1-68.乱入者①
『おおおおー!』
店内に歓声が爆ぜた。
酒気を帯びた熱気が揺れ、客たちが一斉に声の出所を探して視線を巡らせる。
室内の端、グエン達と対角線上の一角に、人だかりができていた。
エリエラは我に返り、手を止めていた皿に視線を注ぎ、心を落ち着ける。
デラダンが腰を浮かせ、大きく背伸びをして様子を窺った。
「なんでえ、よく見えねえ」
「随分と盛り上がっているな」
「そっすね。集まってるやつらの背中しか見えねえっすけど」
見えるのは人垣の背ばかり。
デラダンは興味を失い、肩を竦めると、椅子へどかりと腰を下ろした。
グエンはローストビーフを一切れつまみ、口へ運ぶ。
「ん、そういや、大隧道の中ってのは、こんなに人がいたんだな。ここは鉱山だって聞いたから、もっとトラックやらトロッコ列車やらが、ひっきりなしに往来してると思ってたよ」
「あ~そっすね。ここはちっと毛色が違うかもしれねえっすね」
「そうなのか?」
「大隧道の壁の中に、掘ったもんを運ぶパイプが通ってるんでさあ」
「壁の中? ってのは、ここまで繋がるトンネルの壁の中ってことか?」
「そっすね。純粋な重銀ってのはもともと液体なんすよ。それを流すパイプがびっしりと詰まってやすぜ」
「重銀ってのは液体金属なのか? へえ、俺の認識は普通の金属だったな。考えてみれば、採掘現場なんて見る機会がなかったからなあ」
「純度が低いと岩とか金属とかにしみ込んでるらしいんすけど、大隧道の奥のはまっさらな液体で採れるんでさあ。液体なのは純度が高いとか、新鮮? なんて言われたりしやすね。クエスタ隊員なら、採掘現場まで行けやすぜ」
「ほお。あ、それも気になるが、地下ダンジョンとやらも気になるんだよな」
「おお! そっちはまだ調査がはじまったばっかで、儲け話もたっぷりありやすぜ! なんでも、地下ダンジョンってのは、遺跡だかなんかよくわかんねえもんが、地下にどでけえ範囲に広がってるとかなんとかで。噂によるとバナーバルよりもでかいとか」
『おおおおお!』
デラダンの声を大きな歓声が呑み込んだ。
話を遮られたデラダンを含め、テーブルについていた皆が、声のする方へ振り向く。人だかりのできていた一角は、さきほどよりもさらに人が増えていた。
総立ちになった男たちが顔を紅潮させて興奮し、両手を振り上げながら思い思いに叫んでいる。その一角だけで、五十人近い人間が集まっていた。
それを見たデラダンが勢いよく立ち上がる。
「アニキ、ちっと見に行きやせんか? 気になっちまって」
「ん、いいぜ。随分と盛り上がってるからな」
グエンも腰を上げた。
誰か一緒に行くかと、食事中の皆へ順に目を向ける。
キトはオライオンを膝に乗せ、ジアが卓上へ展開したホログラムのモービル群と、新たに取り出した遺跡模型に釘付けになっていた。
エリエラはというと、ユイークがぐいぐいと肩を押し付けるように密着し、パッド型の液晶端末の画面を見せながら何かを熱心に説明しているようだ。エリエラは微笑みながら、静かに耳を傾けている。
皆、それぞれに今の時間を楽しんでいた。
(邪魔するのも野暮だな)
グエンはふっと口元を緩めると、デラダンの背を軽く叩いて歩き出す。
デラダンもまた、その背中を追った。
入口側の隅に位置するグエン達の席から、対角線上。
四角い室内の左奥では、クエスタ隊員や作業着姿の人々が幾重もの輪を作り、中心に向かって歓声を飛ばしていた。
先頭に立ったデラダンが、二メートルを優に超える巨体で人垣へ突っ込む。
まるでラッセル車だった。
野次馬たちを左右へ押し分けながら進んでいく。
「おうおう! すまねえな! ちっと通らせてもらうぜ!」
