1-66.祝いの宴を①
さきほどの宿泊エリアから階段を降りると、そのまま炙り酒の店内へと続いていた。
炭火の香りが、じわりと鼻をくすぐる。
室内中央にはカウンター兼厨房が据えられ、その向こうには店の入口が見える。
グエンたちは足を止め、店内をひと通り見渡した。
客足はまばらで、ほとんどの席が空いている。
デラダンが指を差し、声を張り上げた。
「あ、あの端っこっす! ジアとユイークがいやすぜ!」
入口正面、左奥の隅。そこにジアとユイークの姿があった。
「ほら、あそこっすよ。アニキ」
「……あ、あの一番端っこの席か」
「あいつら、隅っこが好きなんすよ」
デラダンがずかずかと歩き出す。
一行もその後を追った。
「おう! 席取りすまねえな」
ジアは俯いたまま、前髪に目元を隠し、視線の先は読めない。
一方のユイークはゴーグルをかけたまま、正面を向いている。
そのレンズには、複数の人物が入り乱れて動く映像が流れているようだった。
二人とも、デラダンの声には反応しない。
グエンはわずかに眉を寄せた。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「いつものことっすよ。おい!ジア! ユイーク! ゲームばっかしてんじゃねえ!」
店内に響き渡る、野太い怒声。
二人の肩がびくりと跳ね、そのまま飛び上がる。
「わ! うるさっ。って、兄貴、声がでかすぎるって。もうちょっと静かに……あ! ジア! ちょっと! 待って! 今のはずるい!」
「油断するから。僕の勝ち~。ゲームに待ってはないよ~」
ユイークは舌打ちし、ゴーグルを持ち上げた。
デラダンと、その背後に立つ一行を一瞥する。
そして、自分たちの隣のテーブルを顎で示した。
「……兄貴たちの席はそっち、あたしらはこっちだから。勝手に座ったら?」
「なんでえ、別々の席か?」
「ユイークが恥ずかしがるから」
「恥ずかしいんじゃない! 余計なこと言うな!」
ユイークはゴーグルをかけ直し、脚を組んでそっぽを向く。
グエンたちは、彼女の指示したテーブルへと腰を下ろした。
ジアとユイークの席は二人掛け。
そこから通路を挟み、長椅子を二脚添えた大きめのテーブルに、グエンたちが並ぶ。
入口側にユイーク、対面の壁側にジア。
隣のテーブルでは、入口側にエリエラとグエン、奥側にキトとデラダンが座った。
エリエラ越しに、グエンが声を投げる。
「よお、また会ったな。2人とも。知ってるとは思うが、グエンだ。よろしくな」
「ふんっ。兄貴が言うから来ただけさ。誰がこんなとこ」
「え? ユイーク、炙り酒でご飯は久しぶりだーって喜んでたのに」
「! あぎぎぎ……余計なこと言うな!」
ユイークは両手を広げ、爪を立てるようにしてジアに食ってかかる。
グエンは対面のキト、そして隣のエリエラへ視線を巡らせた。
「で、こっちはキト、エリエラだ」
「こ、こんにちは」
「はじめまして。よろしくお願いしますね」
「ど、ども。あたしはユイーク」
「ジアです。よろしくです~」
エリエラの柔らかな声音と所作に、二人は思わず頭を下げた。
そこへ、マスターが静かに歩み寄る。
白いバンダナハットの下から覗く白髪。
口元には整えられた白い髭。
刻まれた笑い皺が、その穏やかな人柄を物語っている。
手には、一枚の皿に乗せられた一本のバナーチ。
「皆さん、ようこそ、またおいでくださいましたね」
「ああ、またこれてよかったよ」
「エリエラさんもご無事で、やっと安心できました」
