1-67.祝いの宴を②
途中、飲み物が運ばれてきた。
それぞれが手を伸ばし、グラスを受け取る。
軽く追加注文を挟みながら、宴はなお続いていく。
気づけば、料理を運ぶサーバーの数も増えていた。
空いていた席も、いつの間にか半分近くが埋まり始めている。
人の声と、食器の触れ合う音が、店内にゆるやかに広がっていた。
「アニキ! ずっと気になってることがあるんすよ!」
「ん、なんだ?」
「アッシとやり合ったじゃねえっすか! 大隧道内で!」
「ああ、最初に会ったときか」
「うっす! あんとき、鉄パイプをスパスパ切ったじゃねえっすか。あれ、どうい仕掛けなんすか?」
「仕掛けも何も、この濡焔で……って、店内で抜く訳にもいかないか。ま、シンプルな話だ。俺の持ってるこの軍刀は特別でな、鋼より遥かに硬い。そいつで思いっきり叩き斬る。それだけだ」
「んな……まじっすか? 木の棒切れとは訳が違いやすぜ? 鋼鉄っすよ?」
「ま、例えだが――包丁の刃をレンガに添えて、引く。レンガをスパッと切断できるか?」
「無理っすよ。包丁はちろっと刃こぼれして、レンガにうっすらあとがつくくらいっすよ。あ、でも、分厚い斧みてえな刃物で、勢いよく振り下ろせば」
「ほら、そういうことだ。パワーかスピードか、どっちもあれば解決だろ。薄い刃の包丁じゃ無理だが、重厚な斧に速度を乗せて振り下ろせば、レンガもぱかっと割れる」
「……マジっすか? あれっすよ、だって、こう、ソーセージでも切るみてえに、簡単にスパスパっとやってやしたぜ? 割るというより、切るって感じで」
デラダンはフォークでソーセージを突き刺し、そのまま口へ放り込む。
脂の弾ける音が、かすかに歯の間で鳴った。
キトも同じ皿に手を伸ばし、一本をつかんでかぶりつく。
「あ、リクセンもスパスパしてたよ。うわ……これもおいしい……なにこれ」
「ああ! そうだった! リクセンの頭! おう、キト、肉汁が最高だろ。ほら、こっちのも食え食え」
「わわ、こんなにいっぱい」
キトの小皿に、次々とソーセージが積み上げられていく。
「ははは。良かったな、キト。リクセンのは、まあ、別の方法も使ったが」
「火がすごかった。グエンさんがぐわーって燃えてたよ」
「火! それっす! ユイークの操作するモービルを避けたときの! やたらめったら早く動くあれ! 体が燃えてたあれ! なんなんすか!」
「ん、それはそのまま、炎の力でな」
「なんすか? 炎の力って」
「……まあ、ちょっとならいいだろ」
グエンの左頬に、紅蓮の火焔文様がにじむように浮かび上がる。
テーブルの上に置いた右手をゆっくりと開く。
指の隙間から、火が芽吹いた。
小さな炎は瞬く間に広がり、掌の中で静かに燃え上がる。
「んお! アニキ、熱くねえんすか!」
「まあ、自分の炎だからな」
「自分のって……どういう仕掛けなんすか? 祖式構文とか、ああいうアレっすか」
「仕掛けも構文もないが……。俺の血で炎を生んでいるらしいな。物を燃やせるし、俺の肉体を強化できる」
「血? で、強化っすか。よくわかんねえっすけど、ターボみてえっすね。そいつあ、生まれつきの特技みてえなもんっすか?」
「いや、キトにも言ったな、これは。50年かけて会得した、ってとこだ」
「へ? ……50年?」
デラダンは、骨付き鶏もも肉に大きくかぶりついた。
肉を噛み締めながら、視線だけが天井へと泳ぐ。
しばし無言のまま咀嚼を続け――
やがて飲み込むと、喉を鳴らしてミードを一気にあおった。
息を吐く。
「……するってえと、アニキは50歳以上ってことっすか?」
「そうなるな。たぶん、75歳とか、そんくらいになるだろうが」
「すっごい年上だね」
「75歳ってえと……?」
キトはミックスジュースのグラスを傾けながら、首をかしげる。
年齢という概念への実感の薄さが、その声音に滲んでいた。
一方でデラダンは、言葉の意味を追いかけるように頭を抱える。
「アニキが75歳? するってえと、どういうことだ……? んあ?」
「ばっかだなあ、兄貴。どう見たら魔人がそんなジジイに見えるのさ。からかわれてるんじゃん? どうせさ」
「そうそう~」
「……誰がジジイだ」
グエンは苦笑した。
だがデラダンは、まだ納得しきれない。
ミードをあおりながら、ぶつぶつと呟く。
