第三十六話 歓迎会なんて聞いてないっ!?
春の日差しが大きな窓から差し込み、生徒会室を柔らかく照らしていた。
新学年が始まり、一週間。
「ソノちゃん、もう仕事は慣れた?」
「はい。」
短く返事をしながら、ソノは書類を丁寧にファイルへ綴じていく。
生徒会の仕事はほとんど覚えてしまった。
(……仕事は問題ない。)
問題なのは――。
コンコン。
軽いノックの直後、生徒会室の扉が開いた。
「失礼しまーす。」
聞き慣れた声に、生徒会室の全員が一斉に顔を上げる。
「……また来た。」
律が呆れたように呟いた。
入ってきたのは、黒崎凌。
入学式の日以来、毎日のように生徒会室へ顔を出している新入生だ。
凌は何も言わず、当然のように玲の正面の椅子へ腰を下ろす。
そして腕を組み、じっと玲を見つめ始めた。
その視線は、今日も変わらず鋭い。
玲は苦笑いを浮かべる。
「凌くん……今日は何の用かな?」
「別に。」
頬杖をつきながら、凌はぶっきらぼうに答えた。
「お前の何がいいのか、観察しに来ただけだ。」
「えぇ……。」
玲は困ったように肩を落とす。
「ま、俺のことは気にしなくていいから」
「いや、気になるよ!?」
玲が思わず突っ込むと、生徒会室にはくすくすと笑い声が広がった。
「お前さ……」
豪が腕を組みながら笑う。
「そんなに毎日来るなら、もう生徒会入っちまえよ。」
「はぁ!?」
凌は勢いよく立ち上がった。
「誰が入るか!」
「でも……」
絢が優雅に紅茶を口へ運びながら微笑む。
「生徒会の中にいた方が、玲の為人もよく分かるかもしれませんよ?」
「……。」
「今なら、庶務のポストも空いていますし」
凌は思案する。
(……確かに。外から見てるだけじゃ限界がある)
数秒後。
「……分かった。」
ぼそりと呟く。
「俺、庶務やる。」
「えっ!」
玲の顔がぱっと明るくなった。
「本当!? ありがとう!」
勢いよく立ち上がると、そのまま凌の前まで歩いていく。
「じゃあ、決まり! 改めてよろしくね、凌くん!」
玲はそう言って右手を差し出した。
「……。」
凌はその手を見つめる。
そして――。
「……俺、まだお前を認めたわけじゃないから」
そう言うと、凌は玲の手を取らないまま部屋を出ていった。
(凌くんって……なんか野良猫みたいな子だなぁ)
玲は黙ってその背中を見送った。
凌が出ていったあと、生徒会室にはまた穏やかな時間が戻っていた。
ソノは手元の書類を片付けながら、周りの様子を覗う。
この一週間、感じていること。それは――
(攻略対象同士の距離感が、やたらと近いっ!!)
今も目の前では、律と玲が顔を寄せ合って話をしている。
「ねぇ玲、これ見て!」
律がゲーム雑誌を広げる。
「うわっ! 新作発表!?」
玲の目が輝いた。
「えっ、発売来月!? 待って、PVもう見た!?」
「まだ。一緒に見よう?」
「見たい見たい!!」
髪が触れ合うような距離で、二人は律のスマホを覗き込む。
(えっ? えっ? これって……見てていいやつ?)
仲睦まじさに少し赤面しながら、ソノはそっと視線を逸らす。
「おいおい、まだ仕事中だぜ?」
すると、豪が呆れたように二人に近づいてきた。
そして、ぽんっと玲の肩へ腕を回す。
「サッカー部の遠征計画、できたぞ!」
玲は目を丸くする。
「もう? 早いね!」
「お前に頼まれたからな!」
豪は白い歯を見せて笑う。
「さすが、豪! 頼りになる!」
今度は二人で、楽しそうに資料を眺めている。
(豪と玲って……犬猿の仲ってくらい意見が合わなくていつも衝突してたのに……何があった!?)
さらにその横から、絢が紅茶を差し出した。
「玲。」
「ありがとう。」
玲は自然にカップを受け取る。
一瞬、触れ合う手。
「今日は駅前に新しい雑貨屋がオープンしたそうですよ? 放課後、覗いてみませんか?」
「いいね! ちょうど気になってたんだ!」
「ふふ。楽しみにしていますね。」
絢の瞳が、これ以上ないくらい嬉しそうに細められる。
(なんだろう……この二人の雰囲気。耽美なイラストを見ているような、色気がすごい……!!)
ソノは手で顔を覆いつつ、指の隙間から見える二人の姿に目を離せない。
そんなことを考えていると、玲がぱんっと手を叩いた。
「ねぇ、ソノちゃんも凌くんも生徒会に入ってくれたことだし――」
玲は声高に言った。
「明日の放課後、歓迎会しない!?」
そのひと言に生徒会室が沸き立つ。
「いいですねっ!」
サクラが真っ先に賛同の声を上げる。
「場所は……今から借りるのも難しいでしょうから、生徒会室でいいですか?」
早速、段取りを立てる絢。
「俺は凌にそのこと伝えとく!」
豪が言うと
「じゃあ、足りない物の買い出しは俺がしとくね」
律が申し出た。
ただ一人。
ソノだけは、完全に思考停止していた。
(……え? 何? 歓迎会!? いや、もう別ゲームなんだけどーーーーっ!?)
ソノは心の中で絶叫した。
翌日、放課後――。
生徒会室のテーブルには、お菓子やジュースが所狭しと並べられていた。
「わぁ……! すごい!」
サクラが目を輝かせる。
「みんなで持ち寄ったら、思った以上に豪華になりましたねっ!」
生徒会室に温かい空気が流れる。
紙コップにみんなのジュースが注がれる。
「はい、凌くんの分。」
玲は、隣の凌に紙コップを差し出した。
「……。」
腕を組んでいた凌は、気まずそうにそのコップを受け取った。
「べ、別に、俺はまだあんたを認めたわけじゃないし……」
「うん」
「ここにいるのは、監視のためだから……」
「うん」
「……。」
玲はくすっと笑った。
「それでも、来てくれて嬉しいよ。」
その一言に、凌は言葉を失う。
「……っ。」
耳をほんのり赤く染めると、ふいっと顔を背けた。
玲は紙コップが行き渡ったのを見計らうと、その手を上にあげた。
「それじゃあ――」
自然と全員の視線が玲へ集まる。
「ソノちゃん、凌くん、生徒会へようこそ!」
玲は柔らかな笑みを浮かべた。
「これから一年、みんなで楽しい思い出をたくさん作ろう! 乾杯っ!」
「「「「「「「かんぱーいっ!!」」」」」」」
軽やかな音が重なり、生徒会室は笑顔で満たされた。
その光景を見つめながら、ソノは静かに息をのむ。
冷徹だった玲。
面倒くさがりだった律。
衝突ばかりしていた豪。
仕事以外では距離を置いていた絢。
玲に憧れを抱いていた凌。
(私が知る攻略対象たちと、目の前にいるみんなは全然違うけれど――。)
ソノは、不思議と胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
玲はぼんやりしているソノに気づくと、優しく笑いかけた。
「ソノちゃん?」
「……はい」
「改めて、よろしくね。」
「…………。」
(……玲なんて、もう別人。だけど……)
ゲームでは決して見ることのなかった、その笑顔から――
ソノは、目を離すことができなかった。




