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乙女ゲームの冷徹生徒会長に転生した元開発者、バグレベルに溺愛されてヒロインのフラグが1本も立ちません  作者: 高天原ヒロ
第二章 恋するエグゼクティブ(後編)

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第ニ十六話 小さな願いごと

絢の部屋を出た玲は、逃げるように自室へ向かっていた。

顔が熱い。胸の奥も、妙に落ち着かない。

『……好きですよ』

先ほどの絢の言葉が、何度も頭の中で反芻される。

真っ直ぐに見つめてくるルビー色のキャットアイ。

少し照れたような優しい笑顔。

思い出すたびに、頬がじわりと熱くなった。

(絢って、時々プロポーズみたいなこと言うんだよね……。今回も、その延長……だよね?)

そう自分に言い聞かせながら廊下を曲がった、その時だった。

「わっ!?」

「あっ!」

危うく誰かとぶつかりそうになる。

「玲!?」

「律!?」

目の前にいたのは白砂律だった。

「ご、ごめん! ぼーっとしてた!」

「大丈夫? なんか顔赤いけど……熱ある?」

心配そうに顔を覗き込まれて、玲は慌てて首を横に振る。

「へ、平気平気!」

「そっか」

律はほっとしたように笑った。

「ねえ玲。今から予定ある?」

「ううん?」

「良かった。この前言ってたゲームの続編、一緒にやらない?」

ぱっと顔を輝かせる律につられて、玲も自然と笑顔になる。

「いいね! 準備したら律の部屋に行くね!」

「うん……待ってる」

嬉しそうに手を振る律に、玲も笑顔で手を振り返した。


「いけいけー!」

「玲、待って! 敵! 敵いる!」

「律、右!」

「わかった! 俺に任せて!」

二人の声が部屋に響く。

協力プレイのアクションゲーム。

「律、ナイス!」

「玲! 後ろお願い!」

敵を倒すたびにハイタッチ。

ボスを撃破すれば、二人揃って歓声を上げる。

「やったぁー!」

「クリア!」

ソファへ倒れ込んだ玲は、満面の笑みを浮かべた。

「やっぱり、律とゲームするの楽しいなぁ!」

「俺も……玲と一緒だと楽しい」

律も嬉しそうに微笑む。

そして、少し間を置いてから真剣な表情で玲を見た。

「あのさ……玲。フォークダンスの時に言ったこと覚えてる?」

「ん?」

「ゲーム勝負。俺が勝ったら願いごと聞いてってやつ」

「うんうん、覚えてるよ!」

「その勝負、今してくれる?」

玲は一瞬きょとんとしたが、律の真剣な顔を見るとすぐに笑顔になった。

「いいよ! ……手加減しないからね?」

「俺も、今度こそ負けないから……!」

律の目の奥に、静かな闘志が灯る。


勝負は前回と同じ、対戦格闘ゲーム『アルティメット・バスターズ』三本勝負。

「手加減しない」とは言ったものの、前回は開発者魂が燃えて律をボコボコにしてしまったことを少し反省していた。

(やっぱり、ちょっと手加減した方がいいかな……?)

そんなことを考えている間に、ゲームはスタートした。

律が先手必勝とばかりに猛攻を仕掛けてくる。

玲も反撃の隙を狙うが、防戦一方だった。

(えっ!? ちょ、律!? 確実に上手くなってる!! 手加減とか考えてる余裕ない!!)

前回の弱点を克服した律は、見違えるほど洗練された動きで玲を圧倒した。

「うそっ……!?」

呆然とする玲に、律が少し得意げに笑う。

「もう一本、行くよ?」

「……負けないんだから!」

二本目もギリギリまでせめぎ合った。

だが、結果は同じ。

二対〇。律のストレート勝ちだった。

「律、すごい!! 一体どうやったの!?」

「夏合宿の時、バスの中で玲とゲームシステムの話したでしょ?」

「うん!」

「あの時、閃いたんだ。システムを逆手に取れば勝てるかもしれないって」

「律、天才すぎるっ!! ぜひ、我が社に……!!」

思わず前世の会社にスカウトしかけてしまう。

「……我が社?」

「あっ、こっちの話!」

慌てて誤魔化す玲。

「じゃあ玲。約束……俺のお願い、聞いてくれる?」

「もちろん! 約束は約束だもん! 何でも言って!」

「……分かった」

律は少しだけ頬を赤くした。

「玲。ちょっと目を閉じて」

「……ん?」

「そのまま、動かないでね」

言われるままに目を閉じる。

(ん? 何このシチュエーション……? え? まさか……?)

そこへ、何かがゆっくり顔の前に近づいてきた。

(ちょっと待って!? 律くん!? これって~~~!?)

思わずぎゅっと目を閉じた、その瞬間。

口元に、トンッと柔らかい感触が触れた。

「!?」

慌てて目を開ける。すると――。

眼前いっぱいに、クマのぬいぐるみの顔があった。

「これ……文化祭の射的で獲ったクマ」

律は少し照れながら言った。

「あの時は断られちゃったけど……やっぱり、もらってほしいなって……もらってくれる?」

その言葉に、玲の胸がぎゅんと締め付けられる。

「律……逆にもらっていいの!? これってご褒美なんじゃ……」

「うん。もらって? それが、俺のお願い」

玲は笑顔でぬいぐるみを受け取ると、ぎゅっと抱き締めた。

「もちろん! ありがとう、律!!」

その笑顔を見て、律は安心したように微笑んだ。


「じゃあね、玲。今日はありがとう」

「こちらこそ! また勝負しようね? 今度は負けないから!」

「うん。また、やろう」

嬉しそうに手を振る玲。

その背中が見えなくなるまで、律は静かに見送った。


やがて部屋に静寂が戻る。その途端。

「っ……」

律は口元を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。

顔が熱い。

耳まで真っ赤になっているのが、自分でも分かった。

あの時――。

目を閉じた玲を見ていたら、胸がいっぱいになった。

長い睫毛。少し緊張した表情。

無防備に、自分を信じて目を閉じてくれた姿。

その愛しさに耐え切れなくなって。

気付けば、手に持っていたクマのぬいぐるみに自分を重ね、玲の唇へそっと押し当てていた。

ぬいぐるみ越しに交わした、小さなキス――。

「……何やってるんだ、俺」

今更になって羞恥心が押し寄せる。

膝に顔を埋めながら、小さく息を吐いた。

色恋に鈍感な律でも、もう分かっていた。

この気持ちの名前を――。

「玲……」

ぽつりと零れた名前。

本当は、もっと近くにいたい。もっと隣にいたい。もっと特別になりたい。

そして――。

「もっと……俺のこと好きになって」

誰にも聞こえない、小さな本音。

律の本当の願いごと。


律は顔を上げ、さっきまで玲が座っていた場所を見る。

まだ、そこに玲のぬくもりが残っている気がした。

思わず頬が緩む。

「今度こそ……ちゃんと言うから」

窓の外では、すっかり夜も更けていた。

濃紺の空に瞬く、小さな星。

まるで少年のささやかな願いを見守るように。

その光は静かに、優しく輝いていた。

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