「そ、そうなんすか? アニキジョークってことっすか? けど、手から火が出たりして、アニキがすげえのはマジだし……? んでも、どうみてもジジイには見えねえし……あー! よくわかんなくなってきちまった! アニキ! ガチで教えて下せえ!」
「教えろと言われてもな。何をだ?」
「アニキがそんなジジイなら、なんでそんなに若えんすか!」
「誰がジジイだ」
「詳しいことは存じ上げませんが、グエンさんは、お若く見えますよ」
エリエラが、柔らかく微笑む。
その声音には、作為の影はなかった。
だからこそ、デラダンの混乱は深まる。
「冗談ならそれでいいんすけど、マジ話ってんなら、気になって眠れねえっすよ! どういうことなんすか?」
「……聞いても、面白い話じゃないぞ」
「そこをなんとか!」
「ま、酒の席での与太話程度になら、な。……デラダンは、鏡面街って知っているか?」
「いや、知らねえっす。どこの国っすか? テーマパークみてえな名前っすね」
「あ、ぼく、知ってる」
「なに、キト、よく知ってるなあ」
「まじか! すげえな! で! なんなんでえ!」
「う、うん。この本に書いてあるよ」
キトは振り向き、椅子の背に掛けていた肩掛けバッグを指さした。
革のベルトで、分厚い本がしっかりと固定されている。
使い込まれた表紙には、細かな擦れが刻まれていた。
「時間が止まってる、不思議な街なんだよ」
「時間? っつーこたあ何か? 時間が止まってるってんなら、時間が動いてねえってことだろ。……あ! 歳をとらねえってか! そうだろ! 読めたぜ!」
デラダンが、弾かれたようにグエンの顔を見る。
グエンは静かに頷いた。
右手に宿していた炎を握り込み、潰すように消す。
――そして、再び掌を開く。
何もない空間に、火が灯った。
「ま、信じられない話だろうが。この炎が証拠だ。としか、言えないな」
「マ、マジっすかあ……し、しっかし、50年っすか……」
「なんだよ兄貴、そんな簡単に言いくるめられて。炎が出せるのと、歳取らないのなんて関係ないじゃん。ねえ、ジア」
「だね~。不思議なのは不思議だけど~」
そのとき、オライオンが、軽やかにテーブルへ飛び乗った。
鼻を鳴らしながら顔を左右に振り、皿の上を嗅ぎ回る。
肉の匂いを辿っていたが、ふと、グエンの手元の炎に気づいた。
そのまま、迷いなく近づいていく。
デラダンとユイークが同時に身を乗り出した。
「あ、あぶねえ!」
「ちょちょちょ!」
オライオンは、グエンの手に頭をこすりつける。
炎の中へ。
小さな頭部が、紅蓮の中にすっぽりと呑み込まれた。
二人の声に、皆が一斉に振り向く。
「え、え、え」
「きゃっ」
「ちょ、魔人!」
「え~」
「ははは、大丈夫だって」
オライオンは炎の中で頭を擦りつけ、ひとしきり甘える。
やがて満足したのか、すっと身を離した。
そのまま近くの皿へ寄り、スライスされたローストビーフを一枚咥える。
軽く跳ねてグエンの前に戻ると、テーブルの上へ肉を落とした。
すかさずグエンが右手を差し込み、それを受け取る。
その手には、すでに炎はない。
「おっと、こっちで食おうな。オライオン」
手の上の肉を小皿へ移し、自身の座る椅子の上へと置いた。
オライオンはテーブルから長椅子へ飛び降り、肉にかぶりつく。
「な、なんで平気なんすか?」
「ちょっと、そいつ燃えてたじゃん! ケガは?」
「オライオンは、俺の炎じゃ燃えないんだよ」
「耐火性の子犬なの~? 毛皮が気になる~」
「……さあ? ……俺の身に着けたものとか、俺のモービルも燃えない。それらと同じ理由だろうが……正直、俺にもわからない」
「グエンさんもわかんないの?」
「ふふ、わからないのでは、しかたありませんね」
「説明になってなくて悪いな。この炎の力は鏡面街で得て、使ってはいるが、詳しい原理はわからん。……そういう意味でも、もう一度行って、色々とやりたことがあるんだ。だが、鏡面街は禁足地にある。だからバナーバルに来たんだ」
「あ! 大隧道の奥っすか! なるほど、アニキはそのためにクエスタに入ったってえ……。ははあ、確かに、守護山脈を超えるにゃあ、それしかねえっすね! 方法はわかんねえっすけど、なんでも手伝いやすぜ!」
「だから、チームを組んでくれて助かったよ」
「どーんと任せて下せえ! アニキがじじい……じゃなくて、うん十年もどっかでなんかしたっつーのも、アッシは信じやすぜ! 詳しくはわかんねっすけど!」
