『恋エグ3』第二十一話 クリスマス会〜開戦のベルと雪の魔法
あっという間に季節は巡り――十二月半ば。
街がイルミネーションとクリスマスの装飾で華やぎ始める頃、生徒会室は新たな「熱戦」の舞台と化していた。
きっかけは、ヒマリの何気ない一言だった。
「あのー、今年のクリスマスなんですけど……生徒会でパーティーしませんか!?」
その提案に、男子陣の目が一斉に光ったのは言うまでもない。
「ええやん! イブの夜に生徒会室でパーティー! ケーキ買って、プレゼント交換してな!」
環季が即座に身を乗り出す。
「……待て。イブの夜に学校残ってパーティーとか、許可降りねーだろ。」
凌が腕を組んで眉をひそめるが、斗真が穏やかな笑顔で畳みかけた。
「先生方へ、事前申請と安全確保の書類出しておけば大丈夫じゃないかな?」
「そうですね。玲前会長の時も、そうやって申請出してクリスマス会やりましたしね。」
ソノも頷く。
「じゃあ、みんなでクリスマス会できるんですね!」
ヒマリの瞳が、キラキラ輝く。
「ちっ、仕方ねーな。」
そう言うと、凌は視線を反らした。
こうして「生徒会室クリスマス会」の開催が決まったのだった。
◇
そして迎えた、十二月二十四日――クリスマス・イブ。
放課後の生徒会室は、モールやツリーで賑やかに飾られていた。
中央の机には、フライドチキンやピザ、そして大きなホールケーキが並べられている。
ヒマリが真っ赤なエプロンドレスのサンタ衣装で準備をしていると、ドアが勢いよく開き、着替え終わった面々が入ってきた。
「ヒマちゃん! メリークリスマス!」
最初に入ってきたのは、頭に大きなツノをつけ、モコモコのトナカイ着ぐるみに身を包んだ良樹だった。
「よっちゃん!? ガチのトナカイだ……!」
「へへっ、気合入れてきたんだ! ヒマちゃんをどこへでも運ぶトナカイだよ!」
「アホかお前は。」
次に入ってきたのは、真っ赤なサンタ帽をナナメに被り、呆れ顔の環季。
「ヒマリ、トナカイよりサンタやろ? プレゼントいっぱい持ってきたで〜!」
「わぁ〜い!」
ヒマリが両手を上げて喜ぶ。
「みんな楽しそうだね。」
続いて入ってきたのは、シックな黒いサンタ服の斗真。
「わっ、水川先輩はブラックサンタだ! かっこいいですね!」
「ふふっ。ありがとう、ヒマリちゃん。」
最後に、ソノに背中を押されるようにして入ってきたのは――。
「……なんで俺がこんなもん着なきゃいけねーんだよ。」
白銀のサンタ服を着せられ、すこぶる機嫌の悪い凌だった。
白いロングコートに、白い手袋を身に着けた凌は、まるで雪の王子のような出で立ちで、ヒマリは思わず見惚れてしまった。
(凌会長……やっぱりかっこいいなぁ。)
「似合っていますよ、会長。まさに『ツンデレサンタ』です。」
ソノが真顔で言い放つ。
「ツンデレ言うな! っつーか、お前は白銀のワンピースって……色被ってんじゃねーか!」
「それは偶々です。」
「あ……。」
ヒマリは、凌とソノから慌てて視線を逸らした。
(ダメダメ、凌会長にはソノ先輩がいるんだから……変なこと考えちゃダメ!)