「心配をかけてしまいましたね。ですが、もう大丈夫です」
「良かった。では、まず、先にご注文のこちらから」
ユイークの前に、バナーチが静かに置かれる。
マスターは軽く会釈し、そのまま厨房へと戻っていった。
一人だけ料理を手にしたユイークに、デラダンが眉間に皺を寄せる。
露骨な不機嫌が声に滲んだ。
「ユイーク、おめえ、自分だけ頼みやがったのか? もうちっと待てよ」
「ふん。……キトだっけ、あんた、こっち来なよ」
ユイークは鼻を鳴らし、キトをまっすぐ見据える。
バナーチに釘付けだったキトは、不意に名を呼ばれ、顔を上げた。
「え? ぼ、ぼく?」
「ほら、こっち!」
動けずにいるキトを見かね、ユイークが立ち上がる。
手を掴み、そのまま自分の席へと引き寄せた。
テーブルの間に、ジアがすっと椅子を滑り込ませる。
「ほら、座りなって」
「え、あ、あの……うん」
促されるまま、キトは腰を下ろす。
背中越しにグエンたちの気配を感じ、落ち着かず身じろいでいだ。
ユイークは、目の前の皿をそのままキトへ押し出す。
「食べなよ」
「え、え? い、いいの……?」
「好きなんでしょ。それ、あたしらの奢りだから」
「あ、ありがとう」
「色々迷惑かけちゃったから~」
「ふ、ふんっ。悪かったわね……」
「あ、でも……」
「なによ? 遠慮なんていらないわよ。なんなら、ミックスジュースも頼んで良いわよ」
キトは首だけを回し、背後の様子をうかがう。
「う、うん。あ、あのね、食べるなら、みんなで一緒に食べたいなって……」
ユイークは、グエン、デラダン、エリエラの顔を順に見やり、大きく息を吐いた。
グエンの隣、先ほどまでキトが座っていた空席を指さす。
「しょうがないなー! じゃ、そこに戻んなよ。ジア、ちょっと手伝って。席動かす」
「あ、うん」
「いいよ~。動かすね~」
キトは席を立ち、グエンの隣へ戻って腰を下ろした。
移動を見届けると、ジアはキトが座っていた椅子を脇へどかし、テーブルの縁に手をかけた。
反対側をユイークが持ち上げ、二人で息を合わせて、グエンたちのテーブルへと寄せていく。
木脚が床を擦る、低い音。
わずかに揺れる皿と、触れ合う器のかすかな震え。
せっせとテーブルを繋げていく二人の様子を眺めながら、グエンは口元を緩めた。
「あっちはあっちで、うまくやれそうだな」
「そっすね。にしてもユイークのやつ、キトがバナーチ好きっての知ってるってこたあ、俺らの会話を盗み聞きしてやがったな」
ユイークは料理を落とさぬよう、視線を皿と手元に落としたまま口を開く。
「人聞き悪いな! サポートだよ! あたしのナビがなきゃ、兄貴は魔人を見つけられなかったろ。どうやってあんな深い場所をピンポイントで見つけたと思ってんのさ」
テーブルをぴたりと合わせ終え、ユイークとジアは同時に腰を下ろした。
「ん、そりゃおめえの腕が立つのはわかってけど……て、おう? 魔人ってなんだ?」
「これだよ~。魔人」
ジアが、青い光沢を帯びた金属製コインを一枚、静かにテーブルへ置く。
コインの縁がかすかに震え――直後、立体ホログラムがふわりと浮かび上がった。
現れたのは、墨を流したような漆黒の人影。
輪郭だけで構成されたその姿は、耳元まで裂けた口を持ち、全身からは湯気のような黒いオーラを噴き上げている。
「なんでえ。おめえらが遊んでるゲームのキャラじゃねえか」
「そ~」
「で、魔人ってのは、そいつのこと」
ユイークとジアが、ぴたりと揃ってグエンを指差す。
頬杖をついていたグエンは、思わず顔を上げた。