「でけえやつの後ろってのは、こんなに楽なんだなあ」
グエンは感心しつつ、その後に続いた。
やがて前を歩いていたデラダンが足を止める。
グエンはその肩越しに顔を覗かせ、前方の様子を窺った。
丸テーブルを前に、二人の男が椅子に座って対峙している。一人は中肉中背、栗毛のクエスタ隊員。
もう一人は、諸手を上げたスキンヘッドの大男だ。入れ墨だらけの腕を誇示するように力こぶを盛り上げていた。背丈はデラダンとほぼ同じ。青いツナギの上着部分を腰で縛り、白い半袖シャツの下にあるのは大樽のような胴体。巨躯のデラダンよりもさらに太い腕は、破裂寸前のタイヤのようにパンパンに膨れている。分厚い筋肉の上に、さらに分厚い脂肪を全身へ蓄えた、文字通りの巨漢だった。
「はっはー! このドデイ様こそ最強だ! 次はどいつだ! ああん!?」
「ちっ……! おらよ!」
正面に座っていた男が、丸テーブルへ紙幣を叩きつける。
悔しさに顔を歪めたまま席を立ち、逃げるように野次馬の中へ消えていった。
大男は叩きつけられた紙幣を掴み取ると、テーブル奥にうず高く積まれた札束の山へ放り、周囲を取り囲む人垣に吠える。
「さあさあ! 次の挑戦者はいないか! この剛腕ドデイ様を腕相撲で負かせば、この金の山は全部くれてやるぜ! 参加料は1万ギンだ!」
ドデイは自慢の力こぶを何度も叩いて見せた。
グエンはその腕の太さに面食らう。
デラダンの腕も丸太じみて太い。
だが、目の前のそれは違った。
分厚い筋肉と脂肪が作る二の腕は、もはや大の男の胴ほどもある。
「なんだあの太さ。とんでもねえのがいるなあ……。デラダン、あいつ知ってるやつか? ただのデブってわけじゃなさそうだぞ」
「見たことねえ奴っすね。どうせここにきたばっかりの新入りでさあ! あんなぶくぶく太ったやつ、このアッシが軽くひねってやりやすぜ! ……あ」
意気込むデラダンが前へ出るより早く、一人の人物がドデイの前へ進み出た。
子供のように小さな挑戦者だった。
白いポンチョのフードを深く被り、素顔は見えない。
だが、裾から伸びた脚はしなやかで細く、少女のものだと分かる。
グラディエーターサンダルに包まれた足先からは、猫科を思わせる鋭い爪が覗いていた。
「おい、このアタシがやってやるよ」
「んあ? ……なんだ、どこからか声がするぞ?」
ドデイはわざとらしく耳へ手を当て、周囲を見回す。
巨漢の前に立つ挑戦者は、ドデイの片足一本とほぼ同じ大きさだった。
集まった人垣をぐるりと眺め回したあと、ようやく目の前の挑戦者を見つけ、大袈裟におどけた。
「おっとっと! 小さすぎて見えなかったあ! なんてこったあ!」
どっと笑いが湧く。
「ちっ」
少女は大きく舌打ちすると、乱暴にフードを払った。
露わになった容姿を見た瞬間、沸き上がっていた笑い声が潮のように引いていく。
吊り上がった両の眼に、白目はない。
闇のように真っ黒な眼球の中央で、金色の瞳が星めいた光を放っていた。
真白い肌。
白い髪。
肩に触れる程度の髪は無造作に切られており、毛先は不規則に跳ねている。
まるで、自分で噛み千切ったようだった。
そして、大きな目と小さな顔の頭には、猫科を思わせる細い耳がある。
その耳が、ぴくりと小さく震えた。
周囲からは、戸惑いと訝しむ声が漏れはじめた。
「なんだ、あの目の色」
「見慣れない亜獣人だな。どうやって入って来たんだ?」
「か、かわいい猫ちゃん……サーバルキャットみたいだ……」
ここノマドベースでは彼女のような種族はいない。
胡乱な存在に、どよめきはおさまらず、誰もがその姿を注視していた。