ヒマリの盛大な勘違いは、相変わらず継続中だった。
◇
パーティーが始まると、賑やかな宴が繰り広げられた。
チキンをつつき、ケーキを切り分け、賑やかな会話が飛び交う。
「さあ! 飯も食ったところで、本日のメインイベント……プレゼント交換会のスタートや!!」
環季が宣言すると、ジングルベルの音楽が流れ始めた。
それぞれが用意したプレゼントが、円を描くように手渡されていく。
音楽が止まり、それぞれのプレゼントが決まった。
「よーし、決まったな! まずは俺がもらったプレゼントから開けるで!」
緑色の袋から取り出されたのは、アイボリーのマフラー。
「あ、それ僕からです!」
良樹が手をあげる。
「良樹から? もしかしてこれって……。」
環季が気まずそうに良樹を見ると、良樹は苦笑いする。
「はい……僕の手編みです……。」
「重っ!! ちゅーか、そんなん……俺がもらってええの?」
環季が申し訳なさそうに言うと、良樹は両手を振った。
「もちろん、いいですよ! 滝沢先輩にはお世話になってますし! 僕、滝沢先輩のことも好きですから!」
「お前……ほんとにええやつやなぁ。それじゃあ、ありがたく使わせてもらうな!」
環季は嬉しそうに、良樹の手編みのマフラーを巻いた。
「じゃあ、次は僕ですね!」
良樹が小さい包みを開けると、銀色の万年筆が入っていた。
「あ、それ私です。」
ソノがそっと手を上げる。
「私、そのシリーズの万年筆を愛用してるんですよ。とっても書きやすいので、ぜひ使ってみてください。」
良樹が物珍しそうに、まじまじとその万年筆を見つめる。
「僕、万年筆って初めて見ました! かっこいいですね! ありがとうございます!」
「では、次は私が頂いたプレゼントですね。」
ソノが少し大きめの袋を開けると、入っていたのはアロマディフューザーとハンドクリーム。
「それは、僕だよ。」
手を上げたのは斗真だ。
「冬場は乾燥するから役に立つかなって。」
「さすが水川くんですね。気が利いた贈り物……ありがとうございます。」
「じゃあ、次は僕が開けるね。」
そう言って手のひらサイズの包を開けると、入浴剤セットと小さなウサギのぬいぐるみが入っていた。
「これは……ヒマリちゃんからかな?」
「はい、当たりです!」
ヒマリが嬉しそうに手を上げる。
「私のお気に入りを、いっぱい詰め込んだんです! 良かったら使ってください!」
「ありがとう。ヒマリちゃんも、普段この入浴剤使ってるの?」
「はい!」
「そっか……。」
斗真は、意味ありげに口元を緩ませる。
「じゃあ、私のプレゼントを開けますね!」
そう言ってヒマリは、クリスマス仕様にラッピングされた包を開けた。
中から出てきたのは、小さな女の子が花の上に乗っているオルゴール。
「これ……『おやゆび姫』……?」
「ああ。」
口を開いたのは凌だった。
「たまたま……店で見かけたんだ。劇の記念としてもいいなって思って……。」
「会長……これ、すごく……素敵です……!」
ヒマリがオルゴールをぎゅっと胸に抱きしめる。
「……そうかよ。」
凌は顔を赤くして、ふんっと鼻を鳴らした。
「じゃあ、ラストは俺からのプレゼントやな! 凌、開けてみ!」
凌が大きめの包を開けると、中から出てきたのはあったかルームウェア。
「ほんまはヒマリを想定して準備したんやけど、もしものためにフリーサイズにしとって良かった〜。」
「フリーサイズって言っても、女性のだろ? 俺には小さくねーか?」
「大丈夫、大丈夫! 凌なら着こなせるって!」
生徒会室に賑やかな笑い声が響き渡った。
◇
パーティーが落ち着き、後片付けの時間。
ヒマリは一人、生徒会室のベランダに出ていた。
澄んだ冬の夜空。
ふと空を見上げると、チラチラと白いものが舞い始めていた。
「あ……雪だ。」
「寒くねーのかよ。」
声がして振り向くと、白銀のコートを脱ぎ、腕まくりをした凌が立っていた。
温かい缶ココアを二つ持っている。
「凌会長……。ありがとうございます。」
ヒマリは缶ココアを受け取り、かじかんだ手を温めた。
二人の間に、心地よい静寂が流れる。
舞い散る粉雪が、二人の吐く息を白く染めていく。
(やっぱり……凌会長はかっこいいな。)
ヒマリは缶ココアを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……あの、凌会長。」
「ん?」
「凌会長からのプレゼント、本当に嬉しかったです。」
「そうかよ。」
「あの……あれ私がもらっちゃって良いんですか?」
「……なんで?」
「だって、凌会長……。本当はソノ先輩に渡したかったんじゃないかな……って。」
「……。」
凌が怪訝そうに眉をひそめた。
「なんで、ここでソノが出てくんだよ?」
「だって……凌会長とソノ先輩って、お互いに想い合ってるんですよね……? 私、邪魔したくないなって……。」
「……ハァ!?」
凌の叫び声が、冬の夜空に響き渡った。
「お前……何言ってんだ!? 俺とソノ!? どこをどう見たらそうなるんだよ!?」
「えっ!? だ、だって! 二人はすごく息が合ってるし、合宿の時もソノ先輩が『好きな人がいる』って言ってて……。凌会長だって肝試しの時『ソノなら大丈夫か』って気にかけてて……!」
凌はここまで勘違いされてたのかと絶句し、ガシガシと自分の頭をかきむしった。
「あり得ねー……。ソノの好きな奴は俺じゃねーよ。あいつが好きなのは――」
言いかけて、凌はぐっと口をつぐんだ。
(これは……俺が言っていいことじゃねーな。)
「……とにかく! 俺が好きなのは、ソノじゃねーから!」
「じゃあ……凌会長は誰が好きなんですか?」
ヒマリがまっすぐに凌を見つめる。
その視線に、凌は一瞬たじろいだがなんとか踏みとどまった。
(俺はあの時、待つだけの王子にはならねーって決めただろ?)
