃっ! 凌くん、お盆早々に命を捨てに行かないで――!)
玲は横で冷や汗をかいた。
そんな様子に苦笑いしながら、サクラがそっとソノの肩に手を添えた。
「ソノちゃん、大丈夫? 人混み、苦しくないですか?」
桃色の可愛らしい浴衣を着たサクラが、本物の天使のような微笑みをソノに向ける。
その圧倒的な光のヒロイン力に、ソノは胸を手で押さえた。
(はぁ〜〜、サクラ先輩、やっぱり純度100パーセントの天使……。最高のご褒美スチルだわ……)
「よし! じゃあ、みんなが行きたいところを順番に回ろうよ!」
玲の提案で、まずは律の希望通り金魚すくいの屋台へと向かうことになった。
「よっしゃあ! 俺が一番すくってやる!」
「豪に負ける気しない。じゃあ、一番負けたヤツがりんご飴おごりね! 凌もやる?」
「いいぜ? 先輩といえど、返り討ちにしてやるから!」
ポイを手に持ち、凄まじい集中力で水面を睨みつける律、豪、凌の三人。
その賑やかで、微笑ましい光景を、玲は少し離れた場所から見つめていた。
(みんな、本当に楽しそうだな……)
ふっと、玲の口元に慈愛に満ちた笑みが浮かぶ。
「夏祭りイベントって、前作では尺の関係で没になったんだよねー。ここで回収できてよかった!」
ぽつりと、本当に小さな独り言のつもりだった。
「え……?」
すぐ隣にいたソノの身体が、微かに強張る。
(今……なんて言った? 前作? 没? 回収……?)
ソノの脳内コンピューターが、爆速で過去の記憶を検索し始める。
(確かに、夏祭りは『恋エグ1』では描かれず、続編の『恋エグ2』だけのイベント。でも……『尺の関係で没になった』なんて制作裏話、聞いたことない。それに――)
ソノは、恐る恐る玲の横顔を見上げた。
玲は本当に愛おしそうに、温かい目でみんなを見つめている。
その眼差しは、推しを崇めるオタクのそれではない。
まるで、自分が生み出した大切な子どもたちを、優しく見守るような――。
(生みの……親……?)
ゴクリ、とソノは唾を飲み込んだ。
確かめなくてはならない……。この人が、一体何者なのかを。
「玲先輩」
ソノは玲の袖をそっと引き、声を落とした。
「こっちに、花火がよく見える秘密の穴場があるんです。ちょっと一緒に行きませんか?」
「えっ、本当!? じゃあ、みんなを呼んで――」
「あ、いえ! まずは二人で本当に見えるか確認しに行きましょう。すぐそこですから」
「そっか、分かった!」
玲は、金魚すくいに夢中になっているメンバーたちに声を張り上げた。
「みんなー! ちょっと下見してくるから、そこで待っててね!」
賑やかな出店の喧騒が遠ざかり、二人は神社の横にある、人気のない木立ちの裏へと足を踏み入れた。
遮るもののない夜空が広がり、遠くの街の灯りが見下ろせる静寂の空間。
ソノは立ち止まり、振り返った。
その瞳には、冷徹なプロファイラーの光が宿っている。
「玲先輩……、お聞きしたいことがあります」
「うん? ……どうしたの?」
玲は不思議そうに首を傾げる。
「オープンキャンパスの日の差し入れ、どうしてあの飲み物を選んだんですか?」
唐突な質問に、玲は少し拍子抜けしたように笑った。
「あはは。なんだ、そんなこと? えっとね、豪、律、絢、サクラちゃんの好みは知ってたんだけど……ソノちゃんと凌くんの好みが分からなくてさ。だから、無難な緑茶と、私が大好きな『いちごミルク』と『おしるこ』を選んだんだよね! ほら、徹夜で疲れた時って、やっぱり甘い物に限るからさ!」
「……。じゃあ、凌が『ミネラルウォーターしか飲まない』の、知ってましたか?」
「えっ!? そうなの!? ……あちゃー、そっかぁ〜。悪かったなぁ、気を使わせちゃったね……」
玲は本当に申し訳なさそうに頭を掻いた。
(……嘘をついているように見えない。玲は、『恋エグ2』の攻略対象である凌の『水縛り設定』を知らない。つまり、玲は続編のプレイヤーではない。)
ソノは次のカードを切った。
「玲先輩は、みんなのこと……どう思っていますか?」
玲は少し照れ臭そうに笑う。
「うーん、そうだなぁ。律はゲームの話してて楽しいし、豪はいつも励ましてくれて頼りになる。絢は時々ドキッとさせられる王子様枠で、サクラちゃんは癒しの天使。凌くんはまだ分からないところもあるけど、素直になれないところが可愛いよね。そして、ソノちゃんもまだ付き合いは浅いけど……もっと仲良くなりたいなって思ってる。家族……というより、子どもみたいに大切な存在だよ!」
その言葉に、ソノの鼓動が跳ねた。
(『子ども』……プレイヤーなら出てこない表現。まるで『作った人間』。)
最後の確認──これだけは、どうしても聞かなければならない。
「先輩は、朝起きたら見覚えがない天井で、鏡を見たら自分じゃない……そんな体験をしたことはありますか?」
(!!)
ピクッ、と玲の身体が明確に跳ね上がった。
一瞬、笑顔が消える。
アメジストの瞳が、驚愕と動揺でこれ以上ないほど見開かれた。
(当たり。)
ソノは確信した。
「あー、あるある! 旅行先で起きた時に、『あれ? ここどこだっけ?』ってこと! 鏡も、徹夜明けで映った顔見て『誰この化け物!? 私じゃない!!』ってなる! 現代社会の闇だね!!」
息もつかせぬほどの弾丸トーク。
笑顔で冷や汗を拭う玲。
(……隠した。やっぱり!!)
バラバラだったピースが、ソノの脳内で組み合わさっていく。
――『恋エグ』には異常に詳しいけど、『恋エグ2』は知らない。
――攻略対象ではなく、親のような目線。
――そして、転生質問への過剰反応。
ここまで揃えば十分だった。
ソノは真っ直ぐ玲を見つめる。
「玲先輩。もしかして、あなたは――『恋エグ1』の開発者……」
その時──
「会長ーーーーーーーーーーッ!!」
草むらを突き破る勢いで、四人が飛び込んできた。
「玲! 見つけた! 俺、金魚5匹釣ったよ!」
「若い男女が暗闇に二人きりとは、感心しませんね。」
「如月! お前の分のりんご飴! 俺のおごりな!」
「花火始まる! 会長が迷子になってどうすんだよ!」
玲は「あっ、みんな!」と笑顔になり、そのまま四人に囲まれて連れていかれる。
夜空に、ヒュルルル……と一本の光が昇り、ドンッ! と大きな大輪の打ち上げ花火が咲き誇った。
その光に照らされながら、ソノはぎゅっと拳を握り締める。
(間違いない。玲は転生者。そして──この世界を生み出した人。つまり……神!?)
夏祭りの夜。
二人の「転生者」による攻防戦が、静かに幕を開けた。




