第二十三話 二人の玲と帰る場所!
『もっと心の声を聞いてみるといい』
観覧車の中で冴に言われた言葉が、玲の頭から離れなかった。
静まり返った自室。
机に頬杖をつきながら、玲は今日一日の出来事を思い返す。
烈の言葉に胸が高鳴ったこと。
律の笑顔を見て、嬉しいと感じたこと。
絢と雑貨を眺めていた時間が楽しかったこと。
豪の腕に抱きしめられた時、安心したこと。
どれも、自分の覚えのない感情だった。
「……俺は、一体――」
そこで玲の意識は、数か月前のある日の記憶へと遡る。
目を覚ました時、そこは真っ白な世界だった。
豪華なシャンデリアも、重厚な家具もない。
あるのは巨大なモニターと、一台のゲーム端末だけ。
「ここは……どこなんだ?」
恐る恐るゲームを起動すると、モニターには『恋するエグゼクティブ』の文字が浮かび上がった。
次々と映し出される見知った顔。
烈、律、絢、豪、冴――そして、自分。
訳も分からないまま見ていると、物語は始まった。
律とゲームで張り合い。
絢と買い物に出かけ。
豪と笑い合い。
烈と心を通わせていく。
画面の中の玲は、自分とは思えないほど表情豊かだった。
(っていうか、距離感近すぎだろ……!)
思わず顔を赤くする。
物語は進み体育祭が終わろうとした、その時――。
『▶システムエラー発生』
『▶修正プログラムを起動しますか?』
玲は迷わず「はい」を押した。
その瞬間――。
全身を焼くような電流が走り、視界が白く弾けた。
――そして。
気が付くと、真っ暗な山の中にいた。
目の前には祠――。その時だった。
「絢〜? いる〜?」
聞こえてきた声に振り返る。
そこにいたのは――。自分だった。
「……なんだ、あいつは」
すると再び――。
『▶システムエラー発生』
『▶バグの消去を行ってください』
無機質な声が頭に響く。
『▶世界を維持するため、異物を排除してください』
「バグ……?」
目の前の自分を見つめる。
あいつを消せばいい。
そう思った瞬間――
「……っ」
体が勝手に動いた。
気が付いた時には、『自分の姿をした誰か』を突き落としていた。
だが、『バグ』は消えなかった。
そして文化祭の日。
偶然ぶつかって落とした端末に、『自分の姿をした誰か』が触れた瞬間、閃光が走り――『バグ』は消えた。
――そう思っていた。
玲は確信していた。
烈、律、絢、豪、冴――彼らに向けるこの感情は、『自分の姿をした誰か』のものだ。
そしてきっと、まだその『バグ』は残っている――
玲はゲーム端末に手を伸ばす。
今度こそ、『バグ』を完全に消し去るために――。
私は、ドリームランドでの出来事を思い返していた。
烈に赤面していた玲。
律に優しく微笑む玲。
絢と一緒に雑貨に見惚れていた玲。
お化け屋敷で固まり、豪に抱きしめられて安心していた玲。
「もしかして……私の感情とシンクロしてる?」
そう思った瞬間。
白い世界に光が差し込んだ。
現れた人物に、私は息を呑む。
「え……? 玲……?」
目の前の玲は、鋭い目で私を睨みつけた。
「やはり……お前はまだ消えてなかったんだな!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「今度こそ終わらせる――」
近づいてくる玲に、私は思わず叫んだ。
「嫌だ……! 私、まだ消えたくない……!」
涙が溢れる。
その姿を見て、玲の足が止まった。
「……なぜ泣く?」
静かな声だった。
「お前は……一体誰なんだ?」
私は全てを話した。
元開発者だったこと。
ここが自分の作ったゲームの世界であること。
玲は黙って聞いていた。
「開発者、ゲームの世界――。とても信じられないが……。そして、みんなを幸せにしたい、と……」
「うん。どうしてこういう状況になったか分からないけど……私はみんなに幸せになってほしい。」
そして。
「でも、私の存在が世界を壊すなら……消えた方がいいのかなって……」
そう言った私に、玲は深くため息をついた。
「お前は、一体何を見てたんだ?」
「え?」
「烈も、律も、絢も、豪も、冴先輩も……変わった」
呆れたように玲が笑う。
「あいつらを変えたのは……お前だろ?」
私は息を呑んだ。
「お前がいなくなって、あいつらは幸せになれるのか?」
涙が止まらなかった。
「それじゃあ……私、消えなくていいの……?」
玲は優しく頷く。
「お前が感じたものは、もう俺の中にもある」
「喜びも、悲しみも……全部」
「今さら切り離せると思うか?」
そして、玲はそっと私を抱きしめた。
「辛い思いをさせて悪かった……一緒に帰ろう。みんなのところへ――」
眩い光が二人を包む。
「玲……私、みんなを幸せにしてみせるよ。もちろん、あなたのことも」
玲は優しく微笑んだ。
「ああ、よろしく頼む……」
二つの光は、ゆっくりと一つになっていく。
そして――白い世界から消えていった。
翌朝、生徒会室――。
いつものように仕事をする面々。
そこへ、パタパタと軽快な足音が近づいてくる。
バンッ!
勢いよく扉が開かれた。
全員の視線が、一斉に集まる。
一呼吸。私は、大きく息を吸った。
「みんな、遅れてごめん! ……ただいま!!」
一瞬の静寂。そして――。
「遅いぜ……会長?」
「馬鹿玲」
「おかえりなさい」
「……よかった!」
「おかえり。玲」
「おかえりなさいっ、会長!」
「うん……ただいま」
やっと帰ってこられた。私の帰る場所へ――。




