第三十八話 新入生歓迎ドッジボール大会〜歓迎の意味、間違えてませんか!?
五月の爽やかな青空の下。
校庭には歓声とホイッスルの音が、絶え間なく響いていた。
新入生歓迎を兼ねた、春の恒例行事『球技大会』。
今年度の種目は、全学年クラス対抗による「ドッジボール大会」だった。
「みんなー! 怪我をしないように、無理だけはしないでねー!」
大会実行委員の本部テント前で、メガホンを片手に生徒たちへ笑顔で手を振る如月玲。
その姿は、冷徹生徒会長の面影など微塵もなく、完全に全校生徒の安全を見守る聖母のそれだった。
(……うん。もう突っ込むのも疲れてきたけど――)
本部席の後ろでスコアボードの準備をしていたソノは、心の中で深くため息をついた。
(本来の球技大会イベントって、冷徹な玲が『怪我人の出ないよう、効率的に運営しろ』って冷たく指示を出しつつもみんなを想う……あのギャップ萌えを回収するイベントのはずじゃなかったっけ!?)
現実は違った。
「如月! 俺の試合、見ててくれよな! 相手チーム、全員外野送りにして絶対勝つから!」
体育委員長として大会を引っ張る神城豪が、きらきらした笑顔で玲に駆け寄る。
「うん、応援してるよ! でも、ほどほどにね?」
「おう!」
ブンブンと、ちぎれんばかりに尻尾を振る大型犬のような豪。
(ほどほどって何? 今の会話、何も抑止できてないけど……)
さらに、その横から不満げな声が上がる。
「えー、豪ばっかりずるい。玲、俺の試合も見に来てよ」
ゼッケンをつけた白砂律が、玲の袖をきゅっと引っ張った。
「律も出るんだね! あ、でも律ってこういう行事めんどくさがって、いつも保健室でサボってなかったっけ?」
「玲がコートの端っこで見ててくれるなら、本気出す。……だから、来て?」
上目遣いで、普段の気怠げな雰囲気からは想像もつかない甘えた声を出す律。
「もちろん、見に行くから!」
「約束?」
「約束!」
律はその言葉を聞くと、満足そうに駆けていった。
(えっ? 何? この甘酸っぱい感じ……。『恋エグ2』の白砂律はどこに行ったーー!?)
ソノの脳内ツッコミが追いつかない。
午後になり、一年生クラスの男子ドッジボールの試合が始まった。
コートの周囲には、一際大きな人だかりができている。
「おい、あれって……あの黒崎冴先輩の弟だろ?」
「やっぱり運動神経いいな。でも、やっぱり冴先輩と比べると、ちょっと線が細いっていうか、迫力に欠けるよな……」
周囲から漏れ聞こえるヒソヒソ話に、コート上の黒崎凌の眉がピクリと跳ねた。
(……まただ。どこに行っても、俺は『兄さんの弟』としてしか見られない)
凌の動きに、わずかな焦りと硬さが混ざり始める。
相手チームの外野から放たれた鋭いボールに、一瞬反応が遅れた。
(クソッ……!)
直撃を覚悟し、凌が目を瞑りかけた、その時だった。
「凌くーーん!! 後ろ、気をつけてーーっ!!」
コートのすぐ脇から、よく通る澄んだ声が響き渡った。
凌がハッとして顔を上げると、そこにはメガホンを両手で握りしめ、全力でこちらに身を乗り出している玲の姿があった。
「凌くん! 今の身のこなし、すっごく綺麗だったよ! 次、カウンター狙っちゃえ!!」
「……ッ!?」
『他の誰でもない、凌くんが生徒会に入ってくれて嬉しいんだから』
脳裏に、数日前の夕暮れ時の言葉が蘇る。
凌の瞳に、一瞬で鋭い光が戻った。
(……そうだ。あいつに不様な姿を見せたくない!!)
そこからの凌のプレーは圧巻だった。
相手のエースが放った剛速球を、胸元できれいに吸い込むようにノーバウンドキャッチ。
どっと沸くギャラリー。
凌はすかさず、捕った勢いのまま相手コートの死角へ向かって、弾丸のようなストレートを投げ込んだ。
ズバァンッ!
