第四十話 学校見学会パニック、プロファイリング開始!?
準備を重ねてきた「学校見学会」の当日。
梅雨の晴れ間に恵まれた校内は、大勢の中学生やその保護者たちで熱気に満ちあふれていた。
生徒会が特設した「学校紹介・相談ブース」も、開始早々から大盛況――というより、完全にキャパシティを越えていた。
「わぁ、制服もすごく可愛いですね! 先輩、学校行事で一番楽しいのは何ですか?」
「如月会長! 一緒に写真撮ってもいいですか!?」
「まあ、なんてハキハキして素敵な会長さんかしら。うちの子もこんな風に育ってくれたら……」
ブースの中心に立つ如月玲は、中学生から大人の保護者まで満遍なく囲まれ、さながらアイドルのファンミーティング状態になっていた。
「ありがとう! みなさんとまた会えるのを楽しみにしています。」
玲が眩いばかりの笑顔を振りまくたびに、周囲から「ほわぁ……」と黄色い溜め息が漏れる。
「やっぱり玲会長は凄いですねっ! 中学生のみなさんも一瞬で笑顔にしちゃうなんて。私、ますます尊敬しちゃいます!」
特設受付の席で、隣に座る副会長のサクラが両手を頬に当ててキラキラと目を輝かせる。
そんな健気な前作ヒロインの純粋すぎる視線とは対照的に、ソノは心の中で冷ややかに呟いた。
(……うん。中学生どころか、外部の人間を男女問わず一瞬でたらし込んでる)
サクラのピュアな言葉を耳に流しながら、ソノは玲を鋭く凝視した。
『糖度・供給』発言以来、ソノは玲に疑いの目を向けていた。
(玲は、ただのバグのキャラ変じゃない。……絶対、裏に何かある!)
ソノが冷徹なプロファイラーの目で玲を観察している間にも、周囲では「恋愛イベント」が大渋滞を起こしていた。
案内中の中学生の群れに押され、玲が「おっと……」と小さく体勢を崩した、その瞬間――
「如月! 大丈夫か!?」
ドンっと、豪の分厚い胸が玲の身体を支える。
その横から律がスッと現れ
「玲、人混みで疲れちゃったでしょ。これ飲んで休憩して?」
ポケットからマイボトルを取り出して、玲の口元へ優しく突きつけている。
さらに、男子中学生の一団が「あの先輩、超美人じゃね? 連絡先聞けないかな……」と玲に近づこうとした瞬間。
「おや?」
スッと間に立ち塞がった絢は
「当校の『校則』について、何か詳しくお聞きになりたいことでも? ――例えば、不純交友の罰則について、とか」
これ以上ないほど極上の、けれど見るものを震わせるほどの笑顔を浮かべる。
その凄まじい威圧感だけで、男子中学生たちは「ひっ……!」と悲鳴を上げて退散していった。
そんな中、一際物々しい空気を放っていたのが、新入生の凌だった。
女子中学生たちが玲に群がり、「握手してください!」「サインいいですか!?」とキャーキャー言っている輪の中に、鋭いアイスブルーの眼差しで割り込んでいく。
「おい、お前ら! ゾロゾロと群がるな! 会長の仕事の邪魔だ!」
ドスの利いた声で、中学生を威嚇する凌。
あまりの剣幕に蜘蛛の子を散らすように逃げていく中学生たちは、引き攣った顔でヒソヒソと囁き合った。
「ひっ、何あの一年生の先輩……会長の専属SP?」
「いや、目がガチすぎて怖い。……もしかして、会長の命を狙ってる暗殺者なんじゃ……」
当然、玲にはそんな物騒な誤解など聞こえていない。
「あはは、凌くん。みんなを綺麗に誘導してくれてありがとう!」
玲が不器用な後輩の労をねぎらうように、ぽん、と凌の頭を優しく撫でた。
「っ!? べ、別に誘導なんてしてない! 監視の邪魔だからどかせただけだっ!」
案の定、凌は耳の裏まで真っ赤にして怒鳴り散らしたが、頭を撫でる玲の手を振り払うことはしなかった。
「…………。」
その一部始終を受付から見ていたソノは、手元の書類を握りしめた。
