if story① 冴END『共に歩む未来へ』
もし、あの日。 玲が冴との未来を選んだら――。
これは、卒業式の日の約束から始まる、 本編とは異なる"もしも"の物語。
卒業式の日。
『私の側へ来い。』
『お前となら、未来を共に歩みたい。』
『来年、お前の答えを聞かせてくれ。』
――あの日の言葉が、何度も頭の中でよみがえる。
冴が卒業して一週間。
クリスマスの日に約束していた本を探すため、玲は冴と街へ出かけていた。
「もう、東京へ行く準備はできてるんですか?」
「ああ。来週には向こうへ行く。」
「忙しいのに付き合わせてしまって、すみません……」
「構わない。」
冴は玲を見つめ、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「私も、お前とどこかへ行きたいと思っていた。」
「……それなら、良かったです。」
胸の奥が、ふわりと温かくなる。
しばらく歩くと、大きな書店が見えてきた。
木の香りと、紙の匂い。
静かな音楽が店内に流れている。
「玲。」
「はい?」
「今日は、お互いに一冊選ぼう。」
「え?」
「私はお前に贈る本を選ぶ。お前も、私に一冊選んでくれ。」
思わず笑みがこぼれた。
「楽しそうですね!」
冴は迷いなく文芸書のコーナーへ向かう。
玲は児童文学や小説の棚を眺めながら歩き回る。
(冴先輩に読んでほしい本……。)
難しい哲学書じゃない。
でも、きっと冴先輩なら、この物語の優しさを分かってくれる。
一冊の本を手に取る。
表紙を見つめ、自然と笑みが浮かぶ。
(この本、大好きなんだよね。)
一方その頃。
冴は静かに詩集の棚を見つめていた。
何冊も手に取り、戻し、また別の一冊を開く。
そして、一冊の本で指が止まる。
静かにページをめくる。
そこに綴られた人生と言葉。
今の玲には少し難しいかもしれない。
だが――。
きっと、この本は玲の支えになる。
「……これだ。」
冴は小さく呟き、その一冊を抱えた。
しばらくして、二人は待ち合わせていた休憩スペースで再会した。
「選べましたか?」
「ああ。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
「開けてもいいですか?」
「ああ。」
玲は丁寧に包装をほどく。
現れたのは、一冊の詩集だった。
「……ゲーテ詩集。」
思わず表紙を見つめる。
「ありがとうございます。でも……少し難しそうですね。」
照れ笑いを浮かべる玲に、冴は穏やかに頷いた。
「本は、その時の自分に必要な言葉だけが心に残る。」
玲は黙って耳を傾ける。
「今は分からなくても構わない。迷った時、苦しい時、立ち止まった時――何年後でもいい。その時、この本がお前の支えになってくれれば、それで十分だ。」
玲は詩集を胸へ抱き寄せた。
「……冴先輩らしいです。」
玲は自分の包みを差し出した。
「開けてください。」
冴は静かに包装紙を開く。
現れたのは、『星の王子さま』だった。
「これは……。」
「大好きな本なんです。」
玲は優しく微笑む。
「子どもの本だって思われることも多いんですけど、大人になってから読むと違った見え方がするんです。」
冴は静かにページをめくる。
玲は続けた。
『大切なものは目に見えないこと。』
『誰かを大切に思うこと。』
『一緒に過ごした時間が、その人を特別にしてくれること。』
「全部、この本が教えてくれました。」
少し照れながら笑う。
「だから、冴先輩が疲れた時……この本を読んで少しだけ肩の力を抜いてもらえたら嬉しいなって。」
静かな沈黙が流れる。
やがて冴が小さく息をついた。
「おもしろいな。……大切にさせてもらう。」
冴は受け取った本を、優しい瞳で見つめる。
その姿を見て、玲は卒業式の日の言葉がもう一度よみがえった。
あの時は、答えが分からなかった。
でも今なら――。
玲はゆっくりと息を吸う。
「……冴先輩。」
「どうした?」
玲は真っ直ぐ冴を見つめた。
「卒業式の時の答えなんですけど……。来年まで、待たなくて大丈夫です。」
冴の瞳がわずかに揺れる。
「今、お返事します……」
静かな時間が流れる。
一歩、冴へ近づく。
「私も……」
玲の瞳が少しだけ潤んだ。
「私も……冴先輩が好きです。」
冴は驚いたように玲を見つめる。
「だから……。私も、冴先輩と一緒に未来を歩きたいって思います。」
「……そうか。」
冴は静かに玲の左手を包み込む。
「では――今日から共に歩こう。」
その言葉とともに、冴は玲の左手をそっと持ち上げる。
そして、誓いを刻むように薬指へ静かに口づけを落とした。
「……っ!」
玲は息を呑む。
冴は薬指から視線を上げ、いたずらっぽく微笑んだ。
「今は、この場所の予約だけしておく。」
「よ、予約って……!」
頬を真っ赤に染める玲。
胸の奥が熱くなり、視界が滲んでいく。
この人は――。
今日だけではなく、その先の未来まで見据えてくれている。
そう思った瞬間、込み上げる想いが涙になってあふれた。
「……はい。」
玲は涙をこぼしながら、幸せそうに微笑んだ。
「ずっと……あなたの側にいます。」
窓の外では――
満開間近の桜が祝福するように春風に舞っていた。
冴End『共に歩む未来へ』




