第ニ十七話 大型犬は恋をする!?
放課後の生徒会室――。
神城豪は、目の前で本棚の整理に夢中になっている人物を眩しそうに見つめていた。
最近、専ら豪の心をかき乱している人――如月玲。
この学園の生徒会長にして、完璧エリート御曹司。
以前はその完璧さゆえに近寄りがたい存在だった。
だが最近は違う。
よく笑い、誰にでも気さくに接するようになった玲は「話しかけやすくなった」「親しみやすくなった」と生徒たちからの評判も上々だ。
いつも賑やかな生徒会室は、今日は珍しく静かだった。
他のメンバーはそれぞれ用事で外出中。
広い部屋には、豪と玲の二人しかいない。
『せっかくだから、生徒会室の掃除をしよう!』
そんな玲の一言で、現在に至っている。
「ん?」
視線に気付いたアメジスト色の瞳が、不思議そうにこちらを向く。
「豪、どうしたの? 何かあった?」
胸がどきりと跳ねた。慌てて目を逸らす。
(ただ目が合っただけなのに……なんでこんなに顔が熱くなるんだよ……)
「体調悪いなら、今日は帰っても大丈夫だよ?」
「いや、大丈夫! ちょっとぼーっとしてただけだから!」
「そう? じゃあ悪いんだけど、そこの段ボール取ってくれる?」
「ああ。この文化祭の時のやつな?」
「うん。棚の上に片付けようと思って」
段ボールを受け取ると、玲は脚立へ上っていく。
「おいおい、お前危ないだろ!」
「大丈夫大丈夫! これくらい――……っ!?」
ぐらり。身体が傾いた。
「わぁっ!?」
「危ない!!」
ガシャン!!
考えるより先に身体が動いていた。
「っ……!」
玲を抱き寄せ、そのまま床へ倒れ込む。
ドサッ――。
「おい、大丈夫……!?」
言いかけた豪は息を呑んだ。
気付けば、玲を庇うように覆い被さる体勢になっていた。
大きく見開かれたアメジスト色の瞳。
薄く開いた桜色の唇。
床に広がる艶やかな黒髪。
視線を逸らしたいのに、逸らせない。
「……っ」
近い。近すぎる。
吐息が触れそうな距離。
ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
(ヤベェ……!)
豪は慌てて身体を起こした。
「ご、ごめん!! 大丈夫だったか!?」
「う、うん……豪が庇ってくれたから……ありがとう」
お互い視線を合わせられない。
妙な沈黙が落ちた。
豪が口を開いた。
「お前さ……こういうの、一人でやるもんじゃねぇだろ」
「ごめん。つい……」
「怒ってるんじゃなくて……」
豪は少し視線を逸らした。
「お前に何かあったら……俺が嫌なんだよ」
玲の瞳がぱちりと瞬く。
「豪……」
「だから、ちゃんと頼れ」
すると玲は、ふわりと笑った。
「うん! 今度は最初から豪に頼るね!」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
(駄目だ……最近、こいつのことばっか考えてる)
一緒にいると楽しくて。
笑ってくれると嬉しくて。
危ない目に遭えば心臓が止まりそうになって。
気付けば、いつも目で追っている。
そして今も――。
腕の中にいた温もりを、まだ忘れられない。
(……離したくねぇ)
そんなことを思ってしまった自分に、豪は目を見開いた。
「……豪?」
我に返る。
玲は不思議そうにこちらを見ていた。
「豪も疲れたでしょ? ちょっと休憩しようか。飲み物買ってくるね!」
「って、おい!」
玲は返事も待たず、生徒会室を飛び出していった。
静かになった部屋を見回す。
倒れた脚立。散乱した段ボール。
「……これ、俺一人で片付けるのかよ?」
思わず苦笑が漏れる。
「はぁ……もう」
口元が自然と緩んだ。
「あいつには敵わねぇな……」
生徒会室を飛び出した玲は、早足で廊下を歩いていた。
ドクドクドク――。鼓動がうるさい。
さっきの光景が、頭から離れない。
脚立から落ちかけた瞬間。
豪が飛び込んできて――。
気付けば、目の前には豪の顔があった。
一瞬。
何か柔らかいものが唇に触れたような気がした。
……気のせい? それとも――。
「~~~っ!」
玲はぶんぶんと首を振った。
「何考えてるんだ、私は!」
豪の腕の中は暖かくて、太陽みたいな匂いがして。
不思議なくらい安心できた。
嫌じゃなかった。むしろ――。
「うぅぅ……!」
自分を誤魔化すように、玲は自動販売機の前に立った。
「豪に片付け押し付けて来ちゃったし……お詫びに奢ってあげよう!」
「あっ、会長!」
「烈?」
鬼塚烈が、こちらへ歩いてくる。
「何してんの?」
「あっ、豪と生徒会室の掃除してたんだけど、休憩がてら飲み物を買いにね……」
「へぇー……一人で?」
「う、うん!」
烈は目を細めた。
ほんのり赤い頬。少し乱れた髪。
どこか落ち着かない様子。
(あーあ……大型犬、なんかやらかしたかな?)
そう思った時だった。
「玲会長っ!」
元気な声が飛んでくる。
「サクラ?」
「良かった~! 探してたんです!」
「何かあったの?」
「はい! ちょっといいですか?」
「あ……」
玲は困ったように両手の缶を見つめた。
「あ、俺ちょうど生徒会室に戻るところだったから、持ってくよ?」
「ほんと?」
ぱっと表情を明るくする。
「ありがとう、烈! じゃあ、これ豪に渡して! もう一本は烈にあげるね!」
「了解」
玲とサクラを見送ったあと、烈は手元を見下ろした。
微糖コーヒーと、いちごミルク。
「……俺、いちごミルク飲めねーんだけど」
ぽつりと呟く。
だが、思わず口元が緩んだ。
「まぁ……いっか」
会長が選んだのなら、たまには悪くない。
缶を軽く揺らしながら、烈は生徒会室へ向かう。
(さて、と……大型犬はどんな顔してんのかな)
口元を緩めながら、烈は夕陽の差し込む廊下をのんびり歩いていくのだった。