「は? 俺のことか? それが?」
「ば! ばっかやろう! 言うに事欠いておめえら! アニキに向かって」
「はっ。だって、うちらにとって兄貴は一人だしー。魔人のがぴったしじゃん」
「そ~。兄貴のアニキって呼びにくいから、なら魔人だね~って」
「お、おめえら!」
デラダンが立ち上がりかけた、その瞬間。
ちょうど料理が運ばれてきた。
マスターの両腕には、皿が山のように積まれている。
「はい、皆さん、おまちどおさま」
続いて、男女のサーバーが一人ずつ、同じく料理を抱えてやってくる。
皿が置かれるたび、香ばしい匂いと熱気が一気に立ちのぼった。
瞬く間に、テーブルは料理で埋め尽くされる。
出鼻をくじかれたデラダンは、浮かせかけた腰をそのまま落とした。
料理の山を見つめながら、ジアが声を弾ませる。
「さきに、いい感じの頼んどいたよ~」
「お水はサービスです。さあ、皆さま、お飲み物がまだですね。お決まりでしたら、ご注文をどうぞ」
「ありがとう。そうだな、じゃあ、俺はミードをもらおうか。ノダナ族が飲んでたやつ、あれが気になっててね。キトは、ミックスジュースか?」
「うん!」
「んじゃ、あっしもアニキと同じやつで! ミードもうひとつ!」
「わたくしは、紅茶があればそちらをお願いします。茶葉はお任せします」
「あたしらは頼んであるからいいよ」
「あるから~」
「かしこまりました。あ、それと」
注文を控えながら、マスターは中央の厨房へ向けて手を挙げる。
応じた若いサーバーが一人、白い塊を抱えて駆けてきた。
グエンの目には、それは折り畳まれた白いタオルのように映る。
マスターはそれを受け取り、そのままグエンへ差し出した。
「どうぞ、お連れ様ですよ」
「……ん?」
その“白い塊”が、ぴくりと動く。
顔を上げ――グエンを見て吠えた。
「ウォン! ウォン!」
「あ! オライオン! なんでここに!」
オライオンは軽やかに跳ね、グエンの肩へ飛び乗る。
そのまま頬に舌を這わせた。
グエンは喉を鳴らし、嬉しそうに相棒の頭を撫でる。
「モービルで寝てるとばっかり思ってたが、まさか勝手に店まで来たのか。腹ペコか?」
「一足先にご来店して、お食事をすませましたよ。当店のローストビーフをお気に召したようで。では、ごゆっくり」
「ああ、ありがとう。オライオンの分も一緒に払うよ」
マスターは軽く会釈し、その場を離れた。
グエンの頬を舐めていたオライオンは、キトの顔を見つけると、長椅子へと飛び降りる。
「オライオンだ。ちょっとひさしぶりだね」
膝へ飛び乗り、前足をテーブルの縁にかける。
料理の匂いをくんくんと嗅ぎ回った。
キトはその背を、そっと撫でる。
「さあ、皆、自由に食べよう。色々あったからな、ゆっくりしようじゃないか。せっかくの温かい料理だ。いただこう」
グエンの言葉を合図に、皆が一斉に手を伸ばす。
真っ先に、キトが目の前のバナーチにかぶりついた。
デラダンは、大振りの骨付き鶏もも肉に豪快に噛り付く。
グエンは、ランカで甘く煮込まれたバックリブを取り皿に移し、立ちのぼる甘い香りに、わずかに首を傾げた。
想像よりも甘く、どこか果実の青さを含んだ匂い。
エリエラはサラダを小皿に取り分けながら、ランカのパイを見つけて微笑むと、紅茶の横へと添える。
ジアとユイークは同時にミートパイへ手を伸ばし、ふと視線を交わした。
遠慮して手を引くジアに、ユイークが小さく鼻を鳴らし、一切れを取り分けて差し出す。
料理の湯気と、笑い声。
それぞれの手元で、ささやかな宴が広がっていった。