小気味いい音がして、相手の内野が一人仕留められる。
凌は小さくガッツポーズをしながら、真っ直ぐに玲の方を見た。
「かっこいいよ、凌くん!」
玲が、自分のことのように飛び跳ねて喜んでいる。
それを見て、凌の口元がほんの少しだけ、嬉しそうに綻んだ。
大会の締めくくりは――エキシビションマッチ。
それは、各学年の優秀クラス選抜チームと、急遽結成された「生徒会・実行委員チーム」によるドッジボール対決だった。
「ええっと……私、ドッジボールなんて中学生以来なんだけど、大丈夫かな……?」
恐る恐るコートの内野に立つ玲(中身アラサー女子)。
その瞬間、同じチームのメンバーたちの目の色が変わった。
「玲、俺の背中の後ろから一歩も動くなよ。指一本触れさせねえから」
豪が玲の前に立ちはだかり、巨大な壁となる。
「玲、もしボールが来たら俺を盾にしてね。身代わりになるの、全然嫌じゃないから……」
律が玲の斜め前にスッと立ち、眠たげな目を一変させて相手コートを睨みつける。
「玲を狙おうなどという不届き者がいたら……ふふっ、分かってますよね?」
外野に配属された千早絢が、極上の、けれど完全にマイナス百度の笑顔で相手チームを威嚇していた。
(人間盾の結成が早すぎる!!! っていうかみんな過保護の鬼!?)
ソノがベンチで戦慄する中、試合が始まった。
豪の剛速球と律の精密なコントロール、そして外野からの絢の冷酷なアタックにより、相手チームは次々と仕留められていく。
しかし、相手の選抜チームもなかなかのもの。
隙を突いた鋭いパスワークで、ついに豪と律のディフェンスを掻い潜り、ボールがフリーになった。
「チャンスだ! 生徒会長を狙え!!」
相手の男子生徒が、内野の奥にいた玲に向けて、渾身の力でボールを投げ放った。
(どうしよう……玲のチート能力で本気で投げたら、相手チームの人に怪我させちゃうかな……。ここはみんなに任せて、大人しく当たって、サクラちゃんと応援しよう!)
そう判断した、その瞬間だった――。
「――危ないッ!!」
鋭い怒声とともに、横から光の速さで飛び込んできた影があった。――黒崎凌だ。
凌は玲の細い腰をガシッと片腕で引き寄せると、そのままの勢いで玲を抱きすくめるようにして、自分の体ごとコートへ滑り込ませた。
強烈なボールが、二人の頭上をかすめて背後の壁に激突する。
砂埃が舞うコートの上。
凌は玲を床との間に庇うようにして、完全に抱きしめる形で息を弾ませていた。
「……おい、お前……避けろよ、バカっ!! なんであんな棒立ちしてんだよっ!?」
凌が険しい表情で玲を見下ろす。
二人の距離は、お互いの吐息がかかるほどに近かった。
「あ、あれ? 凌くん……? う、うん。助けてくれてありがとう……?」
自分を必死に守ってくれた不器用な後輩の優しさに、玲は腕の中でふにゃりと笑った。
その至近距離での笑顔の破壊力に、凌はドクンと心臓が跳ね上がるのを感じた。
「……っっ!!!?」
凌の顔が、一瞬で耳の裏まで爆発したように真っ赤に染まる。
「な、な、何笑ってんだよ!! こっちは必死に……っ!!」
凌は慌てて玲をパッと放すと、ガバッと立ち上がり、ボフッと顔を両手で覆って絶叫した。
「クソッ……! なんなんだよもう!! わけわかんねえ!!」
「あはは、ごめんね? でも、本当に王子様みたいで格好よかったよ?」
起き上がりながら、玲はなおも無自覚な天然たらしを炸裂させていた。
その一部始終をベンチで見ていたソノは、持っていたスコアボードのペンを思わずペキリと折った。
(それ!! 『恋エグ2』のメインビジュアルにも使われてた、凌ルートの神スチル『危機一髪、密着抱擁』じゃん!! また、玲のスチルになってる!!)
ソノは心の中で、本日何度目か分からない涙を流していた。
すると――。
「おや、ソノさん。ペンが折れてますよ?」
背後から、上品な、けれど妙に冷たい声がした。
振り返ると、いつの間にかコートから戻ってきた絢が、冷え切った笑顔で立っていた。
ふぅっと、絢は軽く息を吐く。
「……新入生は、少々玲に甘えすぎな気がしますね。生徒会の『教育』が必要でしょうか……。」
「あ、あの、千早先輩……。私怨で権力を使うのはやめてあげてください……」
(もうダメだ、この世界……)
ソノは空を見上げた。五月の青空が、やけに眩しく、そして切なかった。
(私の推しは天然の魔性だし、周りの攻略対象は全員重度の同担拒否オタク。……誰か、このバグだらけのゲームの修正パッチを当ててください……!!)
ソノの切実な祈りも虚しく、玲を巡る生徒会の歪んだ(?)絆は、この日さらに強固なものになっていくのだった。