「ははは、俺もだ。いつか解明したいもんだ」
「はあ、兄貴は単純でさ、で、声がでかすぎんだよ」
ユイークは大きく息を吐き、頭の後ろで両手を組んだ。
椅子にもたれかかり、視線をふっと横へ流す。
――その先に、エリエラの横顔。
ユイークはゆっくりと腕をほどき、腹の上で手を組み直す。
そして、身を寄せるようにして、エリエラの肩口へ顔を近づけた。
声を潜める。
「ねえねえ、あたし聞こえちゃったんだけど……」
エリエラはわずかに顔を傾け、耳を寄せる。
「なんでしょう?」
「騎士が三回目で~って話」
「まあ、ペリドットの怪物から逃げたあとの。ですか?」
「そうそう、兄貴の側だったから、マイクが拾って」
「よく聞こえましたね。声を潜めましたのに」
ユイークは小さく鼻を鳴らす。
「ふふん。小声でも聞こえるように作ったからさ。モービルで走ってても聞き分けるさ。……でさ、あれの何がいいの?」
「……グエンさんですか?」
「……そ、あの魔人」
「守ると、約束してくださいましたから」
「そんだけえ?」
「二度、命を救われましたし」
「で、三度目も助けてくれたら、運命の騎士? そんだけで?」
エリエラは、かすかに微笑む。
「あら、命を危険に晒してまで、誓いを果たす殿方。ユイークさんは、会ったことがありますか?」
「あ、あ、あるけど?」
「それは素敵です」
「……三度は、ないけどさ」
「わたくしは、幼い頃の夢を大切にできることが、愛おしいのです」
「いとおしい……って、どういう意味さ?」
「大切で守りたい、ということです」
「夢を……ふーん……。変なの」
「ふふふ、そうですか?」
「……へ、変だけど、嫌いじゃないよ!」
「ありがとうございます」
ジアが小皿に料理を取り分ける。
大皿からすくった煮込み料理を、キトの前へ差し出した。
「ねえねえ、これも食べな~」
「え、これ、なに?」
「わかんないけど~。かぼちゃとね、ハンバーグみたいなのを煮込んだやつ~」
「? あ、おいしいね」
「おいしいからあげたんだよ~。ビーフシチューみたいでおいしい」
「ビーフシチュー?」
「そ~」
「それもおいしいの?」
「おいしいよ~。パンをつけるとすごく」
「わあ……食べてみたいなあ」
「ウォン! ウォンウォン!」
「あ、君はオライオンだっけ~。いいね、あんなすごいモービルに住んでて~」
「ウォン?」
「すごいモービルって、グエンさんの?」
「そ~。すごいよあれ~。60年くらい前ので、あ、見せてあげるね。グランディアっていうんだけど、モービルではじめて重銀鍛造エンジン搭載してて、クランクシャフトだけ重銀製ってのはあったみたいなんだけど、ここから重銀重工業時代が始まったっていうくらい――」
ジアは一気にまくし立てると、ポケットから青い金属コインを取り出し、ばらばらとテーブルへ広げた。
一枚ごとにホログラムが立ち上がる。
複数のモービルが浮かび上がり、エンジン音とともにタイヤを回し、卓上を滑るように走り出した。
キトは、動き出したモービルと、矢継ぎ早に繰り出される解説とに目を丸くする。
店内は、すでに満席だった。
空席は見当たらず、客たちのざわめきが幾重にも重なっている。
入口には順番待ちの列ができ、熱気が外へと押し出されていた。
デラダンは、骨と軟骨を綺麗に食べ尽くした鶏の骨を皿に置く。
積み上げられた大腿骨が、見事な山を形作っていた。
「するってえと、アニキは鏡面街ってえのに着けば、旅が終わるんですかい?」
「……いや、もう一つ大きな目的がある。……エンブラだ」
「エンブラっすか? あいつら、バナーバルにまで来やがって。ぜってえ悪だくみしてやがるぜ! アニキのためなら、なんでも手を貸しやすぜ!」
「あー、白鯨騎士団とかいうのも来てんじゃん。あいつら評判悪いんだよなー」
「ボクも気になってた~。あの装備、欲しいな~」
「俺のは復讐だ。エンブラとの闘いになったら、誰も巻き込むつもりはない」
「アニキ! 水臭えこたぁ、言いっこ無しですぜ! このデラダン、どこまでもついていきやすぜ!」
エリエラは、フレッシュチーズに入れたナイフの手を止める。
わずかな静止。
やがて、指先が動き出した。
ナイフの刃先にすくったチーズを、スライスされたランカの果肉に乗せる。
――エンブラ。
胸の奥に沈んだ重い名が、首をもたげる。
唇が、かすかに開いた。
「エンブラへ……復讐……?」