(玲の動き……頭を撫でるタイミング、笑顔、距離感――全部が攻略本の正解ルートみたい。……まるで攻略対象たちの『落とし方』や『ツボ』を完璧に熟知してるような……)
ソノの脳内で、如月玲という存在への疑惑がどんどんアップデートされていく。
――夕方。
見学会がすべて無事に終わり、疲れ果てた生徒会メンバーたちは生徒会室へと戻ってきた。
「みんな、今日はお疲れ様! これ、みんなへの差し入れ!」
玲が笑顔で机の上に飲み物を置いた。
「スポーツドリンク、ストレート紅茶、炭酸飲料、ミルクティー、緑茶、いちごミルク、おしるこ……好きなの取ってねー!」
(あっ……これ凌は飲めないやつだ)
『恋エグ2』の凌は、ミネラルウォーターしか飲まない。
それ以外の飲み物をプレイヤーが選んだら、拒否して好感度が下がるシナリオがあった。
ソノは様子を見守る。
それぞれが飲み物を受け取り、最後に机の上にはいちごミルクとおしるこが残った。
(……っていうか、豪先輩たちにはドンピシャで大好物を渡しておいて、なんで凌にはこの二択なわけ!?)
「凌くん、どっちがいい?」
玲が無邪気な笑顔で聞いてくる。
「えっ……お、俺は……」
凌は躊躇したが、玲の顔を見ると断れなかった。
「じゃ、じゃあ、おしるこで……」
ソノに衝撃が走った。
(ありえないっ!! あの凌が……拒否設定を無視しておしるこなんてっ!!)
ゲームを知っている人だったら、間違いなく凌の好みの物を選んでいたはずだ。
けれど、玲は凌に好みでない物を受け取らせてみせた。
一介のプレイヤーができる技ではなかった。
(転生者……? いや、それなら凌の好みを外す理由が説明できない。プレイヤーでもない。じゃあ何? システムそのもの……?)
疑惑が限界突破したソノは、静かに立ち上がった。
そして、隣でカリカリとキャンパスノートに何かを書き込んでいる凌の元へと歩み寄る。
「凌くん。そのノート、ちょっと貸して!」
「はぁ!? 何するんだよお前、いきな――」
パシッ!!!
「おいっ!?」
ソノは力ずくで、凌の手からノートを強奪した。
「返せよっ!」
顔を真っ赤にして掴みかかってくる凌を、ソノは片腕で完全にブロックし、もう片方の手でページをパラパラと高速でめくっていく。
そこには、凌の主観による『如月玲の行動記録』がびっしりと書き連ねられていた。
『集中すると飯を食い忘れる』
『無防備な笑顔で周囲を狂わせる』
『旧書庫で人の頭を撫でてくる。ずるい』
――。
それを見たソノの目が、探偵のようにギラリと光る。
(やっぱり……攻略対象たちは、完璧に玲の手のひらでコントロールされている。攻略対象の好みを知っているだけじゃない。好みを外しても、好感度が上がっている。そんなこと、プレイヤーにできるはずがない。だとすると――)
ソノは唖然とする凌の手からさらにペンを引っこ抜くと、そのノートの余白に特大の文字で力強く書き足した。
『如月玲(黒幕説)プロファイリング日記』
「おい!! 人のノートに何勝手に不穏なタイトル書き込んでんだよっ!!」
「ふぇ!? なに、喧嘩ですか!?」
ガタッと椅子を鳴らして怒る凌の横で、サクラがオロオロしている。
そんな周囲の喧騒をよそに、ソノはある結論にたどり着いた。
(……間違いない! あなたは……現実世界のデータを吸収して『最適解』を導き出し、さらに本来のシナリオを書き換えることができる……恐ろしいNPCシステム(黒幕)!! )
ソノの目が、獲物を狙うハンターのように鋭く細められた。
(あなたの思う通りにはさせない!! 私が、本来のシナリオを取り戻してみせる!!)
ソノの斜め上にズレまくったプロファイリング(ストーキング)が、生徒会にさらなる嵐を巻き起こすことを、まだ誰も知らなかった。