凌はヒマリの肩をガシッと掴み、まっすぐその目を見つめた。
「え……?」
ヒマリの時間が止まる。
真っ赤な顔をした凌が、逃げ場を塞ぐようにヒマリを凝視している。
その瞳は、文化祭のアドリブの時と同じ――真っ直ぐで、迷いのない光を宿していた。
「俺が文化祭で言った言葉……覚えてるか?」
凌の声が、少しだけ震えている。
「『俺はお前と一緒に、まだ見ぬ「運命」を見つけに行きたい』……あれは劇のアドリブじゃねーよ。」
凌はヒマリの手から缶ココアを奪い取って手すりに置くと、そのままヒマリの小さな両手を、自分の大きな手で包み込んだ。
「あの時、お前を見てそう思った……俺の本心だ。」
「……っ!!」
雪が降る中、ヒマリの心臓が壊れたような音を立てて跳ね上がった。
頭が真っ白になり、顔が一瞬で沸騰する。
(凌会長の……本心!? それって……)
じりじりと顔が近づいてくる。
凌の氷のようなアイスブルーの瞳に、赤くなった自分の顔が映っている。
あまりの顔の近さに、ヒマリは目をキュッと瞑った。
――そのとき。
ガラッ!!
「「「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!!」」」
生徒会室のベランダの窓が爆音とともに開き、三人の影が飛び出してきた。
「黒崎先輩、何をしてるんですか!?」
トナカイ姿の良樹が、ヒマリと凌の間に割り込む。
「そうやぞ凌! どさくさに紛れてナニしようとしとったんや!」
環季が、凌の首をつかんで引きはがす。
「凌くん。二人きりで雪のベランダで雰囲気に呑まれようとするのはズルいんじゃないかな?」
斗真が、黒い笑顔で凌の肩をガッチリと掴んだ。
「な、なんもしてねーよ!!」
凌がブチギレて吠える。
騒然となるベランダ。
ヒマリは真っ赤になった顔を手で覆いながら、へたり込みそうになっていた。
(ど、どうしよう……胸が……心臓が、バクバクして止まらない……!)
◇
そんな狂騒劇を、生徒会室の中から温かい紅茶を飲みつつ見つめる人影がひとつ。
ソノは静かに手帳を開き、ペンを走らせた。
『観察記録:クリスマス特別編』
ヒマリさんの盛大な誤解、一部解体。
凌会長、雪のベランダにて起死回生の大爆撃に出るも間一髪で他3名により妨害。
ソノは満足そうに手帳を閉じると、窓の外で揉み合う男たちと、顔を真っ赤にしてパニックになっているヒマリを見つめ、クスリと微笑んだ。
「……さて。聖なる夜の魔法は解けましたが……本当の勝負は初詣、そしてバレンタインへと続くようですね。」
粉雪が舞うクリスマス・イブの夜。
白紙だった物語のページは、賑やかで、少し切なく、甘い色に染まり始めていた。




