第ニ十八話 迷子の子犬と、名前のない気持ち
「玲会長っ!」
自動販売機の前でサクラに呼び止められた玲は、烈に別れを告げ廊下を急ぐ。
「それでサクラ、何かあったの?」
「子犬です!」
「え?」
「子犬が学校に迷い込んじゃったんですっ!」
「子犬?」
「はい! 中庭にいて、みんなで捕まえようとしたら逃げちゃって……!」
「それは大変!」
玲の顔が真剣になる。
「急ごう!」
「はいっ!」
夕陽に染まる校舎を、二人は並んで駆け出した。
中庭。体育館裏。花壇の近く――。
思い当たる場所を探すが、どこにも子犬の姿は見つからない。
「うーん……」
「いないですねぇ……」
そんな時だった。
「あれ?」
サクラが足を止めた。
「どうしたの?」
「静かです」
「え?」
「さっきまで鳥が鳴いてたのに……こっちだけ静かなんです」
耳を澄ませる。
確かに……。
夕暮れの校舎裏だけ、不自然なくらい静かだった。
「何かいるかも!」
「サクラ、すごい!」
ぱあっと笑う玲。
「えへへ。おじいちゃんが『探し物をする時は周りを見ろ』って」
褒められて、サクラも嬉しそうに笑った。
一方、生徒会室。
「終わったぁ……」
最後の段ボールを片付け終えた豪が床へ座り込む。
ガチャッ。
「よっ!」
「鬼塚先輩!」
烈は両手に持っていた缶を掲げた。
「会長から」
「ありがとうございます! ……ところで、玲は?」
「サクラに呼ばれて行った」
「そうなんですね」
「ちなみに、俺はいちごミルク押し付けられた」
「ははっ、似合わないですね」
豪は思わず笑った。
唐突に烈は聞いた。
「……何かあった?」
「……ん?」
「顔赤いけど?」
「っ!?」
烈はニヤリと笑う。
「へぇー、やっぱり何かあったんだ?」
「別に……何も……」
「なぁ……会長の唇は柔らかかった?」
「ぶっっ!!」
豪は思わず口にしたコーヒーを吹き出しそうになった。
「な、何言ってるんですか!?」
「あれ、違った? 二人きりだったんだろ? てっきり我慢できなくなって盛ったんだと……」
「ゴホッゴホッ!! そんなことしませんよっ! あんたと一緒にしないで下さいっ!!」
豪は顔を真っ赤にしながら咳込んでいる。
いちごミルクを開けながら、烈は楽しそうに笑った。
「っていうのは冗談だけど……最近のお前、幸せそうだから」
豪はむせて涙目になった目をこすりながら言った。
「……そう見えますか?」
「あぁ。俺にはそう見えるけど……違うの?」
豪は自分の手を見つめた。
「……最近の俺、変なんです」
「うん」
「あいつのこと、目で追っちまうし、笑ってると安心するし、他の奴と話してるとモヤモヤする……」
「うん」
「今日だって……離したくないって思った」
「そっか」
烈は優しく目を細めた。
「これって……何なんでしょうね?」
豪は小さく呟く。
「さぁ?」
「えっ?」
「教えてやんない。……自分で気付け」
烈は意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。
「……俺から言うのは野暮だから」
校舎裏に来た玲とサクラは、そこで子犬の足跡を見つけた。しかし、姿が見つからない。
辺りを探していると――
「きゅーん」
鳴き声がした。
「!!」
二人は同時に振り返った。
「今の声!」
「生徒会室の方ですっ!」
玲とサクラは二人で駆け出した。
「あっ」
生徒会室の扉を開けた瞬間。
床には段ボールで作った簡易ベッド。
その上で小さな子犬がスヤスヤと寝息を立てている。
そしてその隣では、豪が子犬の背中を優しく撫でていた。
「うわぁ、豪くんらしいですね」
サクラは思わず頬を緩めた。
「ふふっ……大型犬が子犬を育ててる」
玲も優しく笑う。
その声に、豪は視線を向けた。
目が合う。
ドクン。
「……っ!」
「……っ!」
二人は慌てたように同時に視線を逸らした。
顔が赤くなる二人。
「?」
その様子に首を傾げるサクラ。
その後ろで肩を震わせている烈。
夕陽が差し込む生徒会室で、無事に迷子の子犬を確保できた。
その日の夜。自室。
ベッドに寝転んだサクラは、天井を見上げていた。
今日のできごとを思い出す。
楽しそうな玲。
優しく笑う豪。
そして。
目が合った瞬間、真っ赤になった二人。
(……あれ?)
胸の奥が、ちくりと痛む。
仲良しで、嬉しいはずなのに。
どうして少しだけ、寂しいんだろう。
窓の外では星が瞬いていた。
サクラはベッドの上のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「……これって何?」
答えてくれる人はいない。
思い出すたびに、胸の奥がもやもやする。
「……変なの」
小さく呟いて目を閉じる。
まだ名前も知らない、小さな気持ち――。
その答えを、まだサクラは出せずにいた。




