第三十五話 私の推しが、おかしい!?
春――。
桜が舞い、新しい制服に身を包んだ生徒たちが校門をくぐっていく。
玲たちも三年生へ進級し、新しい一年が始まろうとしていた。
「今年もよろしくお願いしますっ、玲会長!」
副会長となったサクラが元気よく頭を下げる。
「こちらこそ! 今年もよろしくね!」
玲も笑顔で返した。
「サクラちゃんも副会長かぁ。もうすっかり頼もしくなったね!」
「えへへ……ありがとうございますっ!」
一年前は生徒会に入ったばかりだったサクラも、今では玲の右腕として立派に成長していた。
「律、豪、絢。今年もよろしくね!」
今年も引き続き生徒会に残ってくれているメンバーを見渡し、玲は声をかける。
「もちろん、玲のために頑張るよ!」
引き続き会計業務を担当してくれる白砂律。
めんどくさがりのサボリ魔だった律も、ここ最近は毎日生徒会室に顔を出して積極的に玲の手伝いをしてくれている。
「こちらこそ、よろしくな!」
引き続き体育委員長をする神城豪。
変わらず太陽のような笑顔を玲に向けている。
「はい。僕の方こそ、またあなたの側にいられるなんて光栄です」
引き続き広報担当の千早絢も、極上の笑みを玲に向けた。
「今日の入学式、新入生のみなさん初々しかったですね!」
サクラは声を弾ませた。
「新入生代表をした黒崎凌って、あの黒崎冴先輩の弟だよな?」
豪はびっくりした面持ちだ。
絢も続ける。
「ええ。黒崎先輩に弟がいるなんて聞いてなかったのでびっくりしました。玲は知っていましたか?」
「ううん。そんな話聞いたことないんだよね……」
(確か、ゲーム開発時には冴先輩に弟がいるなんて設定つけてなかったと思うんだけど……)
「あ。あと、今日二年生に編入してくる生徒がいるんでしょ? すっごく優秀な子だから、生徒会に入るって聞いたよ?」
律が身を乗り出す。
「そうそう! サクラちゃんの後を引き継いで書記をやってくれる女の子が……」
玲がそう言った、その時だった。
コンコン。
「失礼します。」
静かな声と共に、生徒会室の扉が開く。
そこには、二つ結びにした銀髪の少女が立っていた。
(えっ……この子、どこかで……)
玲は見覚えがあるように感じたものの、はっきりと思い出せない。
銀髪の少女は、玲の方をじっと見つめ話し始めた。
「本日より編入しました、ソノといいます。よろしくお願いします。」
落ち着いた口調。
感情をあまり表に出さない整った顔立ち。
玲は笑顔で立ち上がる。
「ようこそ、生徒会へ! ソノちゃんだね、聞いてるよ。 今日からよろしくね!」
その笑顔を見た瞬間、ソノの思考が止まった。
(……え? ……誰?)
目の前にいるのは、間違いなく如月玲。
だけど――
(やっぱり違う……私の知ってる如月玲じゃない)
恋愛ゲーム『恋するエグゼクティブ2』(通称『恋エグ2』)
『恋エグ1』が人気になって開発、販売された続編。
ソノはそのゲームのサクラに代わる新たな主人公。
そして、目の前にいる彼は攻略対象の一人。
シリーズ最高人気とも言われた冷徹生徒会長・如月玲。
完璧で冷静、近寄り難く誰にも媚びない。
それがソノの知る、大好きな玲の姿だった。
それなのに――。
「荷物重かったでしょ? 手伝うよ!」
にこっと笑って荷物を受け取る玲。
(違う違う違う。玲はこんなに笑わないし、初対面でこんな優しくしない!)
頭の中が混乱する。
ソノの困惑を知らず、周りでは――
「ほらー。初対面でそんなに距離感近いからびっくりしちゃったじゃん」
律が少し呆れた声で言うと、
「それが、玲の良いところでもありますけどね?」
すかさず絢がフォローを入れる。
「えー、そうかなぁ?」
玲も照れ笑いを浮かべた。
(いや、違うから!)
ソノは心の中で全力でツッコんだ。
(そんな設定、一つもないから!!)
(イベントCGにも笑顔なんて無かったし!!)
(攻略本にも書いてない!!)
ソノは静かに玲を見つめる。
(どうして……何があったの? 私の推しが、こんな風に改変されてるなんて……。)
その時だった。
バンッ!!
勢いよく扉が開いた。
「おい、如月玲!」
鋭い声が響く。
そこに立っていたのは、一人の少年だった。
深みのあるダークグリーンの髪に、アイスブルーの鋭い眼差し。
先程、新入生代表で挨拶していた少年だ。
少年は玲を見るなり眉をひそめた。
「お前が如月玲か……。」
「え?」
玲は首を傾げる。
「俺は黒崎凌。黒崎冴の弟だ!」
その名前に、生徒会室が静まり返る。
玲が目を丸くする。
「兄さんが、お前を特別扱いする理由が分からない。」
「……へ?」
「俺は納得してない!」
凌は玲を真っ直ぐ睨みつける。
「完璧な兄さんが、どうしてお前なんかに骨抜きにされてるのか……。」
「いやいやいや!!」
玲は慌てて両手を振る。
「骨抜きって何!?」
「知らばっくれるな!」
「っ!?」
「俺には分かる! あまり人に興味がない兄さんが、お前の話になると嬉しそうな顔をして話すんだ。……お前がたらし込んだんだ!」
生徒会室に沈黙が流れた。
「えーっと……」
玲は困惑した。
(あの冴先輩が、嬉しそうに話をしてる……?)
みんな同じ想像をしたのだろう。
一緒に仕事をしたメンバーは、顔を背け肩を震わせている。
冴が静かに頭を抱えている姿が目に浮かぶ。
玲は苦笑しながら
「冴先輩にはお世話になっています。と、とりあえず……凌くんもよろしくね?」
玲は手を差し出したが、その手はパシンっと跳ね除けられた。
「断る!」
即答だった。
「えぇぇぇぇっ!?」
玲の悲鳴が生徒会室に響く。
その様子を見つめながら、ソノは静かに思う。
(こんなやり取り……知らない。この世界ははじめからバグってる。……知りたい。どうして、こんなに変わってしまったのか。)
何を思うのか分からない表情の下で、ソノは密かに決意を固めていた。
まだ誰も知らない。
彼女が『恋エグ2』の世界に紛れ込んだ転生者であることを――
そして、彼女もまた知らない。
目の前にいる玲も『恋エグ』の世界を知る転生者だということを――。




