1-64.異物
ノマドベース中央を貫く、大隧道路。
その路肩に、一台の護送車両が静かに停車していた。
イオルとガングーの二人が、サーラの館で確保した男を連行していた。
車両後部の扉が重々しく開き、男の身体が無造作に押し込まれる。
鈍い音とともに扉が閉じられ、外界から隔離された。
イオルはそのまま監視役として車内へ乗り込み、ガングーは車両の外側を回って運転席へ滑り込む。
エンジンが低く唸りを上げ、振動が床を伝って足裏を震わせた。
護送車両が、ゆっくりと前へ動き出す。
イオルは男から視線を外さない。
瞬きすら惜しむように、ただ一点を見据えていた。
上半身裸の男は、座席に沈み込んだまま頭を垂れている。
眠っているかのように静かで、かすかに上下する肩が呼吸だけを知らせていた。
護送室と運転席の間には、鈍色の分厚い隔壁が据えられている。
互いを繋ぐのは、小さな格子窓ただひとつ。
その向こうから、聞き慣れた舌打ちが弾けた。
「ちっ! あいつら! 我が物顔だぜ!」
「どうしました?」
男を横目で捉えたまま、イオルは立ち上がり、格子窓へと身を寄せる。
視線の先――フロントガラスの向こう。
大隧道路の入口側から、白い車列がゆっくりと侵入してきていた。
「白鯨騎士団! ここはバナーバル一番奥、大隧道内部ですよ! エンブラがなぜ……」
「けっ! 知るかよ! どうせローガー会長の悪だくみだろ!」
「早急に、本部に確認します」
イオルは席へ戻ると、モバイルを取り出し、耳元へ押し当てる。
俯いたままの男から目を離さぬまま、呼び出し音に神経を澄ませた。
白鯨騎士団車両。
その先頭を走る白い装甲車の内部。
白銀の装飾が施された厚く白い壁と、白い扉で隔てられた運転席の後方には、広いキャビンが設けられている。
両側の壁面に沿って長い座席が据えられ、純白の鎧を纏った四人の騎士が向かい合って座していた。
団長である金髪の青年将校レオンが最前列に腰を下ろす。
その隣には副団長の老騎士ゲイドラ。
正面には、兜を被った騎士が二人、微動だにせず腰掛けている。
運転席との隔壁には、薄く光を帯びたフィルム型スクリーンが張られていた。
その表面には、大隧道内部の見取り図が淡く浮かび上がっている。
ゲイドラが顎を上げ、スクリーンを見据える。
「ふむ……。若、思いのほか広いようで」
「問題があるか?」
「いえ。造作もないかと。あるとすれば、車を降りなければならぬことぐらいですな」
「ふっ……」
レオンは座席の肘掛けに頬杖をつき、焦点の定まらぬ視線を虚空へと漂わせていた。
他の騎士二人は、兜を被ったまま正面を見据え動かない。
兜の内側、その双眸には、スクリーンと同一の見取り図が投影されている。
視線を上げているのは、ゲイドラのみであった。
「時にゲイドラよ、この地に良い騎士はいたか?」
「はっ。騎士に見合う者はおりませぬな」
「ふむ、聞き方を変えよう。つわものはいたか?」
「兵と仰られるのであれば……そうですな。筆頭はあやつかと」
「どのあやつだ?」
「機動兵を駆るガングーとかぬかす」
「ああ、顎の割れた」
「いかにも」
「何が優れていたと?」
「機動兵を駆る腕前、あれは大したものでした。そして、祝福を受けた我らに引けを取らぬ槍捌き、実に見事でありました」
「ほう、ゲイドラにそう言わしめるか」
「はっ。ショットガンの扱いにも長けており、戦働きだけで言えば騎士にも引けを取りませぬな。銃口が生きておりました」
「べた褒めではないか。ショットガンに重きを置きすぎているが……あれはどうだ。炎使いの男」
「あやつは好きませぬな」
「何故だ?」
「槍もショットガンも扱えぬようでは、兵とは呼べませぬ」
「槍とショットガンは、あくまでもエンブラ騎士としての嗜みであろうが。今は兵であるかを聞いている」
「ぬ……いや! あのような小生意気な若僧! 断じて兵とは呼びますまい!」
「そうか。ふむ」
「若、もしや、我が団に引き込もうなどと考えておりますまいか?」
「さすがジイ、よくわかったな。私は武には疎い。だからか、兵が好きだ」
「な! 若! いけませんぞ!」
「あの炎の。素性を調べておけ。墨影でなければ、出自は問わん」
「しかし!」
「これは命令だ。墨影のような忌み血の戦争屋に、いつまでも大きな顔はさせられん。栄誉ある女王陛下の剣は、我が白鯨騎士団であるべきだ。そのためには、力が足りん」
「……南紀筋の末裔でしたかな。この地に来ておるそうで」
「古く、忌まわしい血だ。わかるな」
「……はっ」
「影は陰に生きれば良いのだ。正当なる血を継ぐ、我がジル・ウル・ギス家こそ、世界を照らす女王陛下の剣だ」
レオンの正面に座る騎士の兜が、わずかに動いた。
「副団長、発言してもよろしいか」
「エンザリク、許す。なんだ」
「不覚を取りました炎の男、試させていただきたく」
「ぬ、そうであった。黒薔薇姫の前で」
「天使様の祝福があれば、後れを取りません」
「ふむ……。炎の、それで敗れるならばそれまでの者。若、よろしいか」
「許可しよう」
「はっ! エンザリク、見事果たしてみせよ!」
「我が血と、名誉にかけて」
エンザリクは右手を胸に添え、深く頭を垂れた。
ゲイドラは小さく頷くと、壁面に埋め込まれた操作パネルへと手を伸ばす。
スクリーンの光がふっと消えた。
透明化したフィルムが静かに上方へ巻き上げられ、音もなく壁の内部へと収まっていく。




