1-69.乱入者②
少女は、口の中で飴玉を転がしながら言った。
「へったくそなクソ芝居してんじゃないよ。軟弱な人間ヤローに、このロロカ様が負けるわけないんだ。さっさとその金よこしな」
「んん? なんだ、妙なやつだな。チビ女……猫女か? どうなってんだ、その目は」
「やんのか、やんないのか、どっちよ? このビビり肥えデブ」
「はっはー! おもしれえチビだ。特別にタダで挑戦させてやるよ! つっても、ケガしても文句言うんじゃねぞ! こいや!」
ドデイは椅子へどかりと腰を下ろし、丸テーブルへ肘を突いて右手を差し出した。
ロロカは片方の口角を吊り上げる。
そのまま正面の席へ腰を下ろした。
薄く開いた口元からは、犬歯と呼ぶにはあまりにも大きな牙が覗いている。
テーブルへ突き出されたドデイの腕を、ポンチョの裾から伸びた小さな手が掴んだ。
ロロカ自身の胴体よりも太い腕だった。
長さも、厚みも、まるで比べ物にならない。
少女の手は、ドデイの掌に完全に呑み込まれてしまう。
「ちっこすぎて組みづれえなあ。ほれ、いつでもいいぜ。かかってきな」
「見かけくらいの力はあるんだろうねえ? ほらよっ!」
「うお!」
ロロカが組んだ腕へ一気に力を込めた。
次の瞬間、ドデイの腕が大きく傾く。
巨体ごと持っていかれかけたドデイは、手の甲がテーブルへ触れる寸前でどうにか耐えた。
床を踏み抜かんばかりに両足を踏み締め、顔を歪めながら踏ん張っている。
対するロロカも両足を開いて身体を支えていた。
だが、その様子はあまりにも対照的だった。
巨体を震わせるドデイに対し、ロロカの身体はほとんど揺れない。
グラディエーターサンダルから覗く爪が木床へ深々と突き刺さり、小柄な身体を杭のように固定している。
露出した脚には、隆起した筋肉が縄のように浮かび上がっていた。
ショートパンツから伸びた太腿へ、デラダンの視線が釘付けになる。
「うお、なんてえぐい大腿四頭筋してやがんだ。線は細えけど、下腿三頭筋もやべえ。服で隠れた腕はどうなってやがんでえ……」
「感心するとこはそこなんだな、デラダン」
グエンは鼻息を荒くするデラダンを横目に、腕相撲の様子を見守った。
耐えるドデイのスキンヘッドには玉のような汗が浮かび、首筋からは血管が脈打つように浮き出ている。
対してロロカは、余裕の笑みを崩さない。
牙を覗かせて笑うと、口内で転がしていた飴玉を奥歯で挟んで見せた。
丸い、スノーホワイトの飴玉。
グエンは、その飴に見覚えがあった。
宿泊施設となっている上階で食べた、重銀を模した鉱石糖に酷似している。
ロロカは口を閉じる。
大きく息を吸い込み――渾身の力を込めた。
「おらよっ!」
「あがっ!」
丸テーブルへ、ドデイの手の甲が激突した。
鈍い音が響き、耐え切れなくなった巨体が床へ転がる。
ひと呼吸遅れて、取り囲んでいた観衆から歓声が爆発した。
『おおおお!』
熱狂した男たちの歓声を浴び、ロロカは満足げに笑う。
そのまま、床へ転がったドデイへ視線を落とした。
ドデイは右肘を抱え込み、苦悶の表情で蹲っていた。
すぐに仲間の男が二人駆け寄り、肩を貸して立ち上がらせる。
脂汗を流すドデイは、弱々しい声で宣言した。
「う、腕が……! こ、こんな……。か、金はくれてやる……いだだだ! ……くそっ」
先ほどまでの、傲慢さ混じりの威勢は完全に消え失せていた。
ドデイは腕を庇いながら、両脇を抱えられるようにして店を出ていく。
その場に残されたのは、熱気を帯びた見物客たちと、丸テーブルへ積み上がった札の山。
そして、小柄な少女ロロカ。
興奮冷めやらぬ男たちは、華奢な身体を前に、猜疑と欲望の入り混じった視線を向けていた。
「あの小さいナリを見てみろよ。勝てるんじゃね? 大金いただきだろ」
「はあ? 見ただろ。あのでっけえの転がしただろ、いま」
「いやいや、ドデイとかいうやつ、10人以上は連戦してただろ。そのせいだよ」
「連戦すりゃ力もでねえってか。……けど、あの床に刺さった足の爪とか、なんか……」
目の前で、少女が数倍の体重はある巨漢を腕相撲で叩き伏せた。
しかも相手は腕を負傷し、怯えるように退散している。
それでもなお、ロロカの小さな体躯が、見物客たちの脳裏へ疑念を植え付けていた。
(……どんだけの力で踏ん張ったら、この硬そうな床に爪が刺さるんだ? 重機じゃあるまいし。あの小さな体じゃ、力はともかく軽すぎるだろ……?)
グエンはロロカの足元をじっと見つめる。
それから自分の足元へ視線を落とし、床を軽く蹴った。
足裏へ返ってきた感触は、石じみた硬さだった。
木製ではある。
だが、安宿に敷かれたような薄い板張りではない。
その横で、デラダンが上着を脱ぎ捨てた。
タンクトップの下には、はち切れんばかりの筋肉群。
上腕二頭筋と三頭筋は言うまでもない。
ボウリング玉のように盛り上がった三角筋。
さらに、隆起した火山地帯の岩肌を思わせる広背筋をはじめとした背筋群が、暴力的な厚みを作り上げていた。
デラダンは両拳を胸の前でぶつけ合う。
「っしゃあ! 情けねえ奴らはすっこんでろ! 俺様の出番だぜ!」
野太い大声が響き渡る。
見物客たちの視線が一斉に集まった。
「おお! デラダンだ! 腕相撲チャンプ!」
「クエスタ一の脳筋登場だぜ!」
「よっ! 喋るたんぱく質! この人間カニクレーン!」
「見せてやれ! 無駄に発達したバカ筋繊維を!」
デラダンは歓声へ応えるように両手を掲げ、そのまま堂々とテーブル脇へ歩み出る。
岩塊のような背中を見送りながら、グエンはぽつりと呟いた。
「え、うちのデラダン、なんかバカにされてないか……?」




